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13.産業育成 でござる

 さて、気分転換に町へ出よう。まだ明るいし。軍議も済んだ事だし。昼飯時も過ぎようとしているし。


『あれ? わたしの認識では混乱に輪がかかったので、抜け出してきた。ですけどね?』

「ミウラよ、三人衆の壁が壊れ、状況が変わったのだ。方針がまとまるまで、某らが口を出してはいけない」


『だから町へ出て、ヘラスの名物をいただこうって事ですね?』


「人聞きの悪い事を言うな! これから戦いが激しくなる。今のうちに英気を養っておくのだ。おっと、その前に市場へ寄ろう。新鮮な魚を手に入れたい」


 人に道を尋ねながら市場へ向かう。何故か某を指さしてざわつく者が少なくない。

 やれやれ、世間は騒がしいな。


 市場へは簡単に到着した。

 魚を物色。すぐ手頃なのを見つけた。売れ残りの安物。


「店主、こいつ白身魚でござるな? 一匹所望致す」

「へっ! へい! まいどあり! 勇者御用達の看板上げていいっすか?」

「明確に拒絶するでござる」


 やたらペコペコする店主でござった。


「ミウラ!」

『へい! 新鮮なまま保存ですね。冷凍系魔法「絶対的零度(チルド)」!』

 収納へ放り込んでおく。

 

「あとはどこにするのか、であるが……、この飯屋にしよう」

『ここは青い海とカモメ亭、ですね。こないだ暴れた所ですが?』


 根城から存外に近かったのと、ここしか知らぬのだから仕方ないだろ!


「御免!」 

「いらっしゃいませ!」


 対応に出てきてくれたのは少年。この店の子供だ。


「はっ! ネコ耳の勇者イオタさん! どうしてここへ!?」

 なにゆえビックリしておるか?


「飯屋に飯を食いに来て何が悪い? パリジャを所望する。ほら、米と魚介を煮込んだ美味しい奴!」


「え? あれって安い米に余り物の魚なんかをブチ込んで煮た貧乏人料理ですよ」

「それを一人前頼む」


 前来たときと同じ席に腰を下ろす。昼前なので客は少ない。


「パリジャ一人前! 有り難う……って、イオタさん! 昼間っから町ぶらついて大丈夫なんですか?」


「拙者、お天道様に顔向けできない事はしておらぬ。大丈夫でござるよ」

「お天道様ですか……はあ?」


 少年が天井を見上げた。天井を通過してお天道様を見ているのだろう。


「法とは、礼を知らぬ者に礼を知らしめる為の道具でござる。礼を知っていれば法など要らぬ。どれ、パリジャができるまで、水で薄めていないビールでもいただこう」


 ビールを飲んでいる内にパリジャが出てきた。

 鍋ごと持ってきた。 


「お米でござる! お米でござる!」

『お粥っぽいのかと思ってましたが、炊き込みご飯ですね』


 中身は、烏賊やら魚の頭やらハマグリっぽい貝だのと一緒に炊き込んだご飯。

 うっすらと黄色い。

 ミウラの分を小皿によそう。


「頂きます」

 両手を合わせて頭を下げる。


 ご飯の部分を一口。

「旨い!」


 米でござる米でござる米でござる!


『ちょっとばかり芯が残ってますが、米です! うまうま!』

「うまうま!」


 涙が出てきた。それはもうポロポロと――。


『旦那! 泣いちゃだめ……泣いちゃぁぁあああー!』

 この幸せを! 分け合う友が居る! それだけで喜びは二倍、いや三倍になる!


 ミウラと共に旅をしてきて良かった!


「泣きながらパリジャを食った人は初めてだ!」


 うっ! 気がつくと客が某らを見て目を丸くしておる。


 ま、まあよい! 金出して出てきた料理である。これは某とミウラの物。誰にも分けて等やらぬ!


『堪能致しました。長粒種ですが、江戸時代の米の味と大差ないでしょう。調理方法も要改良ですが、米の品種に合った調理法でした』


 これから毎日でも美味しいパリジャが食える。幸せでござる。幸せは食から来るのでござる。


「イオタさん、パリジャはお口に合いましたか?」

 大将がテーブルの横に立っていた。なにやら微妙な笑顔を浮かべておいでだ。


「どうもヘラスは貧乏になってしまったようです」

 何が言いたいのでござろうか?


「俺は不器用なんで、飯屋しかやっていかれません。貧乏料理を出して食いつないでいるようなもんです。イオタ様は、貧乏料理のパリジャを旨いと言って涙を流された」


 安かろうが高かろうが、旨い物は旨い。百倍の金を払えば、百倍旨いのか?


「最期にいい人に飯を食ってもらった。そろそろこの店も畳んで――」

「大将。飯屋は続けなければならぬ。ヘラスの火を消さぬ為にも、飯屋を続けなければならぬでござる。それがヘラスに生きる者の意地でござる! 悪政に対抗する生き様でござる!」


 人は飯の為だけに生きるのではない、と昔の人は言った。果たしてそうだろうか?


「毎日健康で美味しく頂ける。けして高級料理で腹を膨らませるのが幸せではない。……ただし、人の財布でなら別!

 安くても美味しく食べられる。悩みは少ない方が良い。さほどの大病も患っておらぬ。それが幸せでござる。タネラはそういう国になるべきでござる。

 そのために拙者、頑張るでござるよ。元の豊かな国に戻すでござるよ。子供の前でその顔はいかん」


「でもイオタさん! ヘラスは何もかもが無くなってしまった。俺たちは先を考えるのが苦手なんだ。揃いも揃ってバカだから、今日の事しか考えられねぇんだ」


「それがヘラス国民の長所でござる! お気楽な者にかなう悲観論者はおらぬ! みな自信を持つが良い!」


「先を考えないのが長所?」

「お気楽?」

 ザワザワ感が広がっていく。


「さて、調理場を借りるぞ。珍しい料理を作って進ぜよう。拙者の古里の料理でござる」

「それは願ってもない事! 汚い所ですが、使ってください!」


 親爺さん、料理屋の台所が汚いと言ってはいかんだろう?

 でもって、取りだしたのは先ほど魚市場で買った白身魚。


「これ鮫っすよね? 小さいけど」

「でござるな。スゲー安かったでござる」

『新鮮だからアンモニアは流出しておりません。で、何を作るんですか?』


 魚河岸の安兵衛さんに教えてもらった。さほど難しくはない。

 綺麗に三枚に下ろし『器用スキル発動ですね』、骨や臓物や血合いなんかを全て取り去る。

 ぷりぷりの白身でござる。

 それを丁寧に微塵切りにしてから、水で何回か洗う。油だの血の気だのを完全に洗い流す。


 次に、洗った身を布にくるんで軽く絞り、水気をとる。

 そしてもっと微塵切りにしてからすり潰す。

 塩を入れて丹念にすり潰していくと、すぐに粘りが出てくる。香り付けに酒を少々混ぜておく。

 パン生地っぽくなったら、一番手のかかる作業は終了。卵が欲しい所だが、ない物はしょうがない。今回は使わない。


 で、取り出したる掌大の板きれ。


『水飴の時に製材所から頂いた物ですな。何を作るのか解りました』


 板きれにナイフを使って乗せていく。山盛りにして綺麗な形に整える。

 一時ほど寝かせたいのだが、先を急ぐ。

 後は蒸すだけだが、蒸し器がない。


『簡易蒸し器を使いましょう。深い鍋に浅く水を敷いて、大きめの器にブツ入れて――』


 ミウラの言う通りに事を進めて蒸し上げる。

 頃合いを見計らって、取り出すと、うまく出来ていた。


「蒲鉾でござる!」

「ほぉー!」

 大将が感心しておる。


 ナイフで板からこそぎ落とし、みなで試食する。

 卵がないので硬いし、空気の小さい粒が残っていたが、プリプリ感はバッチリでござる。


「これは美味しい! しかも変わった食感だ! こんなの初めてっすよ!」

 喜んで頂いて幸いでござる。


「これ、俺の店で出していいっすか!?」

「顔が近いでござる!」


 店主の熱意は感じたでござる! だから離れてくれ!


「白身魚なら何でも使えるのでござる。正しい作り方と、コツを伝授致そう。この店の名物に育ってくれると嬉しいでござる」


「よろしいので!? お任せください!」

「ヘラスの新しい名物になれば良いでござるな。食の文化が豊かになると、国も豊かになるのでござるよ!」


 旨い飯に人は群がる。


「イオタ様、まさかタネラに新しい産業を起こそうと?」

「飯ネタなら幾つか持っておる」

『クッタパットで研究を重ねておりました。ご期待ください!』


「調理器具や農機具の改良も期待するでござるよ」

 こそっと収納から取りだしたのはフライパン。


「見かけない鍋っすね?」

「煮る炒める焼くが一つでできる優れものでござるよ。鍛冶屋も仕事が増えるでござろうし、新しい調理法も確立できよう。未来をそう悲観するな。また食べに来る」


 フライパンを大将に渡し、店を出た。

 出会い頭にいつぞやのチョビ髭役人とばったり出会う。兵隊を五人連れている。


「あ! 貴様お尋ね者の――」


 抜き打ちで斬ってやった。ズボンのベルトと帽子の鍔を!

 そして新兵器を背に回した帯より抜き出す!

『長十手でございます!』


 部分的に加速! 呆気にとられてる兵士の間を抜ける。


「成敗!」


 ドタドタと倒れる兵士達。一周回ってチョビ髭の頭を十手で叩く。

 ぐんにゃりと膝から崩れ落ちおった。


 荒事を前に、見物人が目を回しておる。


「拙者が逃げた方向は、正確に伝えるのでござるよ」


 お日様が沈むにはまだ少し間がある。

 さて、目的地へ向かうとしよう。



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