5.ようやく、ようやくヘラス王国へ! でござる
ルカス殿は言う。
元々、峻険な山がヘラス王国とレップビリカ王国を隔てていた。
そこへ、赤い通り魔レッドマンなる暴君竜が住み着いて暴れている。
西側諸国との直接流通路は、破壊されたも同然。
そんなある日、間抜けなネコがレッドマンを討伐した。
堰を切って商流再開となる。
「ヘラス王国にも、反乱側にも、戦略的に大きな影響を与えることになりましょう」
某の預かり知らぬ事でござるよ、ルカス殿ッ!
「イオタ様。貴女のヘラス王国への入国が大きく……いえ、何でもありません」
「拙者、一国の政策を左右するような人間ではござらぬ。買いかぶりすぎでござる!」
『と、思っているのはイオタの旦那だけ』
「何を申すかミウラ!」
『相変わらず運は1』
ぐううっ! それを言われると辛い。
『運が1ってことを前提に行動しないと、初っぱなから蹴躓きます。この1ってば、いつまでも引きずるよねー!』
某のせいではないのだ!
ヘラス王国でござる! ヘラス王国でござる!
『二度言いましたね?』
何の問題も無くヘラスへ入れた。
真っ白な雲。真っ白な家。青い海。青い空。色とりどりに咲く美しき花々。
これより、ここが某とミウラの古里となるのでござる!
竜を積んだ荷馬車隊は嫌でも目立つ。政治的な偉いさん達がやってきた。
ややこしい事はルカス殿に任せ、一日掛けてヘラス王国の首都、ヘラスへと入った。
『竜のご威光は凄まじい。パレード状態でしたね』
大名行列、いや花魁行列であった。
某とミウラは目立たぬよう、真ん中あたりの荷馬車の御者台に小さくなって座っていた。
道ばたに人が溢れておる。建物の上階から体を乗り出してまで見物しておった。
市井の人々は陽気な笑顔を振りまいておる。
冒険者達も、我が手柄のように満面の笑顔で手を振っておる。
日の光も明るい。北の国々より三割増しでござる! さすがヘラス王国でござる!
「あれは何でござる?」
町の外れ、ひときわ目立つ大きな石の建造物。天辺が尖った石造りの櫓『塔です』が印象的。城壁から細くて背の高い鉄塔が幾つも建てられていた。
「何だな? あれは?」
『なんでしょう? パラボラアンテナ砲の基部でしょうか?』
あれこれ騒いでいた所、御者が教えてくれた。
「あれは王宮城塞ですよ。鉄壁の防壁とも呼ばれています」
『腹痛が痛い。音速のソニック』
鉄壁って事は、防衛のための仕掛けでござろうか?
「城壁にには魔法の何かアブナイのが流れているそうで、迂闊に触ると大やけどをするそうです。お気を付けください」
『チャライ国だと思ってましたが、備えは充分ですね』
よしよし。国たるもの、武を蔑ろにしてはいかぬ。城にまで鎧を着せる。良きかな!
目立つ建物は城だけではない。音楽堂とか劇場とか、良い思い出が見当たらない建物も多い。みな、真新しいぞ!
『文化面も良好ですね』
芝居小屋が廃れた時代は、江戸の民に元気が無くなった時代。良きかな良きかな!
さて、某が紛れ込んだ荷馬車は、ルカス殿の本拠、パトレーゼ商館へ直接乗り入れた。
でかい屋敷でござる。
さすがにビラーベック商会ほどの規模はなかった。でもゴルテオ商会ほどはある。
一番上等の客間に案内され、湯を使わせてもらった。
昼ご飯は、ヘラスの名物料理でござった!
骨付きの羊肉をエラオン油とレモン汁でマリネし、紙に包んでゆっくりと蒸し焼きにしたの。
粉砂糖をまぶした大柄な煎餅。
砂糖がふんだんに!
でも、アレが無い。
「米を使った料理があると聞いたが?」
「はあ? あ! パリジャでございますか? あれは貧乏人が食べる料理です。イオタ様にはお出しできませんよ!」
「それ、楽しみにしていたのでござるが……」
「うーん、今夜は無理ですが、明日の夕食ならなんとかなります」
「かたじけない」
楽しみでござる!
「それと夕ご飯は、夕日を見ながら食べたいのでござるが?」
「いいですね! 南海へ沈むオレンジ色の夕日を見ながら美味しい食事! お任せください!」
またまた楽しみでござる!
昼飯の後、部屋へ引っ込ませていただいた。
開け放した窓から、海辺の町が見える。
青い空、青い海、白い壁。
あのヘンテコな山を抱える岬を越えれば憧れのタネラ。すぐそこでござる。
ミウラは、窓枠にちょこんとお座りしている。潮風がミウラの髭を靡かせていた。
「来たのだな、ヘラスへ」
『来ましたね、ヘラスへ』
某とミウラは、ずっと景色を眺めていた。
冒険者達が昼飯をとった後を見計らって散策へ出た。
昨夜の夜更かしで眠い目をこする護衛の冒険者を五人ばかり引き連れて。
ヘラスの町は港町。
潮の匂い。でも粘っこい匂いではない。北の海とはまた違う。
『浜辺がありませんね。全部岸壁。船を着けるのには良いか。良港ですね』
ヘラス湾の両側がぐっと張り出している。クワガタムシみたいな地形。真ん中に海に注ぎ込む川。
大きな船から小さな船まで。それはもう数えきれぬほど。
大勢の人足達が、船から荷を担ぎ降ろし、また船へと運んでいる。盛況でござる。
船に揚がっている旗はドラグリアのが多いな。砂糖貿易で儲けておるのだな。
ドラグリアの軍艦も多数停泊しておる。でかいな!
「明るい町、明るい空、明るい海! 青さが違う! どこもかしこも新鮮な光景だ!」
『くそっ! 引きこもりには眩しすぎるッ! 内陸側と一線を引く色使い。透明感を感じます。なんとなくクリスタルです』
ここから見える沖合に、大小様々な島が見える。いつか船を仕立てて、あそこを訪れよう!
いつまでも海を見ていたいが、時間が無い。後ろ髪を引かれながら、町歩きに切り替えた。律儀にも護衛の冒険者が着いてきてくれる。
店を片っ端から覗き回り、あれだこれだと商品をなで回す。
数が少なかったが、露天も出ている。あれ食おう、これ買おう。行ったり来たりとウロウロ。
護衛の顔がもういい加減してくれと訴えてきた。日も傾いてきた。そろそろ頃合いだ。ルカス殿の館へ戻った。
ミウラと意見を交換する。
『ホームレスの方が多かったですね?』
「武装した兵が、やたら彷徨いておったな?」
広いベランダで、海にかかる橙色の夕日を眺めながら、魚料理を頂く。
魚、貝、いか、海老、たこ、魚卵、どれも某の舌を唸らせる!
ルカス殿が食事の手を止め、某の口元を見つめておる。
「イオタ様はイカやタコも平気のようですね?」
『外見で嫌がる方々が多いみたいですよ。現世でも外国では』
「前から普通に食っておったぞ」
にこやかな顔をし、肩をすくめるルカス殿。おどけた仕草だ。
「ようこそ、ヘラス王国へ」
日が暮れると同時に部屋を抜け出した。
二階の窓から飛び降りることなぞ、屁でもない。
『ネコですからね』
護衛の冒険者達は疲れている。昨日より、某がそう仕向けた。気づく者は一人も居ない。
麓の町やヘラスの町で市井の人と話をしたが、どうしても他人行儀だった。
原因は護衛の冒険者。店の客も従業員も、護衛の冒険者を気にしてか、話が弾まない。それではつまらん。
着物はイセカイの普段着。ネコ耳を隠す頭巾付きの外套を羽織った姿。ミウラは懐へ放り込んでいる。
『旦那にしては珍しく完璧な変装でございますね』
ガシャガシャと鎧の音を立て、見回る護民官が多く徘徊する町。
それらを見送り、あるいは隠れつつ、夜の町を駆け抜けていく。
向かったのは、昼間に目を付けておいた飯屋。
一杯飲める所でござる!