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1.転生の儀 でござる

 拙者、北町奉行所定廻り同心、伊尾田松太郎と申す者。本年もって二十五歳。三十俵二人扶持でござる。

 現在、不審者十人と絶賛剣戟中で御座候!


 上様ッ! なんで少ないお供でお城を抜け出すんですか!?

 お供の方ッ! なんで五人もいて簡単に斬られてしまうでござるか?!

 公方様たる者、千代田のお城でじっとして頂く訳にはいかなかったのでござるか!


 して……何故、市中見回のそれがしが現場に出くわすのでござろう?


 夕べの深酒が二日酔となり、故に仕事を加減しようしてこの現場に遭遇でござる!

 某、剣の腕は人並み以下なのよ! 道場でも下の方でござる! 某が得意な得物は、敵との間合いが広い長物でござる。例えば種子島とか!

 上様を見捨てて逃げれば命ながらえるでござろう。それすなわち、一族郎党切腹の上、お家断絶を意味するのでござる!

 十倍の手練れを見事に成敗してお褒めの言葉並びに金一封を頂くか、上様の盾となり切り刻まれて死ぬかの二択である。生きている者に厳しい二択でござる。

 伝助に助けを呼んでもらうよう逃がしたが、間に合わねぇでござる!


 あ、斬られた!

 背中だ! いつの間にか後ろに回り込まれていた!

 後ろには上様がいる!

 もはや、我が身の守りを無視して斬りかかるしかない!


 お腹突かれた! あ、これ致命傷だよ!

 痛みが無くて血がどばどば出てきて! 案外と冷静に観察できるものでござる。

 こんな事になるなら、もっと飲んどきゃ良かった。お酒飲みたい。むしろ、酒飲まなきゃやってらんない状況でござる!


 上様は? 何とかお逃げあそばしたか。

 あ、ほら、また斬られた。これまた深い! むしろ駄目だ。

 またまた斬られた! ちょっ! 襲撃に失敗したからって、某に八つ当たり――アーッ! 斬られた。


 ああ、畜生! 二十五年でこの世を去るのか。年齢すなわち、女子とお付き合いした事無い歴でござる。死ぬまで一度は女子とお付き合いをしたかったでござる。父上が死んでこっち、仕事一筋でござったからなぁ。


 体が重い。腕も足も丸太の様。昼間なのに暗い。

 残った力で刀を地に差し込み、杖として倒れるのを防ぐ。上様が完全に逃げられるまで、敵の注意を引きつける為だ。

 頭から血の気が引いていく……意識というか、根性が体から抜けて、みんなめんどくさくなってきた……

 呼び子が聞こえてきた。助っ人が駆けつけてくれたようだ。

「旦那ーっ! 助けに参りやしたぜー!」

 ハハハ、伝助、やっぱ、お前ぇ、使えねぇよ!

 せめて、もう一度、呉服屋小町のお良ちゃんの顔を見たかった……

 あと、御茶屋のお高ちゃんと団子屋のお徳ちゃん、お花ちゃん、お菊ちゃん、お雪ちゃん、お琴ちゃん、お百合ちゃん、お鈴ちゃん、お……




「伊尾田松太郎、伊尾田松太郎!」


 名前を呼ぶ声が聞こえる。

 気がつくと、真っ白な場所に「居た」。


「伊尾田松太郎」

 だれだろう?

 夢かうつつか、意識が朦朧としている。


「上様は? ご無事で……」

 出てきた声がこれだ。某、侍でござる故。


「目覚めて早々、人の心配か? あっぱれな心意気。上様は無事じゃ。ついでに、家督は無事、そなたの弟である竹太郎が継ぎ、城勤めに昇格じゃ。梅太郎も、身分の高い旗本の娘と縁談が決まったぞ。お家は安泰じゃ!」


 誰だろう? 正体不明でござるが、心より信頼してしまう声。


「安心致しました」

 ここで意識がはっきりした。目の前に綺麗なお姉さんが立っていたからだ。……年増の美女。

 ずばりで好み!


「拙者と結婚を前提としたお付き合いをしてください!」

 死ぬ事と比べれば、甘い言葉なぞ簡単に出てくる。


「け、結婚?! わたしとか? わ、わたしなんか、年増だし離婚歴あるし、しょ職場が黄泉の国だし」


 狼狽える年増というのもオツでござる!


「拙者、美しき経験を積まれた女性が好みなのです。離婚も職歴もあなたを美しく飾るための装飾品でござる!」

「そ、そんな。困るわ。結婚を申し込まれたことなんか、離婚してこの方、いままで一度も無かったし、そんなこといきなり言われても困る……」


 美しい年増は、頬を赤らめ相好を崩しておられたが、拙者と目が合うと、途端にキリリと引き締められた。


「こほん! 我が名は伊耶那美(イザナミ)。黄泉の国を統べる神である」

「伊耶那美様!?」


 神様でござる! こちらはへへーと頭を地にこすりつける。お奉行様に叱られた時以上におでこの接地面積が広い。神様を直接見ると目が潰れると聞くし。

 ……えらいお方にお付き合いを申し込んでしまったでござる!


「その方、近年まれに見る忠義の持ち主。わたしは感動致しました。そこで、褒美を与えたいと思います。異世界で転生……、と言っても意味が解らぬか。再び、生きて生活できるよう取りはからいましょう」

「生き返れるのでございますか?」


 おお! 願ってもない好機! イセカイという言葉がよく分からんが……。


「この世ではない。異世界での復活です」

「あのー、お恐れながら、イセカイって何で御座いましょう?」

「うーん、江戸時代の人間には難しかったか。平成令和を生きる者どもは一発で理解しておったがのう。説明がめんどくせぇ……伊尾田松太郎として生きた世界と別の世界、という意味じゃ」

「すると、南蛮やバテレンの世界で御座いましょうか?」

「説明するのにこの時代ではボキャブラリーが不足しておるのぅ。えーと、黄泉の国を境にして、この世とは違う所にある別のこの世の事じゃ」


 えーと? ……たぶん天竺や南蛮のさらに先に海があって、さらにその先にある見たことも聞いたこともない異人が住む国々の事であろう。

 うん、きっとそうだ!


「そのような世界がいくつもあるのじゃぞ。そこにはおしなべてこの国の様な社会が有り、人々が働き、生活をしておる」


 某はまだ生き足りない。もっともっと、女子と仲良くしたい。愛し愛された上で結婚という物もしてみたい! そこ切望! でもバテレン語は話せない!


「……イセカイで、言葉が分かるでござりましょうや?」

「言語に関するチート……もとい、読み書きは出来るようしてしんぜよう」


 言葉が通じれば、生きていけるかな? でもなぁ……祖国を離れての生活は不安だ。


「コホン、今日は気分が良いので、生まれ変わるにあたり、幾つかスキル……もとい、限度はあるが神通力を付けてやっても良いぞ。とりあえず何なりと申せ」


 神通力! 修験者とか天狗とか? いいな、それ! なんかイケル気がしてきた。

 何が良いかな? イセカイとやらで生きていくとしても、怪我が怖いな。ついさっき斬られたばかりだし。


「怪我がすぐ治る体にして欲しいです」

 どんな世か知らないが、体が何よりの資本であろう。


「それはデフォルト……、もとい、元より付与するつもりじゃが、強めにしてしんぜよう。他の願いを申せ」

 なにげに幸運だ。


 ではお言葉に甘えて――。

「では、二日酔いに強い体をお願いします」


 二日酔いが死亡原因の一つなんだから、これを望んで罰が当たるまい? 小判千両、倉一つのお願いに比べれば、たぶん簡単な願いだと思う。


「うーむ、肝機能特化を付けて進ぜよう。通常毒の処理もできるぞよ。これも初歩的な能力なのでまだ聞けるのじゃ。もっと申せ!」


 では、もう少し高めのお願いを。

「手先の器用さ……なんかは駄目だったりして?」


 一年前から手妻師、幻夢庵一流斉先生(美年増)に弟子入りしていたのだ。

 手妻は趣味だよ。先生は凄いんだ!

 残念なことだが、某は先生が呆れるほど手先が不器用だった。来世では先生の教えを元に手妻の上達に励み、ゆっくりとした生活を営みたい。


「うーむ、鍛冶の神、天津麻羅の加護を与えれば事は足りるか。まだまだ物足りないぞ!」


 考えどころだ。イセカイとはこの世より殺伐とした世界なのかも知れない。なにせ赤毛人は血を飲むと聞く。

 ここは一つ、生き残る為の小技を選ぶべきであろう。


「でしたら、素早く動ける体にして頂きたいのでござるが」

「今までの願いは全て身体能力向上だな。詰め込むと無理が出る。とはいえ、受けた手前、何とかするのが美しき経験を重ねた女神の力!」


 伊耶那美様は、左斜め上に視線を置きながら考えておられる。考える時の癖なのでござろうか?


「素早さ……時間を短縮する方法なら……太陽の動きが時間を司る……ならば娘の……初期レベルであれば、娘にねじ込んで……肉体を変更して……種族を変えれば……、よし、こうしてああしてこうしよう!」


 決まったようですね。力業が使われたようで、若干の不安を憶えるでござる。


「さあ、転生のお時間じゃ! ぴったりの場所と肉体を与えようではないか!」


 体の中を強風が突き抜けていく感覚があったと思ったら、意識が薄らいでいく。


「スタート地点……もとい、開始地点に川がある。そこに沿って歩むが良い。イージースタート可能……もとい、簡易に生活が開始できるよう用意した村に到着するであろう!」


 伊耶那美様の姿が薄くなり消えていく。


「有り難うございます。伊耶那美様のお美しいお姿を胸に、お優しきお言葉を心に、新しい世で精進致します」

 別れの言葉を忘れぬ私は武士の中の武士!


「美しい? 優しい? おぉっと、言い忘れていた! アイテムボックス……もとい、不思議な見えない押し入れをわたしからの個人的な餞別として付けておきましょう! オホホホホホホホホホ!」


 神らしからぬ魔物的な笑い声を聞きながら意識を失った。





 目が覚めた。

 赤い空が見えた。夕焼けか?


 ここはどこかの森の端っこだ。

 川のせせらぎが聞こえる。

 ここがイセカイ国か……。 


 頭の中がだるい。


 ゆっくりと視線を体に落とすと――二つの膨らみが? 頂には桜色のポッチが――。

 素っ裸?


「なんだとー!」


 一気に覚醒!

 跳ね起きる。すぐに立ち上がれた。これ全身バネのような感触! 前ではこうはいかなかった!


 真っ先に手が股間に!

 ムスコが無い!


 代わりになんか凹ぽいのがある!

 これはおなごの体!


 大・混・乱ッ!


 腰だのなんだのが柔らかい。つーか、全身の触感が柔らかい。

 体を触っていて、すぐ気がついた。掌と指に弾力のある塊が付いてる?


 ……肉球?


 まさか?


 頭の上に、耳があったよ。

 鼻の横、ほっぺからヒゲのような長いのが幾つか生えている。

 尾てい骨の辺りを探ったら、長い尻尾があったよ。目の前に持ってくると黒くて長い。


 これは猫?


 猫人間の女子へ転換ですか?

 伊耶那美様、愉快なお方だ。



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