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6.夜のヘラス でござる

 向かったのは、昼間に目を付けておいた飯屋。一杯飲める所。

 洒落た看板が下がっておる。「青い海とカモメ亭」でござるか?

 

「いらっしゃい!」

 戸をくぐると、店の少年が案内してくれた。まだ子供なのに立派でござる。


 頼んだのはビールとつまみ。

 出てくるまでに客を観察する。

 陽気なんだが静かだ。笑い声をあげながら飲んでいるが何処か暗い表情。


「おまちどうさま」

 ビールが来た! まずは一口。

 

 うーん、冷えてないので麦の香りが……あまりしない。

 安物特有の香りと後味。水で薄めてるのだろうか? あるいはこれがヘラスの味か?

 訝しんでいると少年に声を掛けられた。


「お客さん、ドラゴンが退治されたんで、デスパルト越えてきた人?」

「そんな所だ」


「あれ? 女の人?」

『声を低くしてもバレバレですね』


 それには応えず、つまみを口に放り込む。煮豆だ。


「でも残念だったね。ここ、もうすぐ閉店します。早く飲み終わった方がいいよ」

「廃業するのか?」


「とんでもない! 営業時間が終わるだけです。外の人だから知らないんだろうけど、日が暮れた後の営業は禁止されてるんですよ、ここヘラスは!」


 え? なんだそれ?


「日が暮れてから楽しくなるのではないか! お上は何を考えている?」

 ちょいとばかり声を張り上げてしまったか? 客が雑談を止めて某の方を見る。


「女だけど人生の楽しみ方を解ってるじゃないか」

「でもここじゃ宝の持ち腐れだなー」

「もうすぐ明かりが落ちるから、それ早く飲んじまいな!」


 客達の言葉は乱暴だが、中身は優しい物で詰まってる。

 やはり、ヘラス王国の住民は優しい人ばかりなのだ。


「おいお前ら! 何をしとる! とっくに夜だぞ!」

 荒々しくドアを開け、五人ばかり男が入ってきた。服装からして、ヘラス王国の役人か?


 全員、剣を腰に下げている。槍を持った者もいる。

 先頭に立っているのは背の低いチョビ髭男。


 奥から店主だろう、親爺さんが飛び出してきた。

「最後のオーダーは日が昇ってるうちでした。せめてジョッキの中身は飲ませてやってください!」


「酒飲んでる金があったら、先に借金を返せ!」

「ごむたいな!」


 借金ってなんでござる?


「よし解った! 夜に集会を開いておるのだな!」

「お待ちください! お待ちください!」


 親爺さんが両手を前に出して役人を押しとどめる。

 客達が慌てて立ち上がる、騒々しい音!


「全員、抵抗運動家とみなしてしょっ引く! 財産は没収だ! かかれ!」


 役人が抜刀して手近な客の襟首を掴んだ。


『旦那!』

 言われるまでもない! テーブルに片足を乗せて叫ぶ!

「静かにせんかーっ!」

「なんだとー!」


 役人は怯まない。よしよし、根性あるぞ!


 某、パッとフードを跳ね上げネコ耳を晒す。


「拙者、ネコ耳族のイオタと申す者。貴殿が売ったその喧嘩、買った!」


 これ見よがしに刀の柄に手を掛け、臨戦状態を見せつける。


「え? その耳はネコ耳族? ネコ耳の勇者イオタ? え?」

 役人も客も動きが止まった。


『人呼んで「ネコ耳の勇者イオタ」……らしいわ』

 なに言ってるか解らんぞミウラ。まるで某が世界最強の生物みたいだ。


「ドラゴンの首を切り落としたこの刀。これで斬り殺されたい者、一歩前へ出ろ!」


 ザッ! と靴音を立て、チョビ髭親爺以外の者が一歩下がりおった。

 結果的に一歩前に出たのがチョビ髭一人。


「おまえら! ちょっ! イオタ様がどうしてここに?」

 同僚に、裏切んなよ! って顔で訴えておる。


「拙者、今日、ヘラスに来たばかり。先輩方と親睦を深めておった所でござる。なにか? メシ食ってるだけで拙者を抵抗活動家と断定するか? よかろう! 拙者も覚悟を決めた。その方と、その方の上司と、その上の貴族の名を教えて頂こうか!」


 腰から鞘ごと抜いた刀を、オラオラと抜き差ししてみせる。


「めめめ、滅相もございません! えーっと、なるべく早く飲み終えてくださいね? では!」


 敬礼もそこそこ。来たときの勢いそのまま、風のように去って行った。

 残されたのは間抜け顔の客と親爺と少年。


「お役人はなるべく早く飲み干せと仰せでござる! ところで――」

 話しを区切り、皆の顔をぐるりと一回り見渡す。


「なるべく早くとは? 明日朝までではさすがに遅うござるかな?」

 

 どっとウケたでござる。




『夜間外出禁止令が出てるって、どんだけ治安が悪いのでしょうか? それと、国の役人が言う借金、って何でしょうか?』

 それをそのまま、少年に向かってぶつけてみた。


「ああ、それね。国から金を借りてるんだ。それを借金と呼ぶんです」

「拙者の頭は心配に及ばず。借金の意味くらいは知っておる」


「俺が産まれた頃の話。税金が高くってね。高くなったのは良いけど、払えない人が殆どだったんで、国が金を貸してくれたんだ」

『高くなったのは良いんだ』

「大らかすぎる国民性でござる」


「山の温泉ギルドとか、港の湾岸ギルドとか、冒険者ギルドとか、国に一杯借金あってさ、特に港なんか、借金の形に使用権を取り上げられてさ、殆どドラグリアの船ばっかなんだ」


 昼間見た港の船にドラグリアの旗が多かったのはそのせいか。


『民間から国へ権利を移行する最適解ですな。冒険者ギルド然り、温泉ギルド然り』


 公儀直轄地にしたかったのだろうか? 冒険者は有益そうだが、温泉が解せぬ。そこまでして番台に立ちたかったのか?


「もともとヘラスは、エラオン油と港の上がりだけで出来上がった国なんです。そこが全部どっかへ流れてるみたいで、国が貧乏になったんで、税金を上げて、借金して、の繰り返しで今に至る」


『これほど見事な不景気スパイラルは見たことありません』


 ミウラは経済学者でもある。やはりオタクは頭脳集団でござる。


「夜に外へ出てはいけない命令は、抵抗運動家が原因なんです。取り締まる為に、日が昇る前の早朝と日が沈んだ夜は、家から出ちゃ行けないって。明かりもつけちゃいけないって。おかげでパン屋とか、俺たちのような飲み屋はいっぱい潰れていきました。で、金を使う所がなくなったんで、余計財布の紐が固くなって、潰れる所が増えて、財布の紐が締まって。両替屋にも貨幣が回ってなくて、釣り銭確保に困ってます!」


『見事な経済政策です! 皮肉の意味で』

「吉宗公の質素倹約令の酷いのでござるか?」


『メガロード山の天辺から叩き落として、ディーノ氏が踏んづけたぐらい酷いです。国の中枢部をネコに運営させているようですね』

「お先真っ暗でござる」


「でも生きているから大丈夫かなーって。いてぇ!」

「ンなワケねーだろ! カツカツを通り越してんだっバカ! だから反乱軍ができるんだよ!」


 少年は親爺さんに拳骨を落とされた。


「イオタさん。今夜のことは恩に着ます。でもそろそろ引き上げた方がいい。イオタさんにも言いがかりを付けてきますよ。今夜はここでお開きにしましょう」


 皆、ゆっくり飲み終えたようだな。

 では今宵はここまでといたそう。


『税制や体制に隙はいくらでもあります。むしろ儲けるチャンスがゴロゴロ!』

 頼もしいぞミウラ!



 ……。まさかと思うが、これを見せたくなくてルカス殿は某に護衛を貼り付けたのではなかろうか?



「そうそう、イオタ様に情報を一つ……」

 親爺さんが顔を近づけた。


「北の谷に反乱軍が軍を集結させつつあるようです。王国軍も急ぎ兵を集めています。戦争です」



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