8.はぷにんぐ でござる
そして時は流れ、六月まであと僅かとなった。
休暇の終わりが近い。
今日も今日とて――、
日の出と共に猫岬の首部分で釣り糸を垂れておる。
朝飯持参でござる。潮風を受け、広大な海を目の前にしながらの朝飯。これを贅沢と言わずして何を贅沢というのか?
権現様でもここまでの贅沢は致しておらぬ!
そろそろ昼でござろうかな? 引き上げ時でござる。
「イオタさんや。釣れたかね?」
目の前を浜へ向けて進む小舟から声がかかった。丘の下に住むタキ坊のお父さんだ。
「小魚ばかりでござるが、昼飯は何とかなったようでござる」
魚籠を持ち上げ、釣果を見せる。
「ほんと小魚ばっかりだな。ほらよ!」
親爺さんが縞々の魚を放り投げてくれた。白身で身が引き締まって、刺身で食すると旨い魚だ。ミウラの喜ぶ姿が目に浮かぶ。
「すまぬな、親爺さん」
「いいって事よ!」
たまに親爺さんとこのタキ坊と遊んでやるのだが、子守をしてもらってると思ってるらしい。魚をもらえるのだから、お互い様でござるかな?
ここはゆっくりと時間が過ぎている。血なまぐさい事件はないし、競争もない。
一度、北の山から魔狼が下りてきたが、後を追いかけ回してやったら尻尾を巻いて逃げていった。緩すぎて事件にもならぬ。問題なしでござる。
後、幾日かで長い休暇が終わる。
ここ数日、何かしたくてウズウズしている。良い傾向でござる。
早めに休暇を切り上げてもよかろう。
さて、大物も手に入った事だし、今日は早めに帰るか。
そろそろ本気で休暇を終えてからの事を考えねばならぬ時期だし。ミウラと相談するとしよう。
そのミウラは、某より先に稼働しておる。
以前、自立型勇者の鎧を使って軽作業をしていた経験を元に、作業専用自動鎧を作り上げた。
細身の鎧に柔王○だとか、裏完ふぉーだとか、変な名を付け、ご機嫌で働かせている。
「キシェーッシェシェシェ!」
最近、笑い声を替えたエルミネタ媼でござる。
「出迎えご苦労。これ、今日の釣果でござる。捌いてくれるか?」
もはやエルミネタ媼の虚を突く爆笑にも慣れた。人の順応力は凄いと思う。
「先に汗をお流しになられましゅか? お風呂のご用意ができておりましゅ」。
「……気が利くのう。汗を流すとするか」
なにが先にだろう? 昼飯の先にという意味かな? それとも、わ・た・し?
ゾクゾクゾクウゥー!
初夏でも悪寒が走る。早く暖かい湯で体を温めとうござる!
風呂の前でミウラとばったり。
『おや旦那、今から風呂ですか? わたしもご一緒させてください。色々と汚れてしまいました』
「よし一緒に入ろう! 縞々で平べったい魚を釣ったぞ。でかいぞ。昼飯はそれだ」
『イセカイ縞鯛モドキですね! 焼いても煮付けても生でも甘くて美味しいんです! どんな料理かな? たのしみですね!』
いそいそぽいぽいと服を脱ぎ、じゃぼんと湯船に浸かる。
『ウィー!』
ミウラが唸った。ぬるい湯なのに?
『形式美でございます。午前中に風呂へ入ったら唸らねばならない。未来のマナー、礼儀でございますよ』
未来の日本は堅苦しくていけない。
『旦那、高級シャボンの試作品が上がりました。使ってください』
おお! これが舶来のシャボンでござるか?
泡が立つぞ! ふわふわでござる! 売れる! いける!
でもって、さっぱりした後、二階の自室で着替える。自室でござるよ!
たおるを手にしてミウラに襲いかかる。
「どれ! ミウラ! どりゃどりゃ!」
『うわっぷ! わっぷ! 旦那、裸ではしたないですよ!』
ごしごしと拭いてやる。この季節、ミウラを生乾きのまま放置すると、古い雑巾みたいな匂いがしてくるのだ。
季節は夏と言って良い。暑い季節。男の季節でござる!
少々くらい裸でおっても風邪などひかぬ。
『くっ! 緊急脱出!』
たおるの檻から飛び出すミウラ。
「まてこら!」
素っ裸のまま、大股で追いかける某。
『だから裸で走りまわってはしたないですって! それに本気で逃げを見せた猫に――』
「入るぞ、ネコ耳!」
ばたん!
ドアが開いて――
『あ、先生!』
「エラン?」
急停止するミウラと某。
ぶるんと揺れるミウラの尻尾。
ぶるんと揺れる某の――
某とエランの目と目が合った。
『ザ・ワールドッ! 止まれェ! 時よーッ!』
ドアを開けたまま、動きを止めるエラン。
何でエランがここにいる?
理由が分からず、固まる某。
『そして、時が動き出す』
「えっ! あっ! うぉ! 失礼したー!」
バタン! ドタドタドタズルンドタンゴロンゴロンゴロンゴキィッ!
「今のエランだったよな?」
『それよりも、階段の辺りから聞こえてきた凄い音に関心を持ってあげましょうよ。特に最後の方の音』
「でござるな。首の骨の一つでも折っておれば大助かりでござる。さ、着替えよう。ミウラも大人しく毛皮を乾かすでござるよ」
ところで、ミウラはいつの間に時間を止める魔法を会得したのでござろうか?
「で? いきなりの訪問なぞ、危険すぎるでござろう?」
「まずは謝ろう。この通り」
サンルーム兼応接間にて。
頭を下げるエランでござる。護衛の2人も一緒に頭を下げている。
「反省しているなら許すが、前触れ無しにこんな所まで来てはいけないでござる。いまやエランの命は、エランだけの物ではないのでござるよ」
『そこじゃない! 先生はそこを謝ってるんじゃない!』
「どこだ?」
『ブルンです! おっぱいブルン!』
「そうであった! 某、美少女でござった!」
『解って頂け・ま・し・た・か?』
二本足で立ち上がるミウラ。力み過ぎでござるよ。
「で、エラン。大きいのと小さいのと、どっちが好みでござる?」
「このとおり!」
床に手を突いて謝るエランであった。
あまりからかうと、ミウラが本気を出して怒ってくるので適当に切り上げた。
護衛の人も一緒に昼飯。朝から釣ってきた魚でもてなした。料理の腕を振るったのはエルミネタ媼でござる。
食後のお茶の席で、言い訳を聞いてやった。
「おかしいな? 先触れの使者は確かに伝えたと言ってたぞ?」
「拙者、あずかり知らぬが?」
首を捻るエラン。同じく首を捻る某。
「キシェーッシェシェシェ! ワシが説明致しましょう。ヘラスのご政道を揺るがす理由がここにごじゃいましゅる!」
何ですかなそれは?
エランと某、生唾を飲み込んだ。特にエルミネタ媼の狂笑に耐性を持たないエランが怯えていた。
「ご使者の話を止めたのはワシ。お部屋に直接お通ししたのもワシ! 目的は――」
「「目的は?」」
某とエランの声が重なった。
「ラッキースケベでしゅ! キシェーッシェシェシェ!」
『でかした婆様!』
「ぶっ殺すぞ、糞ババァ!」
剣をスラリと抜き放つエラン。恐るべき殺気でござる!
「キシェーッシェシェシェ! でも嬉しかったでしょ?」
「うっ!」
「キシェーッシェシェシェ!」
エランが見せた一瞬の隙を突き、姿をくらますエルミネタ媼。間合いの取り方が上手い!
あの婆さん、こんなに素早く動けるんだ……。
「そこで話しなんだが――」
『なかなか話が進みません!』
イライラしてるエラン。今回だけは同調してやろう。
「ネコ耳、長期休暇で少し肉が付いたか?」
「胸にでござるか?」
「このとおり!」
床に額を突いて謝るエランであった。
『そろそろ話を進めましょうや、旦那、先生!』
「お、おう!」
モフモフの前足で、肩をポンと叩かれた。
人を十人ばかり殺してきた目をしている。
「本題に入るが――」
『今入んないと永遠に話が進みませんよ!』
エランがコホンと咳払いした。なにげに緊張しておるのか?
お茶を一口。
「ネコ耳、お前、ちょいと城主になってみないか?」
「ゲッホンガッホンブオッゴォッ!」
実家で親族揃って餅つきです!
よもぎ餅は外せません!
海老餅の企画が上がってきましたが、実力行使で除外します!