9.城持ち でござる
『前期のあらすじ! でっかい鰹節がネコの目の前に釣り下げられました!』
「いきなり城持ちとは! 何を企んでおるのだエラン! 正直に申せ!」
襟首を掴んで前後に振る。護衛の兵達が慌てているが、無視でござる! 某を排除したければ実力で来い!
「フッ、落ち着いて話しを聞け。悪い話じゃない。そうだな、バカンスみたいなものだ」
肩頬を吊り上げるエラン笑い。これ、毎回腹立つんだよね!
「城とは北の城。北の山脈には魔獣が多く棲息している。その脅威からヘラスを守る最前線基地が北の城イオラン城。ネコ耳も知ってるだろう? ヘラス王国守護の要だ」
あったな! そういえば、そんな城!
「順序立てて説明しよう。事の起こりは王宮軍とぶつかる直前、北の城に協力を求めた時だ。そこまで遡らねばならない」
『確か、そういう下りがありましたね。まさかアレが伏線になっていたとは!』
某の名を利用して、国内外に協力者を募った頃でござるな?
「ネコ耳も憶えてるだろう? 旧王宮側に付いていた北の城が、ネコ耳の名を出した途端、コロリと寝返った。しかも大量の戦略物資と兵士を付けてよこした」
憶えておる。あれはギリギリの戦いであったからな。軍曹殿やベルリネッタ姫の参戦も大きかったが、地力がなければ戦いにすらならなかった。
あの時期、あの物資と兵がいなけりゃ戦の行方はどう転んでいたか判らんかった。
『寝返ったのは戦が始まる前。この時期が肝心。度を超した協力。影の功労一位ですね』
そう言うことでござる。無碍に出来ない相手でござる。
「条件交渉の一つに、ネコ耳の来城が出ていたんだ。ゴタゴタが片付いた今、北の城からネコ耳に対し正式に城主代行の依頼が入った」
「エラン、拙者を売ったでござるな?」
これはもう、刀による斬り合いしかござらんな!
「フッ、そうか、ネコ耳は城主になってみたくないんだー」
「うっ!」
痛い所を!
侍として、男子として生まれ、城持ちに憧れを抱かぬ者はいない!
一生に一度だけで良い。すぐ炎上落城してもいい! 某もお城を持ってみたい!
『伊賀の丸山城ですか?』
「いい話だろう?」
「いやいやいや、暫し待たれよ! 拙者がいきなり城持ちになっても領地経営などできぬでござる! そうでござる! そもそも、拙者は永の暇をいただいた身。いまさら新王宮に仕える義はござらぬ!」
『旦那、腕をくねくねさせないで。絡まったら解けなくなるから!』
人知れず尻尾がピンコ勃ちしてる。
『勃の字が違ってます! 立です!』
そ、某、冷静でござるよ!
「フッ、なにも緊張する必要は無い。ネコ耳に城を預けると言っても、1日だけだ。さすがの俺も、北の最重要施設を素人に渡すつもりは無い。言わば名誉職。北の城の実質上の城主が、ネコ耳のファンでね。私たちに寝返ったのも、ネコ耳と懇意になれるという下心からだ」
『ミーハーな城主ですね。……え? 実質上の城主?』
変な親爺ではなかろうな!
『パターンですとまず間違いなく変な性癖の持ち主でございます』
うーむー!
「北の城イオラン城も、ネコ耳が城主になったという既成事実と名誉が欲しいだけだろう」
「いやしかし! 拙者は公的立場から隠居した身――」
「あそこは豊富な山の幸で有名。みたことも食べたこともないご馳走でもてなしてくれるぞ。ネコ耳は最上級のお客様だからな!」
「引き受けたでござる!」
「ネコ耳ならそう言うと思っていたよ。用意した馬車で朝早くに出れば日が暮れる前に着く。旅の用意しておけ」
「ならば早速!」
歯ブラシとか着替えとか、あとなんだっけ?
「キシェーッシェシェシェ!」
「おおぅ!」
突然の婆様出現に驚くエラン。
「出たな妖怪! 先ほどの無礼、手打ちにしてくれる。そこになおれ!」
「エラン様。今から引き返しても途中で日が暮れてしまいましゅる。今日はお泊まりなさいましぇ」
「泊まれだと? 貴様、天使か?」
「積もる話しもございましょう。旦那様と”一つ屋根の下”、ごゆるりとお過ごしくだしゃい」
「うむ! 世話になる! ふむ、先ほどの無礼は水に流そう」
『実にわかりやすい』
こうして、エランが泊まることとなった。
「ラッキースケベとやらはもうないでござるよ」
その後、積もる話を色々していたらいつの間にか日が暮れ、晩ご飯の時間となった。
晩飯はエルミネタが腕を振るってくれた。
「前菜は、山羊のチーズを載せた新鮮野菜サラダ。スープは、煮込んで煮潰した豆のスープ。メインは骨付きの羊肉をエラオン油とレモン汁でマリネし、紙に包んでゆっくりと蒸し焼きにした料理。あと旦那の希望で、タコ足のフライをお付けいたしました」
エルミネタが人間かどうかは別として、料理の腕前だけは超一流でござる。川長が裸足で逃げる程でござる!
『川長って? 江戸で有名な料理屋ですか? ああそうですか』
さて、飯も食ったし、酒も進んだ。
「この酒、かなり強いな。だのに香りが素晴らしい。ゲルム帝国やヘラスはもちろん、タネラにも無いはず。どこの酒だ?」
ミウラが造った蒸留酒だ。まさか、ネコが造ったとは言えぬ。
「ぶらんでぇ、と呼んでおる。ワインを元にした蒸留酒でござる。これはできたばかりでござるが、何年か寝かせると深い風味が出てより旨くなる。その頃、王宮へ寄進しよう」
「ネコ耳! ……いや、うん。期待していよう。おい! お前達!」
エランは護衛の兵に声をかけた。
「この事は他言無用。ヘラス王国将来の為だ。墓場まで持っていけ!」
「了解!」
背筋を伸ばし、敬礼する護衛の人達。
それほど大層な物ではない。造る所をミウラに見せてもらったが、絡繰りが複雑な形をしてるだけで、仕事の中身は楽ちんだった。
数種類のぶらんでぇを混ぜるとより美味しい味を創作できるらしい。
「さて、遅くならぬうちに休むがよかろう。風呂を沸かせておる。順次入ろう」
「 風呂?」
『2マス書き込まれました。マス書きました!』
「客人であるエランから入るか? 拙者は後でよい」
「えーっと、そうだ。この館の主であるネコ耳が先に入るべきだ。私たちは旅で汚れているから、後の方がいいだろう。湯が汚れるし。うん、そうしよう。その方が気兼ねなく入れる!」
『色々突っ込みたい所がありますが、男の子の夢を大事にしましょう』
「そうでござるか? ではシャボンの使い方を説明しておこう」
「シャボン? 体のも衣類のも、汚れを落とせる? まあ、聞くだけ聞いておこう」
一日に二度も湯に浸かる。贅沢でござる!
ミウラは風呂に入らなかった。入り口に結界を張って見張ると言っていた。
別に覗かれても減る物ではないのだが。
『さて、旦那の入浴後。わたしが魔法を使って湯を入れ直しましたが、それは言わぬが花でしょう』
「あのシャボンとやらは何だ! 垢が綺麗に落ちた! 汚れが楽に落ちたぞ!」
「驚くほどのこともあるまい? ヘラス王国特産のエラオン油があれば苦も無く作れる」
十日ほど前、ミウラが大量生産の目処を立てたのでござるよ。
「現にタネラの温泉街で試用が始まっておる。評判がよければ産業化して大量流通させるつもりでござる」
ここにあるのは香り付けだのなんやの改良試作品でござる。
「なっ! え!? おっ! お前達!」
エランは護衛の兵に声をかけた。
「この事は他言無用。ヘラス王国将来の為だ。墓場まで持っていけ!」
「了解!」
背筋を伸ばし、敬礼する護衛の人達。
『あれ? デジャブ?』
風呂上がりの一時。ミウラはエランの膝で甘えておる。
そのように懐いておるとバカが移るでござるよ。
簡単な手妻でエラン達から金品を巻き上げていると、程よい時間になった。
「エラン、どこで寝る? 某の寝室の隣だけど狭い部屋か、廊下挟んだ北側だけど広い部屋か、どっちを選ぶでござる?」
二階の部屋割りでござる。護衛として三人付いてきた。彼の者の部屋も必要でござろう。
部屋はエランに選ばせてやる。
「そうだなー。うーん。私は一人で寝るからー、狭くて良いかー。部下達は三人もいるからなー。広い部屋でも狭いだろうが、我慢してもらうかなー。私が隣だと迷惑か-?」
『先生のキャラを返して! ねぇ返してよ!』
部屋が決まった。
「隣と申しても、衣装部屋を挟んだ隣でござる。一番遠い部屋でござる。問題は全くない」
「え?」
「広い方の部屋のドアは、拙者の寝室のドアの隣でござる。狭い方の部屋のドアは離れておる。ついでに二階便所のすぐ横でござる。一晩だけでござるから我慢してくだされ。いや、まこと申し訳ない」
「え?」
『大丈夫です先生。今夜はわたしが眠らせませんから! 大好きです先生!』
よかったなエラン。ミウラに好かれて。
それでは皆様、良いお年を!
元旦も投稿しますよってに!