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11.ネコ耳の村でござる


 ミッケラーの幌馬車に乗せてもらい、「前のネコ耳族の村」へと向かう。


「先ほどの村は『奥のネコ耳族の村』と呼ばれております。これから向かうのは『前のネコ耳族の村』です。人族が住まいする世界に近い方を前と表し、遠い方を奥と表しております」


 よく考えれば、一つの村だけだと血が濃くなりすぎる。三つ四つ、あるいは各地に散らばった村々で嫁や婿のやりとりがあってしかるべし。


 途中、昼の食事休憩の最中、説明を受けていた。

 もう、ここら辺の住人でないことは明白となっているのだが、それを意に介さず情報を与えてくれる。何を考えておるのか、全く解せぬ。


 昼はライ麦パンと、干した肉を煮込んだ汁物。

 汁物は少々臭いが、それがまた何とも言えぬ食欲をそそる。……ネコ耳族に生まれ変わったからであろうか?

 ミウラには、固いライ麦パンを水でふやかして与えた。


「あと鐘一つ分ほどで村です。片付けが済んだらすぐに出発しましょう」

『多くの異世界では、鐘一つと一時(いつとき)が同じです』


 相変わらずミウラの知識は素晴らしい。あと少しで到着するのな。


「その前に、憚りへ行ってくる」

「お供致しましょう」

「連れションか?」

『イオタの旦那! 旦那は女の子で、ミッケラーの糞は男です!」


 忘れていた!


「お断りいたす。別の場所で一人でやっとれ!」

「では、別の場所で、少々汗をかいてきます」

「斬られたくなくば、所用だけで済ましておくニャ!」


 あ、いかん、また変な癖が出た。


「おうぅふ! 美少女のニャを頂きました!」


 抜け目ないやつ!


 そんなこんなで遅れはしたが出発とあいなった。




”前のネコ耳族の村”


 この村は、奥の村より大きい。

 村に着いたのは昼八ツ頃であった。


『午後2時頃ですね』


 ミウラは、お日様の位置を見ながら呟いておる。イセカイの時間ではゴゴニジというのか。また一つ知識が増えた。


 村の入り口付近の畑を耕している村人がこっちに気づいた。


「おや、ミッケラーさん、予定よりお早いお戻りですにゃー」


 ネコ耳の村だから村人もネコ耳だ。当然だな。

 だがしかし、語尾のにゃーが妙に勘に障る。


『語尾にニャーを付けて良いのは、美少女と精通前の美少年に限る! おっさんのニャーは死罪!』


 ミウラもご立腹の様子。

 そうか、それが違和感の正体か。確かに、中年のオヤジにネコ耳は似合わない!

 某の葛藤に気づかぬミッケラーは、真剣な顔付きで話を進める。


「大変な事態が起こりました。村長さんはご在宅ですか?」

「ニャニがあったんですかニャー? 奥の村ですかニャー?」


『語尾のニャーは、ネコ耳族特有のものでしたか』

 ……こいつら、訛りが酷いな。


 ミッケラーが、奥のネコ耳族の村の件で、主だった人を村の広場に集めた。

 ずらりと並ぶネコ耳の者ども。皆中年以上の見た目だ。顔役相当なのであろう。


 ……某と比べ、背が低いな? 耳も小さいし、尻尾も短い。耳や尻尾の毛も固たそうだし。

 ひょっとして、某と種が違うのか? 生まれた場所が違うと顔付きが違うのとおなじ理屈であろうか?


 中央の一人。狸、もとい……最も貫禄のあるネコ耳が口を開く。


「村長のトビアスと申すニャー」

「拙者、元定廻り同心伊尾田松太郎と申す」

「モトジョウマワリ……えーと……」

「イオタと呼んでくだされ」

「では、イオタさんということで。……そのお耳とお尻尾、見事な毛並みで御座いますニャー」


 また、毛並みの話が出た。ネコ耳族の美醜は毛並みで決まるのであろうか? それとも挨拶か?


「先ずは、私からお話し致しましょう」


 ミッケラーが奥の村で起こった悲劇を話し出した。

 某は、説明の補足をする役割だ。

 村の住民は全て斬り殺され、全滅したこと。


「ニャンと言うことに!」

「大変じゃニャーか!」

「奥の村に嫁いだ娘もいるのニャぞ!」


 等々、ニャーニャーと大騒ぎになった。


「お話は最後まで聞いてください! まだ続きが御座います!」


 ミッケラーが大声で村人を押さえ、話の続きを語った。

 家屋は大なり小なり全て壊されて、集落としての機能を失っていること。

 魔法による完全な奇襲であったこと、等々。


 さすが商人。ミッケラーは淀みなく的確に話しをしていく。

 ……某が付け加えたのは、見る限り、女子に対し乱暴狼藉を働いた気配は無かったこと。くらいだ。


「そ、それで襲ってきた賊は? こっちの村に来ニャいか?」


 村長として当然の質問だわな。だがその心配は無い。


「翌日だが、拙者が全て屠った。安心召されよ」


 目でミッケラーに合図を送ると、魚拓ならぬ顔拓を鞄より取り出した。


「賊の頭目は、賞金首の男バルディッシュのオーガーことオーガン。率いられた数は10名。全てイオタ様の手により討たれました」

「ニャンと! 10人の盗賊を相手に!」

「仲間の敵を討ってくだされましたかニャ! 有り難うございます!」

「イオタさんは剣の達人だったですかニャ!」 


 道場で下から数えた方が速い腕前としては、小っ恥ずかしい限りであるのだが……。

 彼らが、それを望んでいるようなので、難しい顔をして「うむ。腕には些か自信がある」と答えておいた。


「遺体は? 遺体はどうなっておりますかニャ?」


 村の長として、その辺は気になるだろう。


「ご遺体は、放っておけば獣が群がるだけであろうから、村の広場に穴を掘り埋葬しておいた。申し訳ないが、皆纏めて一緒に埋めさせていただいた」


 埋めたのはミウラであるが、そこんところを詳しく話すと面倒なので、某の仕事にさせてもらった。


「一纏めにとは乱暴じゃニャいですか?」

「ならば明日にでも人を使わし、埋め直せば良かろう」


 一人一人穴を掘って埋めていられるか!


「賊が襲ってきた時にイオタさんがいれば村は助かったのではニャいですか?」

「完璧な奇襲だったからな。それはどうであろう?」


 はぁはぁしていたから到着が遅れたとは言えないっ!


「なぜイオタさんは村が襲われた直後に現れたのですかニャ?」

「襲われると知っておれば、急いでいた。拙者、未来を予想する術など持っておらぬよ」


 前の晩にはぁはぁしてたんで出発が遅れた事は墓まで持ち込む所存!


「そもそも、イオタさんはどこから来たのですか? あの村の向こう側は険しい山。儂らのようなケモノ耳族であっても山を越えてくるのは難しいはずニャ」


 これは説明が難しいな……え? 村人が詰め寄ってきた?

 知らない間に人数が増えている?


『えーと、この人数に押し込まれては、さすがにどうしようもありませんね。もう少し近づいてきたら、派手な魔法を一発かましますね!』

「過激な真似はよせ、といいたい所だが、致し方なし」


 暴動の切っ掛けになってはいけないので、腰の刀に手は掛けられない。

 それでも村人の包囲が狭まっていく。

 ミッケラーは……姿が見えない! あの野郎! とことん信用のおけぬ奴!

 ミウラが魔法の準備を進めていく。

 一触即発の間合いに入る! と身構えた時であった!


沈黙傾注(チユール)!」


 村人達の動きが止まり一斉に声の方を向く。


「者ども! 何をしておるニャ!」


 嗄れているが大きな声だ。腹から声を出すとはまさにこの事。何者?


「おババ様!」


 村長が驚いている。

 あんなに詰め寄っていた村人達から殺気が抜けたうえ、道が開かれた。

 道の先には年老いたネコ耳の似合わない老婆が……。


 灰色の髪。背は曲がり杖を突いている。眉が太くて長い。目が隠れるほどだ。頭頂のネコ耳も萎れ、尻尾もカギカギになっていた。まるで化け猫、もとい……ネコの仙人だ。


「このお方は、この村の最長老、アゴト様です」


 おう! いつの間にか側にミッケラーが!


「あなたが奥の村の敵を討ってくれた、イオタ様でござりますかニャー?」


 嗄れた声のアゴト様。「敵を討ってくれた」と喋る時、詰め寄っていた村人達をぐるりと睨め付けていた。それだけで、村人達は、萎れて俯いた。某を責めるのは筋違いであるとアゴト様の目が語っている。

 どうやら、話の分かる御仁が現れてくれた模様。


「拙者、イオタと申す者。以後よしなに」

「儂はババアのアゴト。此度は我等が同胞のため、骨を折って頂いたこと、心の底より感謝致しまするニャにゃ」


 アゴト様は深くお辞儀をした。

 村人一同、アゴト様に習い頭を下げた。

 どうにか話が出来るまで落ち着けたようだ。 


「さて、イオタ様は、どちらよりおいでにニャった?」


 ずばり聞いてきた。もっとも、その方が余計な駆け引きを省けていい。


「秋津島という地から参った」


 ミッケラーの目が細まった。こやつ顔は笑っているし、横向いてるんだけど、某に注意を向けっぱなしの様子だ。


「アキツシマ? ですかニャー? それは何処に?」

「この世界ではないどこかである。神がこの身を作り、ここへ遣わした。気がついた時は、河原で転がっておった。奥の村より半日ばかりの場所だった」


 こう言うときのために、ミウラと打ち合わせしておいた内容その一だ。


「やはり!」


 お婆の目が眉毛の下で輝いた。器用なことをするお婆だ。……本物の猫又じゃなかろうな?


「冥土の土産に、老い先短いお(ババ)にお手を握らせて頂けミャーすか?」


 そう言われれば断れない。手を握る。なにか心に逸物有りのようだが。


「凛と立つ耳。太くて長い尻尾。そして輝く毛並み。そしてこの見事な肉球!」

 眉に覆われた細い目をめいっぱい開く老婆であった。


「なるほどニャー……イオタ様、あなたはエンシェント・ネコ耳族のお方でごじゃりミャーすか?」


 老婆の一言で、村人の間にざわめきが走る。

 えん? えんしぇ?


『エンシェントです。エンシェント・ネコ耳族』


 ミウラは、縁支援徒(えんしぇんと)、なるイセカイの言葉を知っておったか!?


『直訳しますと「(いにしえ)の血を引くネコ耳族」となります。普通、通常のネコ耳族より上位のネコ耳族を指す言葉です。

 例えるなら、市井の人々が京の貴族を敬うような?

 ”尊き血筋のネコ耳族”、とでも訳せば良いのでしょうか?』


 うーん、伊尾田家は鉄砲足軽の出。代々由緒正しき木っ端役人の家系であるからして、京の尊き血など混じる隙は無かったはず。

 ……母の出里が、松平家に繋がるお堅い家であった。おかげで厳しく武士道を仕込まれてしまったが。辛かったなぁ、あの頃。


『旦那の体はイザナミ様が作ったのですから、エンシェント・ネコ耳族であったとしても何ら不思議はありません。むしろハイ・エンシェント・ネコ耳族と名乗るのが適切かと』


 拝縁支援徒ネコ耳族か。元定町廻り同心拝縁支援徒ネコ耳族伊尾田松太郎。名前が長くなったけど、憶えてくれる人はいるだろうか?


「縁支援徒ネコ耳族がどのような者であるかは知らぬが、拙者はこの世界の住人では御座らぬ。違う世界の住人で御座った。それを縁支援徒ネコ耳族と申すのか、さて?」


 我ながら逃げを打った台詞である。武士らしくないが、この場は致し方あるまい。

 しかし、動揺が走ったのはこの村の住民達にである。


「エンシェント・ネコ耳族様、ニャっ!?」

「神に作られた1代目ニャっ!」

「だったらハイ・エンシェント・ネコ耳族様だニャ!」


 ネコ耳の村人達が、一歩も二歩も退いた。


『ほらね、ハイ・エンシェントでしょ?』

 すげーどうだ顔のミウラ。ネコのくせに表情が豊かなのな!


 ん? あれ?


「おいミウラ。だとしたら何の為に神は拝縁支援徒(ハイエンシェント)ネコ耳族を作ったのだ?」

『神々の癒やし要員です』


 ……後でじっくりと話を聞こう。

 

「どうりでお強いニャ!」

「凛々しきお姿ニャっ!」

「ちょっと小汗をかいてきますニャ!」


 ひとり不審者がいたが、皆目をキラキラさせている。某への印象が変わった?


「えーと、纏めて埋葬した件でござるが……」

「ハイ・エンシェント・ネコ耳族のお方様に埋葬して頂いて、文句の付けようなどありませんニャ!」

「奥の村の者どもは、果報者ですニャ!」


 拝縁支援徒、ハイ・エンシェント・ネコ耳族とは……。なんか脇から汗が出てくるのな。


「おい! リリアン!」


 村長が後ろに向かって叫ぶ。


「イオタ様のお部屋を用意するニャ! 役人を泊める一等部屋だニャ! 早くするニャ!」

「はい! ただいまニャっ!」


 村長の娘か、息子の嫁らしき若い女人が、スカートの裾を持ち上げて走っていった。


「村の衆! 恩人であるイオタ様の歓迎会をこれより行うニャ! 各人、急いで用意しろ!」


 某、様付けに格上げされてしまった模様でござる。



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