5 エルフの里にやってきました
ドラゴンによって犠牲になったエルフたちを埋葬する最中に、船坂は墜落ヘリの仲間たちの様子を改めて確認しに行った。
可能ならば一緒に埋葬してもらおうと思ったのだ。
けれど、驚くべき事に仲間の遺体はおろかヘリの残骸すらも墜落現場から消失していた。
「やはり使用武器やガンシップと同じ様に、あのヘリもオプション兵器の扱いだったのだろうか」
本当にそうであれば、死んだチームの仲間たちはゲーム的存在だと割り切れるので気が楽になる。
いや、この際は船坂にとっても事実はどうでもよかった。
あまり余計な事を考えていると、このゲーム世界での現実を見失う。
「わたしたちはこれから避難民を保護して里に引き上げるところですが、そちらはどうされるのでしょうか?」
「俺か? いや特に何も予定が無いと言った感じだろうか……」
この世界に放り出されてしまった船坂には、目的らしい目的もない。
キャンペーンモードであれば何かしらのシナリオが存在しているのだろうが、ヘリが墜落した時点でそれは作戦失敗だ。達成したところでどうなるのか怪しいものだった。
「それでしたら、わたしたちの里まで来てくださりませんか!」
「……迷惑じゃないか? 俺としては住む場所も何も決まってない様な状態だからありがたいが」
「迷惑だなんてとんでもありません、ドラゴン討伐を成しえたフナサカ・コウタロウサマを丁重におもてなししなければ、ご先祖さまに申し訳が立ちません」
そこまで言うのならと船坂は苦笑して、提案を受け入れる事にした。
実際この先の事は何も決まっていないのだから、予定を決めるまでご厄介になるのはありがたい。
太陽が高く昇り森林一帯を照らす頃合いになると、それまで休息をとっていた避難民を引きつれてアイリーンが自分の屋敷のある里まで誘導を開始した。
「フナサカ・コウタロウさまは、」
「呼びにくいだろうから、船坂でも弘太郎でもいいよ。好きな方で」
「ではお言葉に甘えてコウタロウさま。やはり見た事も無い格好をされているところ、コウタロウさまは遠い異国の地からやってこられた戦士さまなのでしょうか?」
ピースメイキングカンパニーの設定だとプレイヤーは特殊部隊の出身という事になっている。
船坂自身はどこにでもいる会社勤めの人間だが、特殊部隊員は合衆国海軍に所属するネイビーシールズだからややこしい。
まあ軍人と言えば語弊があるが、こんな武器を持った民間人もいないから戦士というフレーズはちょうどいいのかもしれなかった。
「そ、そうだね。戦士かな? アハハ」
「実はわたし、ドラゴンが領内の森で目撃された時に、教会堂で女神様に祈りを捧げていたんです」
「?」
「だからてっきり、コウタロウさまは女神様のお遣わしになった守護聖人さまかと一瞬ビックリしたんですよ。うふふ」
「女神様の守護聖人ではないかなあ」
聞けばドラゴンに追われながら真夜中に移動している最中、天空からけたたましい音を立てて魔物が突如として現れたのらしい。
魔物というのは恐らく船坂が乗り込んでいたCH-47ヘリの事で、大爆発とともに暗闇の中で不思議な杖を構えた男が現れたという話は、カービン銃か狙撃銃を構えていた船坂自身の事だろう。
「あっという間に不思議な攻撃をして、あの飢えて獰猛になったドラゴンを屠ってしまいましたからねっ。わたしたちの村にとって、コウタロウさまは英雄です」
「せ、戦士として当然の務めを果たしたまでだ」
船坂もそんな風に言われて悪い気はしなかったものの、あの場に彼が居合わせたのは偶然である。
もしもキャンペーンモードが順調に進んでいた場合はあの場所の上空を通過して、特殊拉致被害者が捕まっているという収容所を仲間とともに目指していたはずだ。
「ところでアイリーンさんは、邪神教団と言うのを知っているか」
「はい?」
「俺たちはこの近くに存在しているその教団の施設を探るためにやって来たんだが、地図で言うとこの辺りになるはずなんだが……」
ゲームの設定よろしく、防弾ジャケットの内側にはジッパーロックされた地図を持っていたらしい。
船坂はそれを引っ張り出しながら、隣に並んで歩いていた若い女領主アイリーンに見せたのだが。
彼女の表情は邪神教団という言葉を耳にしたところで、凍り付いた様に難しい厳しい表情をしたのだ。
「や、やはりコウタロウさまは女神様のお遣わしになった守護聖人だったのですね……」
「いや何と説明していいか。この事は忘れてくれ、内密にな」
途端に小声になったアイリーンのささやきに返事をしながら言葉を濁す。
すると彼女は続きを説明した。
「邪神教団の勢力は、今や王国全土に広がりを見せています。王都のあるアルカブル周辺ですらもその様に聞いています」
「つまりこの領地の周辺にも邪神教団のアジトみたいなのは存在しているのか」
「ええ、領地からほんの少し離れた場所に施設があります。恐ろしい事です……」
邪神を信仰する宗教者どもは、王国において不作が続くのは信仰心の欠如が原因であると訴えた。
もともとこの土地には豊富な鉱脈が自然豊かな山々にいくつもあった。
「わたしたちの生活する王国は、これら豊富な鉱脈から算出する鉄を隣国に輸出する事で貿易によって生計を立てていたのですが……」
「なるほど、鉱山開発が行き過ぎて、国土のあちこちが禿山になったために畑が荒れて不作になったんだな」
簡単な理屈だ。
恐らくは自然破壊によって土砂崩れや洪水が頻繁に起きる様になって、畑が全滅したりしたんだろう。
やがて王国の支配力が低下したところで、邪教集団が一部の民を味方に付けて勢力を大きくさせたのだと船坂は想像した。
「新興宗教が力を伸ばすのは、いつも世の中の政情が不安定な時と相場が決まっているからな」
「はい。ですが邪神教団の言う事は、女神様の教えに相反するものです。領民を土地に縛り職業の選択を許さず、神託によって決められた者同士が結婚するなど狂気の沙汰ではありませんか!」
少し声を荒げてみせたアイリーンに、船坂は驚いた。
この美少女領主はもしかすると密かに恋い焦がれている相手でもいるのだろうか。
いや、それよりも恋に恋するお年頃であったらしい。
「せ、せめてまだ見ぬ初恋の人と相思相愛になって結婚する夢、見たいじゃないですかっ」
「そうだね、恋人欲しいよね」
船坂は童貞である。
ささやかな恋愛経験は学生時代にもあったが、そんなものは毎度振られると相場が決まっていた。
会社勤めがはじまってからは職場にいる女性はすべて年上すぎるお姉さんだった。
そのすべてが既婚者で、すべてが年上過ぎたので恋愛感情まで発展する事は無かった。
船坂は熟練の大女優よりもグラビアアイドルの方が大好きだったのだ。
「も、もうすぐわたしたちの里が見えてきます」
取り繕う様に声音を変えてそう言ったアイリーンは、遠く森林地帯の切れ目から見える豊かな穀倉地帯が広がる大集落を指さした。
石造りやレンガでできた家々が立ち並び、丘の上にはひときわ大きな屋敷が見えている。
そこが村を収めている美少女領主アイリーンの邸宅という事であるらしい。
「周辺集落の中でも一番発展した場所ですよ、コウタロウさまもぜひごゆっくり逗留していってくださいっ」
「おわっと、待ってくれライフルを担ぎ直すから!」
美少女は無邪気に白い歯を見せながら船坂の手を引っ張ると、そのまま避難民たちの一団の中から抜け出して駆け出したのだ。