8.剣劇 でござる
「エランを見つけた。これから引き合わよう。そこで斬らせてやろう」
マンモルテル伯爵が人の良い笑顔を捨て、蛇のような笑顔の仮面を被った。
『イオタの旦那!』
心得ておる。
心眼!
種族:人間
性別:男
武力:五
職業:貴族・策略家
水準:甲・加算一
性癖:人妻専
運 :六
性癖はいつもの事として『玄人ですね!』、策略家が暗示する事柄とは?
それはミウラに任せる。いまは即答が大事。
「願っても無い事!」
某も目一杯悪の顔をする。役は干物を狙う黒ネコでござる。
「イオタ殿から恐ろしい気迫を感じた」
『心眼の事ですね。アレ向けられると背筋がゾクッてくるんです』
え? そうなの?!
「イオタ殿、エランとやらの間に、何があった?」
「無用に願いたい。妹御のデイトナ殿をきゃつの手元に置いておけぬ。ただその一心でござる」
にやりと笑っておく。デイトナ殿のポムンを想像しつつ。
『適当にそれっぽい事を言いましたね? あと好色っぽい笑顔は引っ込めて』
「ほほう。デイトナを知っておるか?」
好色そうな……デイトナ殿が出てくると世の男はすべからくこういう顔をする。
『旦那もです』
「お互い、不問不答で如何でござるかな?」
これ以上探りを入れられると、ボロが出る。なにせ某、エランと違って全くの正直者でござるからな!
「なら結構。この後すぐだが、かまわんかね?」
え? 今すぐなの?
『対策が取れませんね』
出たとこ勝負と行こう。
「ふふふ、ありがたい」
「では行こう」
エラン、貴様何をした!?
ってか、いつの間にヘラス王国へ来た? 某の尻を追いかけてきたのか?
まさかと思うが、某に懸想して……気持ち悪ッ!
『だいたい想像が付きますが、面白いので黙っておきましょう』
別の部屋へと案内された。展開が早いでござる。早すぎるでござる!
中には剣士崩れゴロツキが十人ばかり。五日ほど前から密かに潜伏させていたのだと。エランにバレぬようにだ。
あえて某の正体をばらすと、みんな一歩も二歩も下がりおった。言葉遣いも丁寧なものに変わった。よしよし、これでこやつらの金玉を握ったも同然。
こいつら腕が立つ。武力は八から十まで。冒険者とか盗賊騎士なんかを経験しておった様子。心眼を使ったからゾクッときておるだろう。
『練り込まれていますね』
伯爵の作戦はこう。
伝手を使ってエランに繋ぎをつけた。どうやらルカス殿が関わっているらしい。
これで出てこなければ、言いがかりを付けてしょっ引くのだろうな!
エランは某と違って日頃の行いが悪いから。幾らでも理由を見つけられる。
さて、伯爵とエランが面と向かって話し合う。お互い丸腰で。
なんでもエランは伯爵を信じなければならない立場らしい。
頃合いを見計らって、刺客が襲撃。押し殺す。
万が一、某らが失敗した場合、後発で用意した騎士団が突っ込む事になっている。
今頃、さらにもう一個騎士団が屋敷を包囲している最中だ。
用意周到、騎士団を二個動かしての大捕り物。
何度も聞くが、何をしでかしたのだエラン!
それなりの格式張った応接間。入り口は二つ。主人用と来客用。今は誰も居ない。
隠し窓から中が見える仕組みになっている。多少、声も聞こえる仕掛けとなっている。
某と狼藉者は、揃って隠し部屋に控えておる。貴族の屋敷はたまにこういう仕掛けが施されているらしい。使用目的は暗殺から主人を守る為。今回は逆目的で使用する予定だが。
すぐに動きがあった。
執事が二人入ってきた。
お互い受け持ちのドアを開け、それぞれの相手と二言三言。互いに合図を送って、入室となった。
館の主人側からマンモルテル伯爵と執事の格好をした騎士二名。武器は持ってない。
来客側から……エランだ! 相変わらずの悪人顔。
『ほんとに先生だ』
エランは、二人の男を引き連れて現れた。こ奴らも武器を手にしていない。
で、その一人に見覚えがある。ビラーベック商会裏庭で話していた男だ。
テーブルを挟み、椅子に座ったのは伯爵とエラン。残りの者達は、互いの主の後ろで立ったまま控えている。
先ずは話し合いが始まった。
ネコ耳を嘗めては困る。取引だとか条件だとか、話の概要が聞こえてくる。
どうも、エランはマンモルテル伯爵と仲良くしたいらしい。
幾分話が進むと、エラン達に熱が入ってきた。注意が伯爵だけに向く。
それらしく自然な仕草で、伯爵より合図が入る。
出番でござる!
剣客十人がドッと部屋へ押し入る。某は最後尾。というか、隠れておる。
エランも素人ではない。連れてきた二人が壁となってる間に、ドアに取り付く。外から鍵を掛けられたドアに。
「騙したな! マンモルテル!」
エランめ! みすみす囲まれおって! こやつ焦っておるのか?
おっと、刺客が襲いかかろうとしている!
「まてぃ!」
満を持して、某登場!
「エランを斬るのは拙者という約束でござろう? お前ら邪魔だ。どいてろ」
「ネコ耳! どうして!?」
ふふふ、そんな顔をするなよ、エラン。
「貴殿と拙者は斬り合う運命。これを使え!」
腰から大きい方を抜き取り、エランへ放り投げた。
「イオタ殿、何をする!」
伯爵が檄怒した。
「丸腰で斬ったら卑怯と誹られる。それは我慢ならぬ! これが武士の矜持でござる故、諦められよ」
勢いで押し通す!
「貴様らも手を出したら斬る! 斬られたくなかったら下がれ!」
刺客達を遠ざける。
「さあ、エラン殿! 勝負でござる。あの時は鎖帷子に助けられたが、今度は上手くいかぬぞ! いざ尋常に勝負!」
某の構えは、左手を大きく前にして、右手を体に這わす。極端な左斜めの構え。
逃げるなよ、逃げるなよエラン。
エランは刀を鞘から抜いた。
お互いに構え、左右に目を配り隙をうかがう。
高まる緊張感。この部屋で動く者はいない。
誰かが唾を飲んだ音がした。
機が熟した!
「でぇぇーい!」
「ふっ!」
某が斬りかかったのは左の刺客。
エランが斬りかかったのは右の刺客。
虚を付けたので簡単に斬れた。
「逃げるぞ! エラン!」
そう! 先の構えはバルテオ商会夜襲での一幕と全く同じ。
よくぞ気づいたエラン!