2.新居 でござる
片手に包丁持って爆笑する老婆。
「今度は古狐でござるか!」
「ああ、早まらないで! ゼペルさんの奥さんで、エルミネタさんです! ここで働いてもらってます!」
横っちょにイボを付けた高い鼻『典型的な老魔女顔ですね』を上下させて爆笑している。何がおかしいのだろうか?
「あたしゃエルミネタじゃ。イオタ様、長旅お疲れ様でしゅる。キショーショショショ!」
だから、何がおかしい!?
『あれ? なんでだろ? ヴァンテーラ伯爵より怖い?』
おかしいな? 某もでござる。
「お茶の用意ができておりましゅ、まずはおくつろぎくだしゃれぇ」
よ、よく気がつく媼でござる。一流のお女中と見た。
「お女中、お幾つになられたでござる?」
「百を超えたら五百も千も変わらんでしょう? キショーショショショ!」
『えーっと、今の話しで面白い所はッと!』
だから何がおかしいっつってんだろ!
ここで媼に心眼!
見えてきた見えてきたぞー!
種族:深淵を覗く者
性別:シュブ=ニグラース
武力:アザトホート
職業:ヨグ=ソトホート
水z#:シュブ=ニグラート
sh@%
『だめです! それ以上覗くのは危険だ!』
はっ!
某は何をしていたのだ? 記憶が無い?
なんだか、深い山中を彷徨っていたような? 瑪瑙の宮殿はどこへ?
『旦那! 戻ってきて!』
ミウラが無理矢理引っぺがしてくれた。何かから。
「うっ」
額に手を置くと、汗でべっとりしていた。
この一瞬に何があったのだ?
「イオタ様はお疲れのようですな。色々ありましたから、さもありなん。タネラへ着いたので気を抜かれたのでしょう」
そ、そうでござるな。気の緩みと疲れが出たのだろう。何処かに良い薬は売ってないかな?
「本来ならか弱い女子なのです。さぁさぁこちらのサンルームで休憩致しましょう。お部屋の案内はその後に」
玄関の左にあるドアを開けて中へ入ると……。
『うわあ、さっき見た窓の大きな部屋だ。あ、暖炉がある!』
懐より飛び降りるミウラ。さっそく、暖炉に飛び乗ったりソファに飛び込んだりと、やんちゃな一面を見せる。
「ミウラちゃんはお気に召したようで」
はしゃぐミウラを見て、顔をほころばすニコス殿。ミウラのお気に入り様が嬉しかったようだ。
「なかなか、良い部屋でござるな」
近くのソファに腰を下ろす。沈み込むほど柔らかくなく、どちらかと言えば固い方であるが、某の好みに合致する。中心に置かれたテーブルを囲んでソファが配置されておるのが好印象。
床まである窓が、壁の二面に嵌め込まれている。硝子でござる! 半透明のカーテンが綺麗でござる!
「ここは、サンルームとしての使用の他に、応接間やダイニングとして便利使いされている部屋です」
なるほどなるほど、さんるーむとな。
『直訳すると「お日様の部屋」。明るい部屋のことですよ。居間に使ったり、未来では洗濯物を乾かすのに使ってますね。空気が汚いですから部屋干し用として重宝されます』
未来の空気は汚いのか? 秋刀魚の焼き過ぎか?
「イオタ様、お茶でございましゅる。キショーショショショ!」
だから何がおかしい!? 頭か? 世間か? 両方か?
陶磁のカップに注がれた琥珀色の液体『素直に紅茶といいなさいよ』を恐る恐る口に運ぶ。
「あ、美味しい! ボーラ殿ん所やビラーベックで飲んだお茶より一段美味しい。これはお高い茶でござる!」
「お褒めのお言葉勿体のうございましゅる。でもこれは、角のババァんとこで買った安物でしゅ。要は入れ方でございましゅるよ。伊達に四百年もお茶を……おっと、失言失言、キショーショショショ!」
「よ、四百年とな!?」
長生きにも程があろう? この媼、人間か?
「冗談でございましゅるよ、キショーショショショ!」
「あ、ああ、冗談ね。ははは、おもしろい……。おもしろい……。なあニコス殿?」
ニコス殿は……額に皺を寄せていた。
「冗談でしょうけどね――。あの二人、私が子供の頃、既に爺さん婆さんでした……」
『淋病刀社会陳列罪全!』
ミウラ。漢字が違うでござる。内容が、より危ないでござる。
「失礼つかまつるが、ニコス殿は今お幾つで?」
「先々月、ちょうど40になりました」
……見た目の年齢に四十年を足すのかぁ。
百才ちょっとのご老人ならたまに居られる。老人は国の宝でござる。長寿は祝うもの。
目出度い目出度い。鶴亀鶴亀。
さても、休憩をとって元気回復! 屋敷の案内でござる。
『屋敷の案内でござる! 大事なんで2回目を追加しておきました』
珍しくも、ミウラが自分の足で走り出した。
一階は、大きく割って四つの区画に仕切られておる。
まずはここ、日光浴部屋兼応接間兼居間。
食堂。これがまた広くて明るい。食堂と繋がった台所。
風呂は食堂に隣接している。
『火と水回りが纏められていますね』
便所と軽作業用小部屋は廊下の反対側。
元々この区画はダンスホールだったらしいが、滅多に使わないので手を入れたそうな。
で、左奥が二階へ上がる階段。
回り階段でござる!
『男の子はそう言うのが好きなんでしょ!』
二階の部屋は客間が二つと主の部屋。主の部屋は三間続きでござる!
三間の構成は広い寝間と、衣装部屋と、書斎。
衣装部屋は、物置になる予感。
で、書斎。
小さな窓の下に手頃な机と、座り心地良さそうな椅子。空っぽだが大きな本棚がある。
うむ、できる男の部屋でござる。手紙の一つでも書きたい気分でござる。すごく上手な文が書けそうでござる。
「残りの二間は客室ですが、別の用途に使って頂くのも有りでしょう」
一つは暖炉の煙突が通っている部屋。小さいけど、冬は暖かい部屋だ。
もう一つは広い部屋。日当たりが悪く、冬は寒そうだ。
『そのかわり夏は涼しそうです。夏に使われては如何ですか?』
それも有りでござる。うむうむ。
ニコス殿がにやっと笑う。ミウラとネコ語での会話を某が悩んでいると思ったらしい。
「さてさて、エラン様がお越しになったら、どの部屋で休んで頂きますかな?」
「はっはっはっ! エランが来たりなんかするもんか! 面白い冗談でござるなニコス殿」
「申し訳ありません。女性に対し失礼な言い方でしたね」
なぜかヒョイと肩をすくめ、口をへの字にしながら笑うニコス殿であった。
もし来るとすれば、最期の決着を付けるときである!
なんやかんやで荷を解いて『収納ボックスから取り出すという意味です』から、ご近所に挨拶でござる。
ご近所といっても丘の上の一軒家に付き、お隣さんは居ない。丘を下る道沿いにある数軒の家をニコス殿の案内で回る。
一番近い家はゼペルとエルミネタの家なので、ここは素通り。
「丘の上に越してきたネコ耳族のイオタでござる。これ、引っ越しのご挨拶代わりに」
「これはご丁寧に!」
『マセラト領で買い込んでいたタオルですね』
皆さん、好意的に受け取ってくれた。ニコス殿の顔とパトレーゼ商会の縁者という触れ込みが大層役に立った。あそこでルカス殿の首をはねなくて良かった。
『旦那、だんだん薩摩化してきてますよ』
「へえ、丘の上に越してきたイオタさん? あ、ネコ耳可愛い。干し魚食べる?」
とか、
「何かあったら声かけてくださいな。ご近所なんだから!」
などと、某の悪事をご存じないご様子。
そして皆さん気さくでござる。そこが良い! 好印象でござる!
町内と思われる大通りまでの十数件を回って全てこれでござる!
家に帰ると……「家」に「帰る」でござる!
『僕にも帰れる場所があったんだ。これが感無量というものか?!』
そうかそうか、時々ミウラがなに言ってるか解らん時があるのだが、某も感無量でござるよ。
サンルーム兼居間より、エメラルド山方面に沈んでいくお日様が見える。
「良い景色でござる」
『まこと。良い景色ですね』
これで波音が聞こえてくればもはや思い残す事無し!
『聞こえてきたら逃げ場が無くなった証拠ですから、腹をくくってくださいね。気休めですが、水泳のスキルをとっておきましょう』
ドアを叩く者がいた。
「なにやつ!」
『ノックです。早くなれてください』
「イオタ様、お食事のご用意ができました」
ニコス殿だった。今宵は一緒に飯を食おうと誘っておいたのである。
泊まっていくようにも勧めたが、実家で泊まる話になってるらしい。ここは地元なんだしね。久しぶりに親族と積もる話もあろう。引き留めるのは野暮でござる。
広すぎる食堂は、すでに用意が成されていた。大きなテーブルにランチョンマットが三カ所。ニコス殿と某とミウラの分でござる。
出てきた料理は――
「パリジャでござる!」
『海老とかイカとか何かいろんな海鮮物が豪華に!』
「エルミネタさんのパリジャは天下一品ですよ」
ニコス殿は、某とミウラの大好物をよく知っておられる!
「では、いただきます。ぱくり! うまい! ヘラスの町で食ったパリジャを軽く凌駕しておる!」
『うまうまうまうまうまうま――』
さっそくミウラが壊れておる。
「キショーショショショ! 下町料理がそんなにお気に入りでしゅかい?」
「ここまで上手に作るその方なら、この料理の価値を理解しておると思うのでござるが? ぱくぱく!」
「理解しておりましゅるとも! それ故の問いでございましゅよ」
「このパリジャを食べられるなら、婆様と爺様が古狸古狐の妖怪変化でもかまわぬ!」
実はヴァンテーラが化けていました。というオチでも許せる味だ!
「キショーショショショ! あたしも勇者様を気に入りましたよ!」
『年の功は冗談を受け入れた』
「ニコス殿、この両名を拙者が直接雇いたい。かまわぬかな?」
一瞬詰まったような顔をするニコス殿。ひょっとして驚いているのかな?
あるいは、両名とも間者でござるかな?
『どちらかと言えば……肩の荷が下りた系の安心顔です。この2名、どう見ても妖怪ですしね、ウフフフ!』
ミウラも言いおるわ!
ニコス殿は晴れやかな顔をしている。
「こちらとしては是非とも。よろしいですかなエルミネタさん?」
「お給金は誰からもらってもかまいましぇんて。爺様と共に精一杯お仕え致しましゅよ、ネコ耳の勇者様!」
商談成立でござる。
「雇うにあたって一つだけ条件がござる。拙者を勇者と呼んではいけない」
「では旦那様でよろしゅうございましゅか?」
即答だった。頭が健全な証左でござる。
ミウラと被るが、勇者だのご主人様だのと呼ばれるよりいいか。
「それでもよい」
「キショーショショショ! ではあたしの事も気さくにエルーとお呼びくだしゃい」
「それは断る!」
「爺様はゼーPと」
「だから断るっつてんだろが!」
『これが有名な天丼でございます。お後がよろしいようで』