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10.行商人その二 でござる

「それにしてもイオタ様。そのピンシャンと立った三角の耳といい、すらりと伸びた尻尾と言い、ビロードのような見事な毛並みで御座いますなぁ」


 この男、いきなり何を褒めだすか? 妙な圧力を感じる。いわば商人における武士の殺気に相当する気の一種であろう。


「そのお顔で御座いますよ。毛並みを褒められても今一ピンと来た風でない。褒められ慣れておいででしょうか?」

 ここで迂闊な返答は出来ぬ。ミッケラーの言葉の裏に何かがある。


「それとも、褒められない環境で育たれたのでしょうか?」

 ほら来た!


 目的が何かは解らぬが、何かを言葉で探ろうとしているのだ、この男。

 冷たくあしらってしらを切ろう。


「詮索は無用に願いたい」

「これは失礼致しました! それでは、残りの賞金首を検めていきましょう」


 力押しが無駄と解ったら直ちに身を翻す。切り替えの早い男だ。

 伊耶那美様。助っ人の人選を間違っておられませぬか?


 ミッケラーが賞金獲得に必要な処置をとった。

 要は魚拓だった。

 賊の首領オーガンの顔で、魚拓ならぬ顔拓を取る。両耳を含む顔拓だ。

 そして左耳を切り取る。なんとも惨いが、二重に賞金を申請されぬ用心との事。


 して、日が暮れる。


 某とミウラは、崩壊を免れた家々を回り、使えそうな物品を手に入れる仕事に従事していた。まるで盗人であるが、生死がかかっているのだ。誇りだの何だのと言ってられぬ。

 武士の体面もあるが、今は戦とでも割り切っておこう。

 ミッケラーも家々を回り、食べ物や水を集めていた。


 昨夜泊まった家で火を使うのは危ないと思い、外で食事の用意をしている。

 今宵はミッケラーの手料理で、煮込み料理である。鍋を挟んで食事となった。

 米を食いたいのだが、無い物ねだりはよしておこう。


「さて、イオタ様」

 食事も進み、満足を憶えたところでミッケラーがあらたまった。


「イオタ様は、これからどのようになされるおつもりでしょうか? どこでどのような事をなされるのか、私で宜しければ、ご相談に応じさせていただきますが?」


 親切である、と見るべきか、某が金になると思うておると見るべきか?


『商人は利用し利用される物です。こちらが利用しなくても、あちらは勝手に利用します』

 ミウラは常に正しい。


 ここは乗っかかっておこう。


「以前は激しい人生を送っていた――」

 定廻り同心は人手不足だし、汚い仕事も多かった。挙げ句の果てに斬り殺される。せっかく別の世で生まれ変わったのだ。イセカイではお気楽に過ごしたい。


「季候の良い土地で……。大らかな人々が多く住む町で生計を立てたいと思っている」

『旦那、暖かく海が見える町が良いです!』


 それな!


「穏やかで暖かい海のある町が良い。……どこか良い土地はないか?」


 江戸の人々も、大多数は大らかであった。でも寒かったし。

 暖かい所で旨い魚などを食べながら、ゆったりとした心で生きていくのもいいな!

 もちろん仕事は選ばぬつもりだ。


「それでしたら打って付けの町が御座います!」

 ほほう!


「リゾートタウン・タネラで御座いますよ!」


 りぞーた・と・た? たねら?


『リゾートタウンとは、避暑・避寒・行楽などのための土地です。保養地とも言います』

 川崎大師近辺を想像しておけば良いのか? そこは箱根の湯治場より大きいのだろうか?


『町の名前が「タネラ」です。どこにあるのか聞いてください』


「たねら? とは何処にある町で御座ろうか?」

「ここよりずっと南の国、ヘラス王国の一地方です。明るい太陽、白い町並み、目にも美しい緑の島々! 夏は涼しく冬は暖かい。海の幸は豊富で、浜辺に魚が打ち上げられ、それを拾えば食うに困らず。山には温泉が湧き、ケモノ耳族にも差別が無いと、まさに理想郷!」


『ワイハーかカルフォルニアか! 行きたい行きたい行きたい!』


 乗り気のミウラである。某も、風光明媚な町にて暮らしたい。釣りをして日がな一日、過ごすのもまた良し。

 これは決まりだな!


「よし、そこを目指して旅をするか!」


「遠いで御座いますよ? 海を渡って大陸へ。国を6つ7つ越えた所です。途中険しい山もあります」


 海を越えて海へ行くか。……イセカイの観光もできて、それはそれで良いような気がしてきた。


「タネラに名物料理はござらぬかな?」

『旦那は食い意地が張っておられる』

 うるさいわ!


「うーん、私も詳しくは知りませんが、なんでも小麦によく似た穀物を使った料理が美味しいとか?」


 目を見開いてミウラを見る。同じ考えか確かめる為だ。


『米ですね!』

 米がイセカイにあった!


「道は険しいほど、たどり着いた時の感動も多い。拙者、頑張るでござる!」

 グイと拳を握りしめ、薄紫に染まる西の空を見つめる。


「イオタ様、何と凛々しい美少女。至高の存在とはまさにこの事!」


 ミッケラーより賞賛の言葉を頂いた。

 まあね。某の贔屓目で見ても美少女だしね!

 某でも、こんな美少女がいたら、ネコ耳やネコ尻尾が付いていようと結婚申し込むわ!


「イオタ様で至高ってよろしいでしょうか?」

「斬るぞ貴様!」

『旦那、首筋の毛が逆立ってますよ!』





 飯を食ってから旅の準備。

 主に昨夜の宿、刀や肌着や薄い資料本が保存されていた家から漁る。


「ああ、この家はスナフキー様の家ですね。女性物の下着とか服とか薄い黄色本などを予約注文で買って頂いていた上得意様です。金に糸目を付けぬお方でした」


 ああ、ミッケラーが物資の補給元であったか。


 ミウラと相談しつつ、物資をあいてむぼっくすへ収納していく。ミッケラーが他の家を物色している隙をねらってだ。

 例の長刀と実践に使った刀、脇差、小刀一式、それと手入れ道具一式。かさばらない防具一式。賊の頭目が持っていたバルディッシュもついでに。

 肌着も多めに。軽い上着も幾つか。町履き用の靴も。保存が利きそうな食べ物。塩、削り節、ちゅーる(?ミウラおすすめ)その他諸々。

 幾つかは布製の背負子に入れておく。わざわざ背負子を背負うのは、欺瞞の意味もある。


 そして翌朝。ネコ耳族の村を後にした。




「向かいますのは、『前のネコ耳族の村』で御座いますよ、イオタ様」


 ネコ耳族の村は一つだけではなかった。



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