同情はいらない
凛ちゃんと抱き合って泣いた。
凛ちゃんの涙が僕の首筋に落ちてくる。
そして僕の涙も凛ちゃの肩口に垂れ落ちる。
もしかして……僕が魔法使いだったら、この涙で凛ちゃんの傷が癒えたら……。
そして僕は思った……僕が凛ちゃんの傷を癒す事が出来たらって……。
「凛ちゃん……ぼ、僕……僕が凛ちゃんと……」
僕が……凛ちゃんの傷を気にしなければ……ううん実際に気にならない……ただ腹が立つだけ、凛ちゃんにこんな事をした奴に……吐き気がするだけ……だから、だから僕が凛ちゃんと……。
そう言いかけた途端、そう凛ちゃんに言おうとした瞬間、凛ちゃんは僕から離れ毅然と言った。
「同情はいや、同情は止めて」
「え?」
「今、真君が何を言おうとしてるかわかる、ううんこうなる事はわかっていた……貴方はそういう人だから……だから、だからこそ、その先は聞かない。
聞きたくない」
凛ちゃんの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。でもその涙も鼻水も拭かずに、僕の事を真っ直ぐに見てそう言った。
「そんな……同情なんて……」
「ううん、貴方の事だから、痛みや孤独を知っている貴方だからそう考えるのはわかる、それが貴方の魅力だから、でも……だからこそ、私はそれを利用しない、したくない……だから今その言葉は聞かない……聞きたくないの」
「でも」
「じゃあ、こう言ってあげる。私を……ううん、人を助けるなんて出来ないの……それはとてもおこがましくて、そしてそれはその人を下に見ているって事なの、貴方は誰も助けられない、私も、愛真さんも、泉さんも」
「──助けられない……」
「そうよ、例え貴方の事で悩んでいたとしても、ね……それがわかった瞬間それは同情になる、そしてそれは弱味にもなる、だから貴方は自分の事だけを考えればいい、それが相手の為にもなるから……自分の為以外の事を考えては駄目……人の為にと書いて偽善って読む様に……ね」
「同情……弱み」
凛ちゃんは弱々しくも笑ってそう言った。
人の為に……偽善……。
僕は凛ちゃんが大好きだ。凛ちゃんにはいつも助けられている。
だから今度はって……でもそれをしたら……凛ちゃんは傷付く……同情されたってずっと思い続ける……。
僕はもう一度凛ちゃんの身体を見た。
痛々しい傷痕、一生残る傷痕……誰にも見られたくないであろう傷痕を僕に見せてくれた。
でもそれは僕に自分を知って貰おうと思っただけ……僕に同情して貰おうなんて思っていない。
だったら……僕は同情しない……同情してはいけない。
僕も凛ちゃんを、凛ちゃんの事を知っただけ、自分の為に……。
「……あ、あのね……真くん」
「え?」
「ちょっといくらなんでも……じろじろ見すぎ……」
「え? …………あ!」
そうだった……傷に目がいってたけど……今凛ちゃんは下着姿だった。
「ああああ! 今エッチな目に変わった! エッチ! はい! 終わり! 服着るから隣の部屋に行って!」
「え! いや、えっと」
「早く出ろおおお!」
「あ、はいいいいいいいい!」
凛ちゃんが片手で胸の辺りを隠しながら近くにあったクッションを僕に投げつける。
そのクッションをキャッチしながら僕は立ち上がって部屋から飛び出る。
「そこ閉めろ!」
「はいいいい!」
そう言われるが振り向くとまた見てしまう。
だから僕は目をつむって乱暴に扉を閉めた。
「はあ、はあ……つ、疲れた……」
僕はフラフラとキッチンの椅子に座るとすっかり冷めたコーヒーを一口飲む。
「にが……」
さっき砂糖も入れなかった事を思い出す。
「どうしよう……」
どうしよう……今、僕は凛ちゃんの事で頭が一杯になっている。
凛ちゃんの事が……どうしようもなく好きになっている。
でも、これは……これが……凛ちゃんの言っていた、同情なのかも知れない……。
僕は冷えたブラックコーヒーを一気に飲み干す……。
自分の心がわからない……自分の気持ちが……わからない。
苦々しい味がする……それはブラックコーヒーのせいなのか?
それとも自分の馬鹿さに、なのか?
僕は自分が、自分自身の気持ちが……わからなくなっていた。




