7.会見 でござる
平和な国で戦が始まる。
避難しようか? 困った。
困ったと言えばルカス殿も困った顔をしている。
さては夕べの一件かと身構えたが、どうやらそうではないらしい。
どうしても、某に会って挨拶してもらいたい御仁がいるとのこと。
「この国の実力者マンモルテル伯爵でございます。我が商店を贔屓にしていただいております」
ルカス殿と取引関係にある有力貴族らしい。ルカス殿の顔もある。二つ返事で引き受けたものの……。
「挨拶だけでござるな? 拙者、刀を捨て一般人として市井に紛れ生きていく所存。そのためだけに遠路はるばるやってきたのでござるからな」
念を押しておく。
「勧誘はありましょうが、そこはご自由に。私はイオタ様のお味方でございますよ」
『イオタ=ヤマハ説は崩れて久しい』
落ち着いたら、改めてヤマハで通そう。
ルカス殿と馬車に乗り込みマンモルテル伯爵の屋敷へと向かう。
筒袖と袴。腰は二本差しの正装でござる。……見栄でござる。
山側の貴族街。とある一角にお屋敷はあった。
立派な応接間に通され、暫し待っていると、屋敷の主がやってきた。
「初めまして。ナイショの伊尾田松太郎でござる」
「……? マンモルテル伯エドヴァルドだ。腰のものはそのままに。楽にしてくれ」
年の頃は四十過ぎ。長身で引き締まった体と顔。鼻の下に立派な髭を蓄えておられる。まさに貴族画から飛び出してきた姿その物。
「話はそこのルカスから聞いた。まさかネコ耳の勇者イオタ殿が、我がヘラス王国へ足を運んでくれるとは! 光栄に思うぞ!」
話口調はぞんざいだが、冷たくはない。むしろ親しみを感じる。貴族なのだから、偉そうな口調は仕方ない。悪い印象は持たなかった。
『うーん、知将か参謀タイプですね。そこはかとなく諸葛孔明の匂いがします』
言われてみればそうだ。これは気を引き締めぬと巻き取られてしまうぞ。
「イオタ殿のことは詳しく知っておる。ゲルム帝国であれほど活躍したのに召し抱える話は無かったとか?」
「そもそも、貴族の方々とは接触せなんだからでござろう」
「ジベンシル王国では高位の貴族と共に働いたと聞く! そこでも召し抱えの話は出なかったのか?」
川オークとベルリネッタ姫のことだな。
「話は出たでござる。されど、お断り申し上げた」
「レップビリカではマセラティ伯に領土の半分をやると持ちかけられたと聞くが? 長逗留したのは、その返事を考えあぐねてのことか?」
「あくまで冬を越すだけの宿借りでござる。だいいち、領土を半分も削れば経済的に立ちゆかぬ。あれは一時の迷い言でござるよ」
ずいぶん調べているなー。
『マンモルテル伯爵は、調べる力がある。ひいては調査組織を持っている。要注意人物です』
一目置かねばならぬ相手という事か。
「でも、陽気なヘラス王国だからね」
『ですね、陽気なヘラス王国ですからね』
まいっか!
「話というのは他でもない」
やはりそっちへ話が振られるか。
「イオタ殿。この国は良いぞ。ヘラス王家に仕える気は無いか? 爵位は望みのままだぞ?」
ほら来た。
「お申し出、大変感謝致す。でござるが、拙者、誰にも仕える気はないのでござる。縛られるのが嫌になって旅に出たのでござる故」
軽く首を左右に振る。
「では私に仕えぬか? 縛りは殆ど無いぞ。自由出勤制で年休もたくさんある。どうだ?」
『グイグイ来ますね。旦那を召し抱えることができれば、それだけで名君になれますからね』
「申し訳ござらぬ! 拙者の主は拙者のみ」
椅子を外し、床に正座。
「この通りでござる」
土下座した。
『お付き合い致します』
ミウラもならんで土下座してくれた。
「あ、いやイオタ殿! そこまでせずとも! 顔を上げて! 椅子に座って!」
誠、恐れ入る。
「むう、あらゆる誘いを断ったイオタ殿を召し抱えた者は、世界一の良君である。そのような仁の王はこの世におらぬ、という事か。諦めるしかないか……」
大変残念そうな顔。肩も落とされている。可哀想になってきた。
『お芝居でございますよ。貴族なんて海千山千。魔物です』
え? ほんと?
「諦める代わりに、せめて、友として付き合いたい。どうだ?」
「光栄でござる!」
『いい伝手ですが、取りこまれぬようご注意を』
心得たでござる!
しばしの間、某は旅行記を話し、伯爵においては、ヘラス王国の歴史を話していただいた。
やはり抵抗活動家は反乱軍に成長し、謀反を企てる貴族を取り込み、軍事行動に出ているらしい。ヘラス王宮側も、急遽、兵を招集しているらしい。
「だいたい、旗印の王子というのが怪しい。国を飛び出したのは何十年も前。それ以後行方不明。本物かどうか怪しい輩だ」
国を飛び出しただと? 放蕩息子でござるか? お坊ちゃまが有力者の庇護無く生きていけるほどこの世は甘くない。
「うむうむ、拙者の国でも天一坊事件というのがござった。大方、偽物が食い詰めた浪人者に祭り上げられたのでござろう。けしからん!」
「訳の分からん言いがかりを付けての乱暴狼藉。ヘラスの国民は人が良いのだ。おかげですぐに騙される。嘆かわしい世になった」
「たしかに。嘆かわしい事でござる」
この国の人が良いのは認めよう。にしてもお家騒動はどこでも問題だな。
「ところで――」
む? 伯爵の顔付きが変わった?
「イオタ殿はエランなる者を仇と狙っていると?」
『旦那ッ!』
「いかにも! あ奴を斬るのは拙者でござる!」
伯爵! 何を考えておるのか?!
「あっ!」
伯爵が目を剥き後ろを指さす。
「後ろにエランが!」
後ろは窓! あやつなら挨拶代わりに斬りかかってくる!
加速を使って抜刀しつつ振り返る! 後方、伯爵を庇える場所、テーブルの上へ飛んだ。
――誰も居ない。
「恐ろしいまでの腕ですな、イオタ殿。私を守ろうとするその位置取り。さすがだ! それよりもその殺気。本物だな。あと見事な尻尾」
嘘か? 試したか? 尻尾は余計でござる。
「拙者、この手の冗談は苦手でござる故、これきりにして頂きたい」
テーブルに立ったまま、刀を納刀。不満顔を隠すつもりも、膨らんだ尻尾を落ち着かせる気も毛頭無い。
伯爵はニヤリと笑ってこう言った。
「エランを見つけたんだ。斬るかね?」