7 鏡を見ると、そこには筋肉モリモリマッチョマンがいた
鏡を見ると、そこには知らない顔のイケメン青年がいた。
体はムキムキ、筋肉モリモリマッチョマンの白人だ。
「お前誰だよ。と言うか社会人なら無精ヒゲぐらい毎日剃れよな!」
たまらず鏡の向こう側にいる青年に文句を口にする船坂。
そのまままさかと思いながら自分の頬を触ると、無精ヒゲの感触があってたまらず驚いたのだ。
これで彼がゲーム世界に転移だか転生してしまったのは確定的に明らかとなった確信。
「うふふ。コウタロウさまは面白い事を仰いますね」
「いやちょっと冗談を言っただけだ。気にしないでくれ……」
アイリーンと狐耳メイドのレムリルに連れられて、洋館の離れにあるゲストルームまでやって来た。
そこには大きなダブルベッドと姿見が置かれていたので、たまたまそこに写り込んだ自分の姿に驚いたわけである。
別にアイリーンへ冗談を口にしたつもりは無いのだが、船坂の額然とする姿が面白かったらしい。
「コウタロウさまーっ。お荷物はどこにお置きすればよろしいですか?」
「適当にベッドの上にでも置いてくれるか」
元気印のレムリルに振り返った船坂は、とりあえずの指示を出して改めて自分の顔を確認した。
、白人青年っぽい顔をしているがどこかに船坂の面影がある様な気がする。
FPSではプレイヤーが主人公視点でゲームを進行するため、基本的に主人公の顔を知る事はない。
作品によってはゲームパッケージに描かれている場合などもあるが、ピースメイキングカンパニーの最新作にはドラゴンや仲間たちの姿はあったが、主人公キャラについては描かれていなかったのだ。
しかし何処となく自分の顔に似ているイケメンというのは悪くない。
「この部屋の窓は南側に面してとても明るいんですよ。レムリル、カーテンをお願いします」
「はーい、アイリーンお嬢さまっ」
アイリーンに促されてレムリルが小走りに窓辺によると、勢いよくカーテンが開けられる。
すると太陽光が部屋の奥まで入り込んできて、里一帯を一望できる事がわかった。
「見事な景色だな。あっちの方で水車が回っているのも見えるぞ」
「あれは小麦をひいたり、繊維を作ったりするのに使われているんですよ。ここからな、この里にある自慢の三連水車を見る事ができます。ほらコウタロウさま、あれですよ」
指を差したアイリーンにつられて視線を送った先には、石造りの何かの建物と三つ並んだ水車の姿が見えた。
「あれは水汲み水車と動力水車を組み合わせた、村で唯一の製粉工場なんです。里の小麦粉は味が評判で、近くの街まで運ばれて、貴重な現金収入になっているんですよ」
「アイリーンお嬢さまのお爺さまが、あの三連水車を設計なさったんですよねっ。あれだけ大がかりなものが造れるのは手先が器用なエルフ族と、豊かな水に恵まれたエルフスタンなんですよーっコウタロウさまっ」
「ほう、そうなのか」
口々に説明してくれるアイリーンとレムリルに、船坂は微笑を浮かべて返事をした。
歴史にはさほど詳しくない船坂だが、水車という原動機が産業革命以前には重要なものだったぐらいの事は理解できる。
ここでも揚水や作業動力に使われているのだ。
改めてそういう事を勘案すると、この世界はいわゆる中世ヨーロッパ的な世界観か、それに類似した歴史をたどっているという事になるだろう。
「もっとも今は王国全土が政情不安定なので、里の小麦があちこちに行き渡る事はなくなってしまいました」
「なるほど、邪神教団どもか」
「はい。現金収入が無ければ、この里だけでなく他の集落など村全体に必要なものを外から買い求める事ができませんから」
邪神教団はよほどこの土地の人間に嫌われているのだろう。
清楚で凛とした美少女エルフのアイリーンが、むつかしい顔をして窓の外に広がっている景色を睨んでいた。
異世界から魔法で人間を拉致したり土地の人間から嫌われたり、邪神教団は最悪だな。
「けれども安心ですよアイリーンお嬢さまっ」
「?」
気まずい雰囲気がゲストルームに広がりつつあったが、それをレムリルが元気にぶち壊す。
「慈悲深き女神様は、こうして守護聖人のコウタロウさまをお遣わしになられたのですからっ」
「……」
「そうでしたレムリル。龍殺しのコウタロウさまにかかれば、邪神教団などはものの数ではありませよね」
「…………」
「ですよねー。ドラゴンも邪神教団のひとも、まとめてミンチにしてやってくださいね!」
尊敬と羨望、期待感に満ち満ちた表情のエルフ美少女と狐耳娘に上目遣いをされて。
何と応えていいのかわからなくなってしまった船坂は、神妙な顔を作って返事をしてしまったのだ。
「ま、任せてくれ……」
さて、昼食の時刻になったらお呼びしますねと美少女たちが退出した後。
船坂は改めて自分の装備している武器や装具がどうなっているのかを確認する事にした。
大きなダブルサイズの寝台にシーツを広げると、その上に装備を並べていく。
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レミントン狙撃銃:バイポット、十倍まで倍率調整可能なスコープ付き、消音器具着脱可能。
M4カービン銃 :光学照準器及び握り棒付き、グレネードランチャー付与。
M220軍用拳銃:45口径の弾丸を八発装填可能で、最新式のモデル。
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その他に軍用ナイフと水筒、双眼鏡。
それから軍用非常食とジッパーロックされた地図、どこにも繋がらない無線セットとコンパス。
暗視装置付きのヘルメットの他に防御力は無いが陽差しは防げるブッシュハットもあった。
それに拳銃を収めるヒップホルスターと、拳銃用マガジンポーチ。
防弾ジャケットは恐らくケプラーとセラミックの合成タイプで、人間の大事なところを守ってくれるはずだ。
フィールドバッグ内には指向性対人地雷の他に、フェイスペイントに使う緑色と茶色のファンデーション容器があった。
「ふむ、特殊部隊員もお肌のお手入れは大事だよな」
応急救護セットもあったが、船坂は救急救命士ではないので包帯ぐらいしか使い方はわからない。
どうやら親切にも取扱説明書が付いていた。
「英語かよ不親切だな、日本語でオッケーだぜ……」
並べた装備品の中から試しにコンバットレーション内にあったチョコレートバーを持ち上げた。
味見のつもりで封を切ってみる。口に運ぶと、
「不味い。すげぇ不味い!」
中身は大味で、しっとりした表面にバサバサの食感。
何度か噛むと無性に喉の渇きを覚える様な甘ったるいチョコバーだった。
もともと兵士のカロリー補給のために作られたものだからか、味もへったくれもない酷いものだった。
しかし実際に食べてみたのは、消耗した装備が本当に復活するのかどうか、調べる必要があったからだ。
使用した弾丸の類がいつの間にか復活していたのは船坂も確認済みだ。
問題はそれ以外のものにも適応されるのかどうか知っておかなければ、下手に使い潰してイザという時になくなりましたでは困る。
だからどうでもよさそうなモノの中から選んだのだが、
「けどこのハーシーのチョコを全部食べ切るのは正直きついぜ……」
船坂はゲストルームの小さな丸テーブルに食いさしのチョコバーを放り出して、大きなため息をついた。
「よし、とりあえずこんなところか。銃器の類はできれば他の人間には触らせたくないからな、後でアイリーンかレムリルに頼んで金庫みたいなのは無いか聞いてみよう」
まさかフル装備で日時用的にウロウロするのは変態だ。
船坂は筋肉モリモリマッチョマンの変態にはなりたくないと思った。
「ちょっとコマンドーっぽいかな?」
船坂が改めて鏡を見ると。
そこには筋肉モリモリマッチョマンが間抜けな笑顔を浮かべていた。
筋肉モリモリマッチョマンの変態だ!