15.決戦前日 でござる
明日は決戦でござる!
決戦の日が明確だなんて珍しい。
講釈師が、「剣士が対峙する。お互いの気が満ちて同時に動く。戦も似た所がある」って言ってた。たぶんそれだ。
殺気だった者共がキビキビと動いておる。こっちまで気持ちが高ぶるでござる!
よって朝から最後の軍議との事だったが、ミウラが帰ってこなければ話にならぬ。ネタが無い。
飯だのお茶だの、考えを纏めるだのお茶だのチュールだのと、のらりくらりとかわしながらミウラを待っていた。引き延ばすのも限界となった昼前に、無事ミウラが帰ってきた。
簡単な打ち合わせを済ませ軍議に臨む。詳しい事はぶっつけ本番でござる。
「ネコ耳! いい加減にしろ! もう昼だぞ! 明日の配置なんかとっくに終わらせたぞ!」
エランが激怒した。条件反射で謝ろうとしたが、そもそも朝一に軍議を強行したのはエランである。謝る必要は無い。むしろ反論すべきだ。
「天辺に立つ者が短気を起こすでない。こっちにも考えを纏め、整理する時間が必要でござる。そもそも、拙者が何を掴んで帰ってきたのか、知った上での軍議でござるか?」
「むっ! ではいつ始めれば良いのだ?」
「昼飯でも食いながら話そうではないか。腹が減っては戦ができぬと申すからな」
ミウラは昨日の昼から何も食ってない。まずは飯だ。
「では始めようか。国王派の軍勢は予想通り4千。私達が陣を張るトラデアル平原の南側に陣を構えつつある。王都ヘラスへの侵入を防ぐ位置だ」
当然のようにその場を仕切るエラン。
『先生が一番偉いのですから、道理です』
エラン軍二千三百。国王軍四千。いよいよ戦が始まるのでござる。
男と生まれ『体は女です』、戦と聞いて血湧き肉躍らぬ者はいない!
『これは旦那の個人的な意見です』
「さて、ネコ耳、何を掴んできた?」
「うむ! まずは一通りの話をしよう」
会議の席に揃って雁首並べとるのは反乱軍の重鎮達。エランとデイトナ殿、シモネット伯爵と三男のクリストファー。その他、有力な貴族と騎士達。
「まず、王宮城塞防衛機関の秘密でござる」
「ほう!」
反乱軍最大の壁。文字通りの壁が王宮城塞の壁。こいつをどうにかしないと、王宮を前にして指をくわえて睨み付けているしかないのだ。
「城壁に建てられた鉄柱と先端の鉄柱はご存じか? あれは魔族の協力者が作り出した障壁装置でござる。そして作成に関与した魔族がエドゥであると思われる。今、何らかの事情で王宮を離れておる!」
……まさかと思うが? 吸血鬼が一丁噛んでおらんだろうな?
「だったらエドゥの居ない今が、王宮を攻める絶好のチャンスではないか!」
名前を知らない有力貴族の一人が机をドンと叩いた。髭がよく似合う。むさ苦しい男だ。
「それは不可能でござる」
『魔族の作りしバリアシステム……見えない結界です。機関部……水車小屋の水車に相当します。これがあるのは城内の深い所。警備は厳重。忍び込んでの破壊は、わたしでも不可能。この結界を正面から力尽くで破らねば、城攻めなぞできません。反乱軍は、武威を世間に見せつける為、城攻めは必須。必ずこれを落とす必要があります。万が一、不首尾に終わると、敵を生かしてしまう事となり、将来の遺恨を残しかねません。また、国民や諸外国の見る目が違ってきます』
まず内部に入らなければ対処不可能。入ったとしても対処不可能。攻城兵器による攻撃は自殺行為。
これを脳筋共に解るように伝えた。
「あの城の防御結界。それは、攻撃を加えた者に攻撃がそのまま返されるのでござる」
某の経験談でござる。
「昨夜、小手調べにと、攻撃を仕掛けてみた。見事に反撃されたのでござる。上手く躱せたが、危ない所でござった」
「だったら、躱す事を考えて攻撃すれば良い。簡単ではないか!」
むさ苦しい髭男が、また机を叩く。
「あれは拙者の反射神経があったからこそ躱せたのでござる。そこ元、拙者より速く動けるのでござるかな?」
「むっ!」
反論できまい?
凹ませたのは良しとして、……難儀でござるな。
野戦で二倍の敵を打ち破るのも困難でござるが、打ち破ったら打ち破ったで敵は堅城を頼りに籠城するだろう。絵に描いたような難攻不落。城攻めが長引けば民衆の支持もなくなる。ドラグリアや魔族辺りが手を出してくるやもしれぬ。味方も敵の調略を受けるだろう。
『手はあります。たった一つだけ……』
何でござるか?
『バリアシステムを中和、もとい……破壊するには1.89×10の38乗 eV 以上のエネルギーが必要。ヴェグノ軍曹にもらった特殊非晶質製魔晶石弾。あれのフルチャージ弾を使うときが来ました。王宮とタネラの町を挟んだ反対側に変わった形の山があります。あそこからの角度が丁度いいようです』
……うむ……。危険だな。
ミウラが言うのは狙撃だろう。町一つを挟んだ、恐ろしく遠くからの狙撃。
魔石弾の全力。一割の魔力量で雪崩が吹き飛んだ。全力で撃つ、その破壊力は想像の範囲外だろう。
砲身が裂けたりしないか? 暴発すれば命はない。
なんでこんな事せにゃならん?
色々考える。某は一度死んだ身。日本の御政道を一身に背負い込んだ結果が討ち死に。
母上や弟たちを残して死んだ。その無念は今だ尾を引っ張っておる。
回りを取り込んではいけない。取り込んではいけないのだ。
命あっての物種。だから某はこの世界で逃げに徹していたのだ。
「のうエラン」
「なんだネコ耳?」
もはやこの男に見切りを付けた。……ここは死地だ。
「野戦は……拙者もでる」
オオッ!
この場の全員が声をあげた。
某、いままで明確に参戦すると明言しておらんかったからな。
「……野戦を勝ち、攻城戦に取りかかったら、……」
なぜ? 某は命を賭けようとする?
「……城壁の結界。拙者に策有り!」
エランが身を乗り出した。元々の冷たい悪党面がより冷酷な悪者顔になる。
「……拙者に任せよ」
『旦那、ミウラはどこまでも付いていきます』
ミウラよぉ!
メガロード山を越えた、あの峠より望み見たヘラス王国。
その青い海。
あれを見たからかなぁ? 見てしまったからかなぁ~?
「フッ!」
今のフッ。エランがものすごい男前で笑った。
「もちろんだとも。あの時から。グレイハルトで初めて会ったあの時から、私はネコ耳を特別な目で見ていた」
『性的な意味で』
某もフと笑ってしまった。面白い冗談だ。
ミウラにはいつも助けられる。
「明日の戦、作戦はエランに任せるでござる。諸侯らもドンと構えよ。拙者が参戦したからには、まず負けはない。ただし、拙者の投入は効果的にな! そこんところ頼むでござるよ、エラン!」
「フッ! ネコ耳は我が軍の最終兵器だからな。こっちは私に任せよ!」
エランが「フッ」って嫌らしく笑いだした。久々だ。
チッ! 本調子を取り戻しやがったか!
エランが椅子を蹴り倒して立ち上がる。
「正義の旗の下に集いし諸君! 明日、夜明けと共に進軍する! 目の前の敵を一蹴し、王宮城塞を蹴り上げる! 各々、準備を怠るな!」
「オオッ!」
全員が椅子を蹴り飛ばし、腕を突き上げ鬨の声を上げた。
「ネコ耳! お前に鎧を渡そう!」
『鎧なら、私が作った勇者の鎧がございます。暇に飽かせて作ったワンオフ製品でございます! もちろん、魔法が付加された鎧。軽くて動きが阻害されず、防御力はそんじょそこらの鎧が裸足で逃げていくほどです』
あれか? ボーラ殿の所で冬ごもりした際に披露し損ねた竜の試練とかの青いのかぁ?
趣味丸出しは嫌なんですけどぉー。イセカイの無難な鎧が良いんですけどぉー。
『未来の世界でも最先端のデザインを元にしました。ネット界の戦士達の間で一番人気の逸品です』
未来の生先端? 未来戦士が欲しがる鎧とな?
「エラン。拙者、鎧は持っておる。ネコ耳族に代々伝わる秘伝の鎧でござる」
「フッ! 頼もしいな!」
相変わらず口の端に冷淡な笑いを乗せるのがうまい。
いよいよ戦でござる!
翌日。東の空が白み始めた頃。
敵が見える。
その数四千。
真横に広がっておる。
トライデアル平原の出口に蓋をした格好。
あの蓋をこじ開け、粉砕せねば王宮城塞に手が届かぬ。
「ここに集いし正義の戦士諸君! ヘラスの開放はこの一戦に有り!」
整然と揃った二千ちょいの軍勢を前に、完全武装のエランが演説を開始した。
噂の白馬に跨がったエラン。ここ、笑う所でござるよな?
エランは白い革鎧姿。鉄を纏う部分は、肩当てと胴巻きだけ。腕は剥き出しだしで肘から先を革の小手当てで保護してるだけ。軽装でござる。
兜は鬘でござるか? 白っぽい髪が植え付けられておる。兜を被ると後ろへ流した長髪にしか見えぬ。なかなかの伊達ものでござる。
見直してはおらんぞ!
「長い道のりを共に歩んできた諸君! ここで嬉しい知らせがある! おい! ネコ耳!」
かなり砕けた間柄を想像させる呼ばれ方でござる。そこは織り込み済みでござる。いまさら他人行儀に出られたりしたら困る。
某が前に出る。急造で設えられた段位に登る。恥ずかしいでござる。
いやが上にも緊張するでござる!
某が纏う鎧はエランと対照的に重装甲でござる。
『魔法超合金ムートロンZルナチタニュウム製ハニカム構造材でございます。わたしが錬金しました!』
青い鎧は、見た目と違って異常に軽い。厚めの冬服並みの軽さでござる。
『竜の試練Ⅲで使われた勇者の鎧が元ネタです! フンス!』
兜が、……柔らかそうなネコ耳が生えているのでござる。
『そこがポイントです! 聴覚に連結しております。ネコ耳を外に出さずに耳の機能はそのままに。ついでに鎧から出てる尻尾は擬態です。本物は中に収納されておりますので、お気になさらずに』
本物の尻尾は帯のように腰に巻いておる。
ミウラを収納する場所は膨らんだ胸部分。顔を出す覗き穴が付いている。透明な装甲とやらで覆われているから、直撃を喰らう事はない。
『一部、勇者王デザイン採用です』
腰に大小二振り。背中に超長尺刀。手にはバルディッシュ。盾は使った事無いので持ってない。
完全武装イオタさんでござる!
「みなも知っていよう。私が潜伏していた頃よりの盟友にして、ハイエンシェントネコ耳族の勇者イオタだ!」
オオーッ!
歓声が上がる。盾を剣で叩いておる者が殆ど。
「イオタが付く陣営は必ず正義であった! 我等が正義は証明された! あとは悪を叩くのみ! さあイオタ! 何か言ってやれ!」
盛大に振られた。ここでエランをぼろくそ言ってやるのも面白いが、ミウラが泣くだろうから止めておく。
「勇敢と無謀を愛する我が諸兄! 拙者からの言葉は多くない!」
言葉を句切る。様子をうかがうと、みなキラキラした目で某を見つめておる。緊張が走る。定型句を選んでおいて良かった。
「ケツ持ちは拙者に任せよ! 命を惜しむな! 名を惜しめ!」
オオーッ!
前にも増して盾をバンバン叩く兵共。戦意は高い。むっちゃ高い。
二倍の戦力差を深く考えない。脳筋の弱点にして長所でござる。
「ミウラ、なんとか言ってやれ!」
『勇者がケツ持ちしてくれるんです。これ以上頼りになる後ろ盾はありませんよ! そりゃ戦意も上がるもの! 最高にハイってやつだぁアアアアアアアハハハハハハハハハーッ!』
初陣の魔力。ミウラが壊れた。おかげで逆に冷静になれた。
エランが声を張り上げる。
「出陣!」
さあ、戦でござる。