5.少年タキ 3-1
「あの人は!?」
猫岬の前足の部分で海に釣り糸を垂らしている人がいた。
ピンと立った三角の耳に、黒い尻尾。
こないだ、丘の上のお屋敷に越してきた人だ。
引越祝いにタオルを持ってきた人。笑顔の綺麗な人。
噂で聞いたことがある。ネコ耳族の女の人。イオタさんだ!
何気なくを装って、近づいていく。
暇そうに欠伸している。まだ一匹も釣れてないみたい。
何か話しかける切っ掛けがないかな?
……あった。神様有り難う!
「仕掛けがボロボロじゃん!」
「違っておったか?」
ピンとしていた耳が萎れた。かわいい!
「駄目駄目だね。ちょっと貸して!」
「うむ、頼む」
竿を手に取ったとき、ちょっとだけ指が触れた!
ドキドキしながら仕掛けを直す。
「これでいいよ!」
「世話になる」
堅苦しい物の言い方をする人だね。俺と違って生まれが良いんだろうな。
さっそく俺が直した仕掛けを海に放り込むイオタさん。
「坊や、名前は? ……おっとさっそく釣れた。さすがでござる!」
縞鯛が釣り糸の先で暴れていた。
「俺はタキ。えっと、イオタさん家の下の方に住んでる」
糸を手繰り、針を外して魚籠に放り込んでおく。
「タキ君、手慣れてござるな?」
ござるって、イオタさんの里の言葉かな?
「漁師の息子だからね!」
「ほほう! 将来は海の男か? 親御さんも頼りにしておられる事でござろうな!」
「そんなことないよ! それよりいつものネコちゃんは?」
「ミウラなら家で仕事……じゃなくて、昼寝でござる。猫はいいな」
イオタさんも猫なんだけど……。
そんな話をしながら、イオタさんの釣りにずっと付き合った。
今日はいっぱいイオタさんと話せたな!
その夜。
町が大騒ぎになった!
夜なのに山の温泉街の人達が、大勢やって来たんだ。
何があったんだろう。父さんと一緒に大通りまで様子を見に行った。
温泉街の人達は、怯えていた。着の身着のまま逃げてきたという。なにから?
大通りの広くなってる所で焚き火がたかれている。火が高くまで上がっている。
恰幅のいい人がこの騒ぎを仕切っていた。
あの人は小松林の親分さん。怖い子分さんを大勢連れていた。
子分さんは槍や剣を手にしている。
小松林の親分さんは、この町の顔役だ。
浜辺の防風林だとか、猫岬の防風林だとかの管理を一気に引き受けているから小松林の親分と呼ばれている。荒っぽい親分さんだ。見た目は二枚目で渋い感じのガマガエル。
父さんが知り合いから事情を聞いてきた。
「夜光狼だ。魔獣夜光狼の群れが、上の温泉街を襲ってきたらしい。上の人達がみんな逃げてきた。何人か夜光狼に食われたらしい」
夜光狼。知ってる。北の山のずっと奥でたまに見かけるって噂の魔獣だ。
夜になると、青白い不思議な光を放つ毛皮に覆われていて、馬や牛ほど大きいって。
噂だと、夜光狼のボスは家ほどの大きさだって!
1頭倒すのにB級冒険者が3人がかりだって!
「野次馬は家に帰って寝てろ! おい! 護民官はまだ出てきやがらねぇのか!」
ガラガラ声で子分さんに怒鳴り散らしている。
「アエロの野郎、まだ帰ってきてません。もう一人走らせやしょうか?」
「これ以上頭数が――」
ウルォオオオオーン!
お、狼の遠吠え!
オルオォォオオーン!
ウォルオオオオーン!
大通りの向こう。山の方から沢山の遠吠えが聞こえてきた!
「ちっ!」
親分さんが舌打ちをした。
武器を持った子分さんたちが震えている。
ガウガウガウ!
「うわーっ!」
すぐ横で声が聞こえた!
「糞! 正面の遠吠えは俺たちの目を引きつけるための囮だ! 別の夜光狼に横へ回られちまった!」
「丘の上だ!」
ああ! 丘の上を青白い光が走ってる!
あそこはイオタさんち!
「3頭……いるな!」
親分さんが目を細めていた。
3頭も! 1頭でも大変なのに3頭もイオタさんに!
「イオタさん!」
とぉりゃー!
ギャワン!
「え?」
叫び声が聞こえたかと思ったら、遠吠えが途絶えた。
さらに悲鳴が――
ウォー…とー!…ギャワン!
たー! キャンキャン……ギャン!
父さんと目が合った。子分さん達もお互い目を合わせている。
なんか、静かになった。
シタシタシタシタシタ! 走ってる。何かが、誰かが走ってる!
大通りに飛び出した!
前合わせの肩だし服に、短いズボン。
頭の上にピンと立った三角耳。黒くて長い尻尾。
抜き身の刀、血まみれの刀を手に、裸足で走ってきた女の子!
「これは何事でござるか!」
イオタさん! 無事だったのか! 無事じゃなかったのは夜光狼の方だったらしい!
「ニャーン」
足下に猫? イオタさんのネコ、ミウラちゃんだ。
「夜光狼の群れだ! 女子共はすっこんでろ!」
イオタさんを見た親分さんが、雷のような声で怒鳴った。
「そうでござるよ。女子共は家に入って戸を……遅かったようでござる」
自分のことを言われている気まったくなしのイオタさん。自分が美少女であることを自覚していない?
「ああっ! 来たぁっ!」
ごうごうと燃えさかる焚き火の向こう。青白い光の塊が沢山動いている。
「ひっ、ひぃい!」
槍を持った子分さん達が悲鳴を上げる。今にも逃げ出しそうだ。逃げられると困る!
俺も父さんにしがみついた。父さんも強い力で抱いてくれる。
親分さんは、固まったまま動かない。
「槍を持った御仁! 光る狼に穂先を向けているだけでよい。但し逃げるな!」
イオタさんが仕切る。
「か、勝手なことを!」
青い顔をした親分さんが動き出した。
「来るでござる!」
「うわぁーぁ!」
4頭の夜光狼が右から左から!
ザシュ!
風を切る音がしたと思ったらイオタさんが消えた。イオタさんがいた、その地面で砂埃が舞っているだけ。
「ギャウン!」
「ギャオン!」
左の二頭の首が飛んだ。
「ガッ!」
「ゴウッ!」
倒れ込む狼の喉下から血が噴き出した!
どこから出てきたのか、イオタさんが夜光狼を背にして、こっち向かって歩いてきていた。
「ふぅーッ!」
ビシッと刀を振るうイオタさん。赤い血が飛び散った。
これ、イオタさんがやったの? それも瞬きをする間に4頭も?
1頭殺すのに、Bクラス冒険者3人が必要なはずですよ!
イオタさん、何者?
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