12.ネコ耳村の宴会でござる
日が暮れた頃――
村長宅の仕切りを三つばかりぶち抜いた大広間で宴会が始まった。
村の若い衆が大勢集まったので、賑やかな宴会となった。
某、賑やかな席の酒は大好きである!
この村の酒は……しゅわしゅわして香ばしい。麦の香りがする。美味しい!
『初期のビールですかね? アルコール、えーと弱めの酒です』
「ほほう、美居琉とな? 喉がキュッとするでござる! 美味美味!」
あては魚だったり獣肉だったりする。
その事に関し、ミウラが心配してくれた。
『イオタの旦那、四つ足の肉は大丈夫なんですか?』
鳥の胸肉を囓りながらミウラが心配してくれた。
「拙者、鳥肉は好物だ。山鯨もよく食しておる。……市中見回り中に、よく屋台へ顔を出していた。中にはよく分からん獣の肉を出す店もあった。大概食ったがな」
『ケモノの姿形は十人十色でカントク以外に除け者はいないと言われていますからね。それより旦那……』
ミウラが改まった物の言い方をしてきた。
『旦那、イセカイの料理は美味しいですか? 口に合いますか?』
「うまいが? なぜそんなことを聞く?」
『わたしが生きていた世界だと、いえ、わたしが元の人間だったら、こんな不味い料理は食べられませんね。あと、着る物や不衛生さなんかも我慢なりません。人間だったらの話しですがね』
「ミウラの生きた未来は、拙者が想像できぬほどの美食が溢れ、清潔感に満ちた生活を送っていたのだろうな? 全く想像できぬが……」
生活様式は、某の生きた江戸時代なる時代と、ここイセカイとさして変わらぬ。
しかし、某の常識で贅沢とされることが最低限の生活とされる超未来を生きる人として、ここの食生活は馴染まぬ物であろう。
体の臭いがしない生活だとか、ダニや蚤や蝿の居ない部屋だとか、垢の浮かぬヌルくない風呂が各家に備わっているだとか、いまでだに信じられぬ。バイキンの概念が未だに理解できぬしな。
だが、解らぬでもない。
もし某が神代時代の田舎に紛れ込んでしまったとしたら、生きていけぬと思う。衣食住、すべて乞食の生活に等しい。某、三日と保たぬであろう。
『わたしがネコの体を選んだ理由の一つに、異世界の食生活、衛生概念がありました。ネコの体なら、適応するであろうと考えたのです。大正解でした。人間だったら、とっくに死んでる自信があります。元々旦那は江戸時代のお方。異世界に適合できる生活を送ってましたからね。無問題で良かったと思いますよ』
ミウラがそう言うなら、そう言う物であろうな。
目の前のよくわからぬ肉。これらは、肉に火がよく通っており、臭みも気にならない。変わった味つけであるが、大変美味しい。
でもなー、味噌と米がないんだよなー。イセカイには。肉に合うと思うんだけどなー!
足下ではミウラが骨付き肉にとりかかっている。衣食住を述べる前に、子ネコの分際で精の強い強い肉を食って大丈夫であろうか?
で、ミッケラーも当然のように参加しているんだよな。それも某の隣で。
まあ、ご馳走を目の前にして、ミッケラーのことなど些細なことだ。
某、イセカイの料理を大いに食い、かつ呑んだ。
この小さな女の体によく入るなー、ってくらい食べている。
「さて、イオタ様。おりいってお話が御座いミャーす」
村長のトビアス殿が、酌をしてくれた。
酒はいつの間にか透明な種類に変わっていた。よく冷えていてる。
涼やかな香りがして、喉ごしの良い酒だ。上品な甘みがある。こちらも大変美味しい。
女子に好まれそうな味であるな。
……ミッケラーはといえば、舐めるようにして酒を飲んでおる。口に合わぬのか、酔う気が無いのか。
「さて、話とは?」
「この村に住んで頂けませぬかニャー? イオタ様のようなお強い戦士に永住して頂ければ、安心して暮らせますニャー!」
そうは言ってもなー。約束の地、タネラへの旅がなー。
村長の後を接ぎ、お婆が目細い目を見開き口を開く。
「儂らネコ耳族は、世間より虐げられてごじゃりミャーす」
まあ、人とは耳とか尻尾とか、いろいろと違うからね。
「長い歴史の中で、狭苦しい村の生活に嫌気を感じ、表に出た者は大勢おりミャーす」
賑やかだった宴会場が水を打ったように静かになった。
「人間の町へ出た子供は攫われてしまいましてごじゃりニャしゅる。犯人は大きな奴隷商人。貴族とも繋がっており、我々には手が出ませんですニャ。今頃何をされているニョやら」
宴会に興味を持ったのであろう。村の子供達が柱に隠れて某を見ている。ネコ耳がつぶらな瞳と相まって大変可愛い。
「かといって、年長者は謂われのない虐めや虐待をうけておりミャーす」
うんうんと薄くなった頭を上下させる村長。
簾禿の頭に小汚い毛並みのネコ耳が生えている。
見た目で差別するとは! なんたる悪癖!
おや? 尻尾が勝手に左右へ大きく動くのは何故だろう?
「儂らには若くて強いイオタ様のような方を求めておるニョじゃ。どうか、この村に腰を落ち着けていただけませニュか?」
周囲からの視線による強い圧力を感じる。
始まった頃は同年代の女子も居たのだが、いつの間にか、席は若い男共であふれかえっていた。
異様な雰囲気に思わず腰を浮かそうとして……よろけた。
一気に火のような熱さが胸を越え、目を過ぎ、額にまで上がったきおった!
なるほど! この酒強いぞ! 某を酔わせて潰すつもりか?
某を酔わせたところで……、
はっ!
某、美少女であることをすっかり失念しておったわ!
いかんぞ! 男共にやっさもっさされて汗を流すのは!
助けてくれミッケラー……既に姿は無し……逃げたな。
くっそー!
頭の中も濁り、考えがまとまらない!
今この危機を脱したとしても、明日は二日酔いでぐにゃぐにゃである!
貞操の危機に瀕し、狼狽えること数瞬。
すーっと、酒が抜けていく。
……あれか? 二日酔いしなくなる神通力、ミウラの言う所のスキルであるか?
みるみる頭がスッキリしていく。体もしゃっきりしていく。
澄んだ頭で考える。
どうしよう?
こうするしかないか。
「返事は明日で良いか? では、この辺で失礼致す。昼の疲れがでてきたようだ」
足取りふらふら。眠そうに目をこする。
「それがようございますにゃ。イオタ様をお部屋へお連れしニャさい」
ニコニコというか、ニンマリというか……、油っぽい笑みを村長は浮かべていた。
「一皿もらっていくぞ」
よく焼いた肉を一皿手にし、席を立った。
村長の婿の嫁であるリリアンさんに案内され、村長宅奥の客間へ通された。
板の間に、ふわふわの布団が敷かれていた。
ふむ、某の背負子は、枕元に置かれているな。
「どうぞごゆっくり」
「かたじけない」
リリアンさんが出ていった。
『じゃ、旦那、お休みなさい……って、何をしてるんですか?』
「見た通りだ」
アイテムボックスを開き、背負子を放り込む。皿の肉も放り込み、腰から刀をぬいて鞘ごと放り込んだ。これもと、ブーツを脱いで放り込む。
「酔い覚ましに散歩と洒落込もうではないか」
にっこりと笑う。
『あ、ああ、そういうことですね。こいつはおちおち寝ていられませんねぇ』
ミウラを掴んで懐へ入れる。これで準備万端。
「おや、イオタ様、どちらへ?」
寝所を出た、廊下に村の年寄りが立っていた。
「酔ってしまったので寝るまえに少し夜風に当たろうかと思うてな。その方、ここで何をしておる?」
「い、いえ! 不埒者がイオタ様に近づかニャいよう見張りを……」
年寄りは、某の頭の天辺から爪先までをじっと観察した。
手には何も持っておらず、腰に刀はない。しかも裸足である。
「ニャー」
懐から顔を出したミウラが一声鳴き、トンと飛び降りた。
「このようにミウラも外へ出たがっておる。なに、村を一回りすればすぐ戻る」
年寄りの顔から、みるみる緊張が抜けていく。
「荷物は全部置いてあるが、よろしいかな?」
「へい、そりゃもう、安心してくださいニャ」
禿散らかした頭にネコ耳の分際で語尾の「ニャ」。イラッとした物を感じつつも平静を装う。
「明日の朝まで何人たりとも部屋へ入れぬようお願い致す。すぐ戻るので、これにて」
しゅっと、手を挙げ、部屋を後にする。
のんきに鼻歌など口ずさみながら、廊下を歩く。
村長宅より出るまで、三度ばかり鋭い目つきで誰何されたが、同じ事を言って裸足を見せれば、緩んだ顔で御見送ってくれた。
千鳥足で、村の一本道を歩く。
荷物も持たず、腰に刀もない。子ネコのミウラがちょこちょこと足下に纏わり付きながら歩いて行く。
何人かとすれ違ったが、だれも散歩と疑わず、軽い挨拶を交わすのみ。
夜空には半月が掛かっている。ネコ耳族の所以であろう、半分の月だけでも充分明るい。
回りに人気が無くなったのを確認して――ミウラを掴んで走った!
走って村を抜け出た!
『旦那、足早いっすね?』
「そうであろう! 人生最速で走っているのだからな!」
冗談ではない!
ハイ・エンシェント・ネコ耳族は尊き血の持ち主。
この地に永住してくれ、の次は――
子供を産んでくれ、である。
冗談ではない!
背中に寒イボを沸き立たせながら、一心不乱に走る。
両手をぶんぶん振り、脇目もふらずに走る
「加速! 加速! 加速!」
『ちょ、旦那! ちょっ! あばばば!』
加速の神通力がスッカラカンになるまで使い、走り続けた。
何度も後ろを振り向きながら走りまくった!
某、子供を産ませたい方であって産みたい方ではないのでござる!
イオタの旦那の一人称。基本は某。
仲が良くても他人には拙者。
身内というか、心を許した相手にだけ某。
ご本人は無意識です。