お兄様と呼んでいいですか?
僕は唖然としていた。しかし彼女は全然そんな事はなく、いつもの凛とした顔で僕を見つめていた。
高級ホテルでのディナー、僕には全くの場違いで全然気乗りしなかったが、今日だけは仕方がない、僕の家族になる人と会うんだから。
そう、今日は僕の家族になる人との食事会、母親になる人と妹か姉になる人に初めて会う。
父親が再婚をすると聞いて僕は嬉しかった。幼い頃に母が死に仕事をしながら僕を一生懸命育ててくれた父。
若くして結婚したのでまだ40前、母が死んで10年が過ぎこのまま一生再婚しないのかな? と思っていた矢先、実は今付き合ってる人がいる、相手も再婚で僕と同じ年の娘がいるとの話を聞いた。
突然の父からの申し出に僕は青天の霹靂なるも、その言葉が嬉しかった。まだ父も若い、父には幸せになって貰いたかった。
僕は父の恋愛を応援しようと決めた。
そしてその数ヶ月後の今日、僕は父の再婚相手を正式に紹介して貰う事になった。
着なれないジャケットにネクタイを締め、高級レストランに入り席に着く。
僕は落ち着かず周りをキョロキョロしていた。暫くすると、入り口から上品な格好をした二人の女性が入店してきた。カジュアルドレスを纏い、清楚な姉妹のイメージ、さすが高級レストランだなぁとボーッと眺めていたが、その二人はこっちに向かって歩いてくる。しかも一人は僕のよく知ってる人物だった。
へえ~~偶然だな~~、でもこういう所で食事とか彼女にぴったりだなぁなんて他人事の様に思っていた。しかしその時父が徐に立ち上がり彼女らを僕達の席に迎え入れたって…………えええええええええええええええええええ!
僕は驚いた、いや、何が驚いたってまずは父の相手だ、若い、若すぎる……大学生かよっていう位の若さ……そして綺麗だ、とにかく綺麗だ、あり得ない位に綺麗だ……は? この人なの? この人が再婚相手?
そしてその隣には……クラスカースト最上位、皆の憧れの的、そして僕の想い人、薬師丸さんが立っていた。
「えっと、あなたが真君ね?」
「あ、はい、しんです、佐々井 真です、初めまして」
そう聞かれ僕は立ち上がりペコペコと頭を下げる。いや、声も美しい……少し薬師丸さんに似ている……
「うふふ、聞いてた通り可愛いわね、私は恵、こっちが娘の泉」
「こんにちは、真君」
「こ、こんにちは……」
やっぱり娘だった……姉妹じゃなくて……娘……
そして全然驚きもしないで、いつも通りの凛とした表情で僕に挨拶をしてきた。え? あれ? ひょっとしたら知ってたのか?
そんな僕の困惑はクラス内と同様に無視されるかの如く、僕を除く3人は和気あいあいと会話を弾ませ、食事会は何事もなく僕だけおいてけぼりで進んで行く。
しかし、さすがにクラスと違って家族……いや、これから家族になるのだから、そんな僕をほったらかしにはしなかった。特に息子になるとあって義母さん、いや、まだか……恵さんは僕に色々訊いてくる。趣味は何か? とか学校で部活はやってるか? とか……
趣味はアニメだし部活は帰宅部だし……僕は薬師丸さん……えっと泉……さんの顔を、反応をチラチラと見ながら質問に答えた。
僕が恵さんに質問されている時、泉さんは特に無反応、興味無さそうに黙々と食事をしている……まあ興味無いよね……僕の事なんて。
「あ、そうそう、そういえば真君、お誕生日はいつなの?」
「あ、えっと8月ですね、8月の……」
『ガチャン』
僕が誕生日を言おうとした瞬間、泉さんの方から大きな音がした。
見ると泉さんがコップを皿の上に落とし呆然と僕を見ていた。
「泉? どうしたの? 大丈夫?」
恵さんが声をかけるとハッとして慌ててコップを皿から取りフキンでこぼれた水を拭きはじめる。
優雅に食事をしていた泉さんが普段見せた事の無い表情を浮かべながらアワアワと慌てる姿に、僕は少し親近感が湧いた。でも……なんで慌てたんだろう?
そして、それ以降泉さんは僕の話を真剣に聞き始める、ウルウルとした目で真剣に……
え? なんなの一体?
食事会もデザートが出たところで、父に電話が入り席を外し、恵さんがお花を摘みに行く、トイレっていう意味なんだけど、本当に言った人を僕は初めて聞いたよ。
そして僕は泉さんと二人きりになる……や、ヤバい、緊張する、中学の頃から好きで憧れてた女の子と二人きりなんて今までなかった。極度の緊張状態の僕に向かって、彼女は微笑を湛えウルウルした瞳で言った。
「あの……真君…………これから……ううん、今日から……お兄様って呼んでも……良い?」
「へ? えええええええええええええええええええ!」
僕の初恋の君、クラスカーストトップの学園アイドルから突然お兄様と呼ばれてしまった。




