17.予言者ザッカルド将軍 でござる
国王軍。陣の中央。
エラン軍が、ただ一点を狙う場所に、奴が居た。
三人衆、最期の一人。人呼んで、予言者ザッカルド!
将軍として国王軍を率いている。
40代半ばには見えぬ肌の張り。鯰髭が残念だ。
豪奢な籐の椅子に座り、月光鳥の尾羽で作った団扇で首元を扇いでいる。武人にしては線の細い男だ。若い頃はさぞモテただろう。……同性から。
そこへ遠見の魔法使いから報告が上がった。
「将軍! 右翼に勇者が突入しました!」
参謀達は頷きながら軽く笑った。
一方で、ザッカルドの表情は変わらない。
「将軍。予言通りの場所に、予言通りの時間で現れ、予言通りに戦いが進んでおりますな!」
後ろ手に組んで立っているオルブライト参謀長が、腰を曲げザッカルドに顔を近づけた。
「予言ではありません。これは策です。簡単な策」
自慢に聞こえるが、本人に全くその気はない。
「こちらは二倍の兵を持っています。それに考えられるエラン軍の性質を加えれば、簡単に未来を予想できるのです。エラン軍の弱点も自ずと浮き上がってくるのです。これは、そこに針を刺すだけの簡単な仕事なのですよ」
パタパタと扇を扇ぐ。暑がりなのかも知れない。
「これだけ戦力に差があると、砦にでも籠もらねば、戦う事すらできんだろう!」
「うふふふ、参謀長。どこから援軍が来るというのです? エラン君は打って出るしか選択肢がないのですよ。エラン君はたった一つの大駒を繰り出すしかないのです。予定どおり、右翼は勇者にくれてあげましょう」
「太っ腹ですな!」
「オルブライト君? 相手は魔王を封じた勇者なのですよ。敬意を表して片翼くらいくれてあげましょう。まともな将なら、包囲を防ぐ為に翼を突いてくる。当たり前の戦術です。ですが――」
扇いでいた扇をピタリと止め、エラン軍の最後方を指し示す。
「ですが、頭はいただきますよ! オルブライト君、そろそろ時間ではありませんか?」
「はっ! 大きく迂回した別働隊100騎がエラン軍の後方を襲う時間です。狙うはエランただ一人!」
「勇者が側に居てくれたら良かったのに。と、思いますよ。エラン君はね。うふふふ」
倍の戦力差というものは、100騎もの騎馬を戦が始まる前から別働隊として動かせる余裕があるということだ。
「それと、もう一つの手は順調ですか?」
「はっ! 虎の子の魔法兵団30人。そろそろ左翼の戦列に合流する時間です! エラン軍は同時に起こる2つのハプニングに対応できますかな?」
「うふふふ、私は嫌だなぁ。そんな仕事。可哀想にねぇ。うふふふ!」
白い顔に、嗜虐的な笑みはよく似合う。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「エラン殿! お覚悟!」
エラン軍後方。本陣とも言えるエラン王子を守るエラン親衛隊に、真後ろから突っ込んでくる騎馬集団。真っ黒な鎧で揃えている。
一方エランを守る親衛隊は……。
別働隊へ、イオタと共に、少なくない数の親衛隊を抜いて付けてある。ただでさえ少ない親衛隊の数が、より減っている。
「親衛隊! 後方を守れ! 一騎たりとも通してはいけません!」
親衛隊長はエランの愛人……ではなく、妹のデイトナ。
「お任せあれ! デュフッ!」
「野郎共! ご褒美だ! 体で止めろ! デュフフフフ!」
全親衛隊がデイトナにアピールしていた。頬が赤い。彼らはエランを守るつもりはない。デイトナがぴったりとエランにくっついているモノだから、結果としてエランを守る事になっただけ。
そーゆーことである。
「ぐはぁ!」
当然、蹴散らされた。
敵の馬は、エラン軍が使ってる馬より一回り大きい。頭2つ分背が高く、幅は倍ほどもある。特別体格に優れた馬ばかりで構成された騎馬軍団。
この作戦にかけた期待の大きさ。必殺である!
「お首頂戴!」
「くっ!」
先頭を走る騎馬が蹄を高々と上げた。エランが乗る馬ごと踏みつぶすつもりだ。
その前に飛び出した者がいる!
デイトナだ!
デイトナがエランと黒騎士の間に飛び込んだのだ!
「邪魔立てするな!」
「兄上ーっ!」
「デイトナぁー!」
デイトナが馬に踏みつぶされる! もったいない!
「ブヒヒヒーン!」
雷鳴が如き軍馬の嘶き! 己が人生の終わりに固く目をつぶるデイトナ!
何かおかしい!
嘶いた馬が静止している!
デイトナの前に誰か居る!?
上がった右前足を片手で掴み、馬を微動だにさせない影が一つ!
なんという怪力か!
その者、二人分の肩幅を持つ。頭3つは飛び抜けた身長。
背中に止めてあった幅広長大な鉈、いや、刀を引き抜き、勢いそのまま斬り下ろすッ!
馬と騎士がまとめて真っ二つに!
その剣。片刃であるが、人の胴体幅より幾分広い。最大の厚みは拳ほど。イオタの持つ超長尺刀と同じ長さ。
「必殺! 二の太刀要らずッ!」
続けてくる騎馬に向かい、化け物のような刀を超高速でしかも真っ直ぐに振り下ろす。
騎士の体が正中線より左右に分かれた。騎士が振り下ろした長剣も、真ん中から左右に割れた。
丸々太った軍馬が正中心を境に左右に分かれた。
幼い少女の顔が、アニメ声で叫ぶ!
「ネコ耳の勇者イオタ様に剣を捧げし者。ベルリネッタ・エスケス・ボクサー推参!」
幼顔が、持ち主に相応しい無邪気な笑顔を浮かべている。
「どんどん来なさい!」
これが伝説となった鬼姫ベルリネッタの100人斬り。その最初の一撃であった!
そして場は国王軍左翼。
国王軍秘匿の魔法兵団30名が一斉に呪文を唱えだした。
魔法使いの頭上に浮かぶ、大きな火の玉。グルグルと回転している。爆裂火球の初期起動状態だ!
30発の爆裂火球が同時に発動すると、面制圧兵器扱いとなる。
前方にのみ集中しているエラン軍で、魔法に気づいた者は少ない。
魔法使い兵団の魔力がシンクロした!
「発動!」
魔法発動のまさにその時!
30個の爆裂火球を貫通し、消し飛ばしていく40本の青い光!
火球が消し飛んだ!?
「何故!?」
魔法使い達が、光の飛来方向に目を向ける。
「第2射、てぇーっ!」
30人の魔法使い達を次々と青い光が薙ぎ倒していく!
「どわっはっはっはっ! まったくお呼びがかからなかったから、勝手に参戦したぞ!」
髭に埋もれた顔に、ハー□ック傷。肩に担いだ長柄の両刃斧。
ドワーフ王国の前国王にして、男色家、もとい、……軍曹ヴェグノが、ドワーフ兵200人の先頭で笑っていた!
「イオタは勇者といえど所詮、戦のド素人! 機を見る経験が足りん! よって逆転のポイントにご馳走してやった! 感謝させてやる!」
銃を構えていた兵が左右に割れ、斧とラウンドシールドを構えた重装備のドワーフ兵が飛び出す!
新たな敵勢力の出現に、国王軍の指揮官が舌戦を仕掛けてきた。
「それっぽっちの人数で食い殺されに来たか? 死にたくなければここを去れぃ!」
「どわっはっはっ! ご心配はご無用に! こいつらは、元ドワーフ王直属猟兵団や親衛隊から引き抜いた借金で首が回らなくなった者や、家庭が崩壊した者や、その……なんやかんや諸々で頭がおかしい連中だ!」
その頭がおかしい連中が、斧を構えてニチャリと笑った。後の無い者独特の妙にテラついた笑顔だった。……酒瓶持ってる奴も何人かいる。
「死んだら借金返済と家族と工房は国が責任を持って保証してやる! ただし、5人以上殺したヤツだけな! かかれーっ!」
ヴェグノがバトルアックスを振り下ろす。
「俺が死んだらええねんやろー!」
「借金返したっらー!」
「間違った現実を変えてやるー!!」
シールド持ってるけど防御を忘れた突撃。国王軍左翼は混乱の極みに至る!
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「後方に回った別働隊に加え、左翼の魔法使い部隊全滅。右翼、左翼共に指揮権を持つ者が討ち死に! 敵先鋒、直援部隊と接触! 押されています」
遠見の魔法を使うスタッフが、額に汗を浮かべながら「目」で見た事を客観的に伝えた。
戦闘の叫声がここまで聞こえてくる。前線は、ここ本陣のすぐ前だ!
予言者ザッカルドは狼狽えた。
「ばかな! あんな兵力、データーにはなかったのですよ!」
現に、ここに有るんだから仕方ないでしょう。
「作戦が目茶苦茶じゃないですか!」
団扇を足下に叩きつけた。
「ザッカルド将軍!」
オルブライト参謀長が、狼狽えているザッカルドに声をかけた。落ち着いた低い声だった。
こいつらは自分で考えなくていいから気楽だな!
ザッカルドは、心臓が5つばかり鼓動を打つ間、そんな目でオルブライトを見ていた。
「……もはやこれまで。陣を引きます」
ザッカルドは勢いよく床机から立ち上がり、陣を後にする。
「直ちに!」
オルブライトが頭を下げ、後に続く。自分は当然、ザッカルドの側に居る者として。
「オルブライト君。殿を頼む」
え? っという言葉をかろうじて飲み込んだオルブライト。体が硬直した。
「……おまかせを」
そのように即答するしかない。
「役目を果たした暁には、将軍職をくれてやろう」
ザッカルドの目が嫌みの光りを湛えていた事は否めない。
「必ず生きて帰れ」
心にもない事を言う。
国王軍4千の内、王宮城塞へ戻れた者は約2700人。オルブライトはその数に含まれなかった。
なぜなら、オルブライトを含む国王軍殿部隊300人は、あっさりとエラン軍に投降、忠誠を誓ったからだ。
なお、逃げ遅れた国王軍500がエランの軍門に降る。もともと、国王軍というよりザッカルドへの忠誠が低かった連中だ。
そしてドワーフ猟兵団、生き残り160人。
エラン軍の損傷は戦死者157人。負傷者は多数出たが、経戦能力は保持している。
結局、国王軍、2200人。エラン軍、3100人となり数だけは上回った。
トライデアル平原の戦いは、エラン軍の勝利に終わる。