16.トライデアル平原の戦 でござる
地形的な話しをすると、エラン軍は山を背にしている。
つまり坂の上。その軍は、駆け下る勢いが加算される。
国王軍は、エラン軍を王都ヘラスに入れる訳にはいかない。
さらに、戦場へ到着したのはエラン軍が進撃を開始する直前。
遅い!
取れる陣形は受け身の陣。しかも坂の下。
王都への入り口に栓をする為、大急ぎで真横に広がっている。その陣に厚みはない。
「なりふり構うな! 中央を食い破れ!」
作戦はこう!
真ん中を突破し、右へ旋回。敵左翼を挟撃し、殲滅。
そのまま右翼残存部隊に当たる。
体力だけ有り余ってる連中だから可能な作戦。一度でも蹴躓いたらそこで終了。
「行けー!」
「うおおおぉおお!」
空気を振るわせる叫び。地響きがここまで伝わってきそうだ。
エラン軍(バカ共)は矢印の陣形で突っ込んでいく。勢いに任せ中央を食い破るのみ!
鏃に当たる部分に、あえて血の気の多い連中を配置した。
皆が皆、親の敵みたいな目をして前の敵に挑む。
エランはというと、某と共に最後方に位置しておる。
普通、少数の軍だと、大将が先陣を切る。そうすることで兵の戦意が上がる。
ところがぎっちょん!
こ奴の存在が反乱軍を纏めておるのだ。よって、エランに何かあったら一気に軍が瓦解する。それ故の後方配置でござる。
幸い、先陣を希望する殺人狂共が大勢手を上げた。みんな貧乏な下級貴族。一か八かの勝負をかけて出世を望んでいる。後のない人は強い!
よって大将が先頭に立つ必要無し!
ちなみに某、木っ端役人であった為、戦だの陣形だの全く知らん!
『鋒矢の陣形です。敵中央突破に特化した陣です。敵より少ない場合、よく取られる陣形ですな。関ヶ原の戦いで島津家退却時に使った陣形です。本多忠勝や松平忠吉の軍に突っ込んで退却を成功させています。その際、忠勝殿を落馬に追い込み、忠吉殿が負傷したりしました』
さすがのミウラでござる! エランめ! こやつ珍しく知恵をだしおって!
『ただし、全く融通が利かぬ陣形でして、途中から陣や作戦の変更どころか、敵の変化に全くもって対応ができません!』
一か八かでござったか!
前線では矢が飛び交っておる。
これは想定済み。大型の盾を持った部隊が味方を守っておる。進軍速度は全く落ちない。
『戦場のセオリー、全くの無視ですな!』。
こちらは虎の子の魔法攻撃部隊が遠距離攻撃を始めた。
対して、敵側から魔法の攻撃が来ない。この戦に用意しきれなかったとか?
『そんなはずはありません。国家規模の魔法使い集団が飼われているはず。ここぞと言うときに温存しているのでしょう! 気をつけねば!』
敵による矢の攻撃は薄い。国王軍が薄く広がった陣を取っておるからだ。
こちらの突撃に合わせたのだろう。左右の陣が前進しておる。
『鶴翼の陣ですね。川中島の戦いで武田信玄公が取った陣形です。左右の将同士の連絡が取れなくなるから連携が難しいんですよ、って、あ! ヤバイ!』
両翼の先端部分で馬が駆けている。足の速い騎馬隊で構成されているのか?
それにエランが気づいた。
「思ったより包み込みが早い。両翼が閉じる前の中央突破は難しい。別働隊用意! 右翼先端を叩け!」
なけなしの予備兵力でござる。騎馬武者で構成された虎の子だ。エランの親衛隊からも削って数をだす。
「ネコ耳! 出てくれるか?」
「任せられよ!」
さすがに背中の超長尺刀は外しておる。馬に飛び乗りバルディッシュを構える。
『イオタの旦那! ほれぼれする晴れ姿でございます!』
「うむ、この姿、母上に一目お目にかけたかった!」
全身これ青く輝く鎧姿。
兜は天頂に三角形の耳が生えておる。庇は長く、両頬を被う保護板付き。額部分には前立の代わりにネコを彷彿させる文様。目の部分に赤い宝石が埋め込まれた徹底ぶり。
エランの鎧とよく似た形状の肩覆い。二の腕、前腕を覆う小手には金の縁取り。
胸当ては中央にミウラの席を設え、透き通った金属を嵌めた窓から顔を覗かせるようになっている。佩楯がやたら大きいのだが格好いい。後ろは尻尾を模しておるのが小憎らしい。
足は鉄製のブーツ。爪先まで鉄製でござる。
全身鉄鎧で固めると動けなく程重い!
それが軽いのでござる! 綿入れを着込んでいるのとさほど変わらぬ!
『このミウラめによる会心の作です! 伊達にコスプレ、もとい……伊達に造形技術を極めたつもりはございませんよ!』
さすがでござる! ミウラは万能の博士でござる!
用意された馬にヒラリと跨がる。
馬はさほど得意ではないが、現場に駆けつけるだけなら何とかなる。
鋒矢の陣、その後方から、ひとかたまりの騎馬軍団が躍り出た。バルディッシュを小脇に抱えた某が先頭でござるよ!
タネラでまったり人生を送る為には、死をも厭わぬ!
敵、右の翼の先端部分。部隊を指揮していそうな鎧武者にむかって馬を走らせる!
「ネコ耳族のイオタ! 見参!」
「ちょこざいな!」
槍を繰り出す敵将。おっそろしく鋭い突き! 地上ならともかく、馬上でそれをかわす腕は持っておらん!
鎧で喰らった! 槍は簡単に弾いたのでござるよ!
『避弾経始となっております!』
「にゃごー!」
某の勢いは止まらぬ。敵将とぶつかった! 文字通り体当たりでござる! バルディッシュはどうしたーっ!
二人とも馬から落ちる。某は鎧と身の軽さを利して、足から着地した。
敵将は、背中からズシンと落ちた。
『コイツしばらく立ち上がれませんね。ここが先途。魔法を余力の範囲で撃ちます!』
「心得た! 天馬流星弾!」
バルディッシュを逆袈裟に振り上げる。
「イオタの波動砲稲妻三段返しが来るぞー!」
敵がなにか叫んでる。初めて聞く某の技名でござる。
『光線系マップ兵器が対人肉弾技に格下げされたような技名ですな!』
飛び出す幾つもの光弾!
山を描いて敵部隊の頭上より落下。
幾重にも光りと炎の花が咲く。
敵の足が乱れた。右の翼が歪んだ!
「今だ! 押し返せー!」
「おおぉー!」
某、皆の後ろでバルディッシュを振り回すでござるよ! 邪魔にならないように!
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
ここは国王軍の本陣。
陣幕を背にして、白い軍服を着た男が一人。左右に厳つい男達が数名ずつ。
脇で遠見の魔法使いがブツブツ呪文を唱えている。
白服の男は、戦場に似つかわしくない豪奢な椅子に座っていた。
長い足を組み、掌に浮かんだ青い光を転がしている。
自ら生み出した魔法力の球だ。魔法コントロールの訓練をしている?
彼は、国王軍の将軍にして最期の三人衆、予言者ザッカルド。機嫌良さそうな態度は自信の表れか?
「ネコ耳の勇者イオタが右翼先端部に現れました」
遠見の魔法使いだ。どうやらイオタの活躍を魔法の目で捕らえたらしい。
「うふふふ、全てが私の仕組んだ予定通りに動いていますね」
ザッカルドは掌で青い魔法球を弄んでいた。