9.売った でござる
「また恩にきるぞネコ耳!」
「裏切ったかイオタ!」
エランが感謝し、マンモルテル伯爵が怒る。だが、それどころではない!
「エラン、逃げるでござる! この屋敷は騎士団に包囲されているのでござるよ!」
「ネコ耳! ドアには鍵が!」
『光速鋼拳!』
ドアがぶっ飛んだ!
「ドアがどうしたでござる?」
「……何でもない!」
長い廊下をバタバタと走る。仲間の二人はちゃっかり剣を持っていた。刺客から奪ったのだろう。こやつらもできる!
庭へ飛び出た。この屋敷は騎士に取り囲まれている。
と言っても、肩を組んでズラっと並んでるワケではない。
警備の隙間は大きい。
「こちらでござる!」
そこを突いて広い庭を一直線に駆ける!
「表門も裏門も固められているはずだ!」
エランの心配もごもっとも。
「そこが手薄でござる!」
「そこって……塀だろ?」
「こうするのでござる! バルディッシュ!」
『魔力付与、重振動波!』
取り出したるバルディッシュを塀に向けて振り下ろす。塀を構成する石が粉々になって吹き飛んだ!
『ソリトンウエーブでございます!』
全くもって意味が通じぬが、破壊できればそれで良し!
「ここから逃げるでござる! ここなら誰もいないのでござる!」
『門じゃない所ですからね!』
「もうイオタ一人で良いんじゃないか?」
エランが呆れていた。
お情けで助けてやったというのに、……解せぬ。
抜き身の刀を持った集団が、大通りを駆け抜けていく! 見た目が大変アブナイ。
「あれ! ネコ耳族の美少女?」
「でかい槍を抱えてる?」
「ネコ耳の勇者イオタだ!」
騒ぎにならぬはずがない。野次馬が鈴なりに首を突き出しておるわ!
某、バルディッシュを担いでおるしな。目立つしな。チクショウ!
『旦那、細かい事を気にしてる場合じゃありませんよ! 来ましたぜ!』
肩越しに振り返ると、大勢の騎馬武者が追いかけて来ていた!
四人相手に十騎! 大人げない!
公衆の面前だが、致し方あるまい!
バルディッシュを振りかざす!
「一撃殲滅、ゴッド・バルディーッシュ!」
バルディッシュを石畳に叩きつける。
『拡大版大地震動!』
ボボボボボ!
石畳が波打ち、騎馬の足下を通り過ぎていく。
重い鎧を着た騎士の皆さんがひっくり返った。馬ごとひっくり返った。
「今のうちに走れ! しばらく起き上がれぬ!」
後ろから来たのはたった十騎。数が少ない。残りは回り込んだか!
「お兄様! こちらです!」
むっ! この百戦錬磨のスケベ親爺すら手玉にとる妖鈴を転がしたような声は!
銀髪ぱっつんぱっつんの美女! 時々夢に出てきて、いやらしい事してくれる憧れの女性!
『愛人さん!』
「デイトナ殿!」
うわっ! 一年経って色気がマシマシ。目を開けられぬ桃色空間!
「イオタさん!」
加速を使って接近。大きく息を吸う。良き匂いを肺腑の隅々にまで行き渡らせるためだ。
生き返ったでござる!『まだ死んでませんが?』
力の補給でござ……、なんだ? 町中の人が……ここ、町の大通り? しかも大きな四つ辻。
人がいっぱいでござる! ネコ耳頭巾が上演されていた劇場を思い出してウワーってなったでござる!
『旦那! 危ない!』
ぼーっとしておった。回り込んできた騎馬達が、大剣を振りかざして迫ってきておった! もう目の前! 間合いが!
バルディッシュを捨てて抜刀!
大上段よりひねりを利かせて振り下ろされる大剣。
加速!
髪の毛一本の見切り。逆袈裟に顎を刀で殴りつける!
次! 加速! 同じく顎をガン!
馬から叩き落とす!
それを人数分繰り返した!
全員を馬から叩き落とし、クルクルと刀を回してゆっくり納刀。
素早くパチリ!
落としていた膝腰を伸ばしつつ柄より手を放す。
十四才の頃、悪友共と修練しておった格好いい納刀の仕方、三番でござる!
「おおーっ! スゲー! 本物のイオタだ!」
「アレが魔王を打ち破ったネコ流剣術か!?」
「そうだ! 通り魔竜レッドマンをも斬ったネコ流剣術奥義、変移抜刀多次元霞斬り!」
そんな流儀も必殺技も聞いた事無いでござる!
「ネコ耳の勇者イオタ! このエランに仕えてくれぬか!」
エランっ! どさくさに紛れてなに言ってるかー!
『ああ! 旦那が仕えるのは天下一の名君だ! って説ですね。あのイオタ様が仕えたお方だ。絶対立派で絶対正しいはず! だったら現政権が悪だ! 俺たちもエラン様と共に立ち上がろうではないか! テンプレートなストーリー!』
エランを天下一の名君に? 某が押し上げる? 却下だ、却下!
『ネームバリューを思いっきり利用しようとしている。さすが先生! そこにシビレル、憧れる!』
逆に、いっそのこと、エランの首を取って城へお届け致そうか?
「すげー。劇を見ているみたい」
「これって、英雄譚だよね?」
ヘラスの町人が目を輝かせて某を見ているでござる!
期待した目で某を見ないで欲しいでござる!
「イオタ! 昔、共に戦った者同士のよしみだ。私と共にいてくれ!」
「お断りでござる!」
きっぱりと断ってやった。
「侯爵として扱おう! 領地は思いのままだ! 私より大きくてもいい!」
まだ諦めぬか!
「それが勘違いというのだ、エラン殿!」
勢いで押そうとしてもそうはいかぬ!
「拙者、金や地位や名誉の為に主を持とうとは思わぬ! 見損なうな!」
『そうですね。のんびり暮らす為にヘラスへやって来たんですから。今更、地位だの名誉だの迷惑なだけですよね』
町人共がはやし立てる。
「さすがネコ耳の勇者! 侯爵の身分や領地なんかに見向きもしない!」
「一本ぶっとい芯が通ってるぜ!」
「ありゃ絶対主を持たないな! 頭を下げるくらいなら死んだ方がマシってか!?」
「意地だ! これが意地を通すって事なんだ!」
そう言う事でござる!
よって某は自由――、
「イオタさん!」
ぐうぅぅ! この髪の毛を全部引っ張られているような引きの圧は!
デイトナ殿ッ!
「どうか、兄を助けてださい! 兄が助かるなら、わたしはどうなってもいい!」
わ・た・し・は・ど・う・な・っ・て・も・い・い!
ゴォッ!
今、風が吹いた。心の中に!
「デイトナ殿!」
体が勝手に屈した。これぞ日の丸土下座でござる!
「ネコ耳の勇者イオタ、貴女にお仕え致す!」
口から誓いの言葉が勝手に出て行ってしもうた。大失敗だが悔いはない!
「おお! 誰にも仕えない事で有名なネコ耳の勇者が!」
「なるほど! 同じ女性である妹に仕えるんだったら、あり得る話!」
「ほんとはエラン王子に仕えたかったんだ。でも意地を通さなきゃ勇者じゃない!」
「意地を通した! これが意地を通すということか!」
ネコ耳の勇者イオタ。妹姫を通し、エラン王子に仕える!
『全世界に衝撃が走ったのであった!』