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3.タネラの何でもない日常 でござる

 風呂に入って、……ここ大事ね!

 湯船を設えられた風呂でござる!

 某、改めてタネラに骨を埋める覚悟を致した!


『石けんの開発を進めましょう。こんな事もあろうかと現世でリハ済みです。あ、石けんとはシャボンの事です』


「シャボンはご禁制の品でござる。元同心として見過ごす事はできぬ!」

『旦那、ここはイセカイですぜ。幕府の目なんか届きゃしませんって、ゲッヘッヘッ!』


 であるな! すっかり忘れておった!


 さて、日も暮れ、妖怪爺婆も下がった。あやつらは基本、自宅よりの通いでござる。

 後は寝るだけとなったが、まだ夜の帳は降りたばかり。時間はたっぷりある。


 二階の寝間のベランダから見えるタネラの夜空。猫の鼻でしか感じられぬ潮の匂い。


『良き夜でございますね』

「良き夜でござる。憧れの地、タネラで初めての夜でござる。何と感動的な!」


『タネラの初夜ですね。解ります』


 この感動、望郷感と異国感とちょっぴりの塩味でできておる。

 夜空は全ての国に繋がっていると誰かが言っていた。その通りであろう。


 でもね、どことも繋がらない夜空もあるのでござるよ!


 この夜空は、タネラの夜空は、某とミウラ、二人の物。誰にも渡すつもりはござらぬ。誰とも解り合おうと思わぬ。


 ここまで、苦労に苦労を重ね、死地に次ぐ死地を切り抜けてきた。ミウラと共に。


『ですが、いろんな人との出会いがあったから見られる夜空でもあるんですよね』

「その通りでござる。されど、今この時、この夜だけは譲れぬ。但し、感謝は忘れぬ。例えビラーベックのイシェカ元会長であろうともな」


『うふふ、そうですね。そうです! わたしと旦那だけの夜です!』

 ミウラが首筋をこすりつけてきた。喉を撫で返すと気持ちよさそうな声で鳴きおった。


 ひとしきり、思い出話に花を咲かせ、某達は中へ引っ込んだ。

 書斎に籠もったのでござる。

 書斎でござる。まさかの書斎でござる!


 興味が夜空に勝ったのでござる! ああ情けなや!


『猫の気は移ろいやすいですからね。仕方ありません』

 

 でもって、紙とペンを手にして机の前に座っておる次第。

 何か書きたい。では手紙など如何ですか? って経緯でござる。


 ネコ耳の村に文を出すか? いや、あそこは止めておこう。金をたかられそうだ。

 ヘイモ達赤い鎌とハンマー宛てに出してやるか。遊びにおいでと。


『ここまでの旅費を捻出するのが大変そうなので、近況報告だけにしてやってください』


 じゃ、銀の森亭の看板娘殿とヘイモ達に出すか。

 エンリコは……近況報告なぞ出さずとも、情報を仕入れておろう。下手に手紙を出すと商売に利用されそうだ。出すの止め!


『ミッケラーにはカミソリの刃を入れた手紙を出しときましょう』

「うむ、妥当な所だ」


 ビラーベック本店も……警告文なら出してもいいか?


 ナントカ殿『ナントルカさんです』は住所不定だしな。

『ゲルムの商業ギルド止めで出せますよ』

 それでいこう!


 冒険者のジョーやコワルスキーらも、冒険者ギルド止めで良いのかな?


『手紙を出すならベルリネッタさんを忘れてはいけません』

 うむ! 一刀両断にされたくなければ出さねばなるまいて!


 マオちゃんは、住所不明だし、そもそも配達員の命を心配する必要がある。


 最も世話になったマセラティ伯に出さねば、恩知らずと誹られよう。カール君宛も一通認(したた)めねばな!


 ヴェグノ軍曹は……住所知らないしね。それとあまり親交を暖めたくないしね。


 ドラグリアのカレラ皇帝は?

 ヘラスの港でそれっぽい船を捕まえれば城まで持って行ってくれるだろう。受け取ってくれるかどうかは知らないが。



 夜は更けていく。半分も書かないうちに眠くなってきた。


『今宵はここまでにしとうございま、あふぅー』

 ミウラもあくびをしている。


 さて! 寝室、寝間でござる! 某の寝間でござる!


 広い! ここだけで某の実家が入る! 

 ベッドが大きい! 経験した事の無い大きさ!


『ダブルベッドです。少年達妄想のダブルベッド!』

「では一緒に寝よう、ミウラ」

『この人、天然だった』


 ベッドで布団に入ったが、こう、なんというか、広すぎて落ち着かなかった。


 すぐに寝たけど。




 翌朝。

 うむ! 空気が違う。タネラの空気はエランのいるヘラスの町とちょっと違う。

 日の光が違う。エランのいるヘラスの町とあきらかに違う。


 階下に降りると、良い匂いがしていた。

 台所を覗くと、エルミネタ婆さんが朝食の用意をしている最中であった


「はしたないですよ旦那様。キショーショショショ!」


 はしたないのは婆様の笑い方でござろう!


 朝食は塩気の利いた厚いハムをそこそこ柔らかいパンに挟んだ物。白い皿には生の野菜が鎮座しておる。

 野菜が浮かんだスープが旨かった。味に深みがある。


「旨い! 婆様の料理は売りに出せる!」

「キショーショショショ! 褒めてもナニも出ないでしゅよ」


 後、幾日かすれば、気色悪い笑い声に慣れると思う。たぶん。


 気持ちの良い朝でござる。

 こんな朝は庭を散策するに限る。


「ちなみにミウラ、某はタネラに到着した時点でやる事が無くなった。ミウラは何かしたい事があるかな? 付き合うぞ」

『色々あります。石鹸だとか、新しい産業だとか……』


「金を稼いでどうする?」 

『儲けたお金で猫を買うんです! アメショがいいな!』


 それって冗談じゃなかったんだね。

  


 狭くないが広大とは言えぬ庭の片隅。南側で日がよく当たる所。

 そこにブツがあった。


「畑だよね? 野菜畑」

『旦那にはそう見えますか? わたしにもそう見えますが』


 ……食べられる野菜が植わっていた。整然と。


「ほやっほやっほやっ! これは失敬! バレてしまいましたのぅ」

 後ろ! ゼペル爺様だ。知らぬ間に背を取られた?


「できたらでいいんじゃがのう。取り入れが済むまで待って頂けんですかのう?」


 爺様が耕していたのか。庭師の仕事をしている片手間に畑を作ってるんだろう。

 某、そこまで神経質でも細かい男でもないのでござる。


「なに、気にする事はない。食べられる葉物を庭に植えるのは侍の心得でござる。某の実家も庭に葉物を植えておった。生け垣を食べられる菜で作っておる藩もある。どんどん行け。拙者にも分け前をよこせ」


 生け垣にうこぎを使うのも、飢饉対策の一環である。

 むしろ食費を節約できるという利点がある。


「ほやっほやっほやっ! ならば遠慮なく」


 節約で思い出した。昨日話せなかった事柄がある。


「婆様と共に居間へ来てくれ。話がござる」




「ほやっほやっほやっ! なんですかのう?」

「キショーショショショ! なんでしゅか?」


 ……似たもの夫婦でござる。ミウラが怯えるので止めてもらいたい。


「二人を呼んだのは他でもない。条件についてでござる」


 昨日、勢いで雇ったのは良いが、雇う条件を話してなかった。某の手落ちでござる。


「別に、条件などのぉ。エルーや?」

「ここで働かせて貰えれば、どうでもいいのでございましゅるよ、ねえゼーP?」

『エルーとゼーPって実際呼び合ってたんですね』


 それではこちらが困る。


「夕べと今朝、食事を出して貰ったが、食費は如何様になっておる? まさかその方らの持ち出しではあるまいな?」


「キショーショショショ! まさか、しょのような損はしませんて。この屋敷へのツケでございましゅ。月末に集金がございましゅので、よろしゅうに」


「ならば良い」


 これまでどの様な仕事をしてきたか聞いた。


 ゼペル爺様は、家と庭の維持整備が主。

 エルミネタ婆様は、掃除と防犯が主。


『防犯? たぶん戸締まりの事でしょう。と思いたい』


 あとは来客の際、料理や接待の仕事等々。普段は軽い仕事ばかりだ。


「拙者、身の回りの家事はできるでござる。料理と洗濯は拙者が致す」


 料理と洗濯は戦場で役立つ。元服前からきっちり仕込まれておる。

 ただし、仕込まれてない仕事がある。仕込まれていないとできないのが日本男児!


「家の掃除と庭の整備はこれまで通りお任せ致す。あとは都度都度お願い致す。それで良いかな?」


 爺様婆様は、会話を交わす事無く、二人して首肯した。

「それでお願いしますかのう」

「それでお願いしましゅ」

 長年連れ添った夫婦の妙技を見せて頂いた。


「ああ、それと時々パリジャを所望致すが、よろしいかな?」

「キショーショショショ! それはもう喜んで!」


 お婆の笑顔が明るかった。

 契約成立でござる!

 

 


数少ない読者の皆様と交流を持ちたい……

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― 新着の感想 ―
[良い点] この二人の掛け合いが良すぎて、道中の他のキャラの印象が薄くなってるほどですわ。 気になるのは、今お城の政治はどうなってるのか。 革命成功してもまぁ色々あるでしょうし、君主として誓った妹と…
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