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47 ワンマンアーミー 1


 毛布を被って寝台に潜り込んでいた船坂には、次のような会話が聞こえた。


「大司教さま。南方の村々に威力偵察へ出ていたチームから、報告が届いております」

「ふ、ふむ。どういったものであるかの?」

「残念ながら行方不明になっている一部の斥候は、やはり現地に残っている兵と衝突した模様ですな。ほとんどの領主がカラカリルに入城したと思っておりましたが、南部のチルチル村についてはその限りではなかった様で……」

「チルチルだと? そなた、確かサザーンメキの一党と交戦した村の名前であったか」


 左様、いかにもその通りでございます。

 声の主はおっさんであろうか。恭しくもダミ声のよく通る響きで船坂は緊張する。

 少女司祭の股ぐらでじっと息を潜めながらも、P226拳銃のスライドを音も無くゆっくりと引いた。

 もしもの時は、いつでも毛布越しに拳銃を乱射するつもりである。


「大司教さま……?」

「にゃ、にゃんでもないぞ。ちょっとお股がくすぐったかったので、黙り込んだだけだの」

「それは……?! 失礼しました! 大変プライベートなお時間にご報告をしてしまった様で、配慮が足りませなんだ」

「い、いやよいのだ……」


 ゴソゴソと身じろぎした少女司祭は、毛布の中に突っ込んだ手で船坂の頭をけん制した。

 どうやら彼女、船坂の鼻から漏れる吐息で太ももがこそばゆかったと見えるのだ。

 そうしながら咳ばらいをひとつしてダミ声のおっさんと会話を再開する。


「北に敵のゲリラ集団、南に有力な敵の戦力が布陣しているのは問題ですな。直ちに迎撃部隊を送り込んで対処する必要がござります」

「ほほう、それでどうするのだ」

「二方面に戦力を分割して部隊を送り出すのは愚策ですな。どちらも教育の行き届いていない弱兵な王国の兵士どものなかでは、まだ気骨のある軍隊である事は間違いありません。現に少数とは言えチルチル兵には二度もこちらの送り出した戦力を蹴散らされておりますれば」

「北の遊撃ゲリラも未だに見つかっておらんしの?」

「……仰る通りでございます」


 チルチル偵察に出た斥候を撃退したアイリーンたちの存在を正確に把握したらしい。

 盗賊集団のサザーメキ一味と、斥候の両方が全滅させられたという事実から、これはかなり警戒されていると船坂も感じた。

 しかし敵陣の真っただ中に侵入している船坂に、出来る手段は限られている。


(やはり当初の予定通り、陣中で騒ぎを起こして邪神教団を大混乱に陥れるしかない。その隙に人質を奪還して、敵がアイリーンさんたちの方に眼を向けられない様にする必要が……)


 そのためには、いつまでも少女司祭にかまわれている場合ではないのだが。

 さてどうしたものかと思案していると、


「わらわに軍学の事などはわからぬ。戦争の差配は将軍に一任しておる故、直ちに作戦計画を立案し提案せよ」

「ははッ! 目下、北のゲリラ集団は規模も不明でどこに伏せているのか皆目見当もつきません。しかし南のチルチル村にいる領兵どもは、村の周辺にいる事は確実なので叩きやすいと存じます。よってまず、南のチルチル領軍をまず叩き潰す事に注力して、しかる後に迎撃部隊を北に返しまする」

「ではその様に致せ。今度こそぬかりなき様にな、邪神さまはいつまでも寛大ではないという事を心得よ」

「…………」

「返事はどうした?」


 少女に似つかわしくない、厳かでかつ冷酷にも感じられる声音が毛布の上から聞こえてくるのだ。


「邪神さまは偉大なり! では失礼致しますッ」

「待てッ」


 少女司祭の言葉にダミ声のおっさんも船坂もビクンとした。

 何事かと思って様子を伺うと、太ももをゴソゴソと動かして姿勢を変えようとした彼女は言葉を続ける。


「邪神さまからの天啓がまもなく行われるであろうの。しばし人払いを徹底し、信徒どもをわらわのテントに近づけてはならぬ」

「おおっ、それではいよいよ大司教さまと邪神さまの心がひとつに?!」

「一時的に、な。成功すればよいものだが、失敗すればわらわは心を邪神さまに奪われてしまうかもしれないだろう。よって、わらわの心を精神統一する必要がある」


 邪神教団の儀式というのが何であるのか船坂は知る由も無いが、これが少女司祭の口先から吹聴されているでっち上げである事だけはわかる。

 きっと邪神さまからの天啓とやらは、船坂と会話をする事を差している。

 人払いをするのはていの良い言い訳であることは間違いない。

 邪神教徒に船坂の存在が見つかれば、騒ぎになるのを警戒しての事だろうと彼は判断した。


「こ、心得ました。大司教さまが偉大なる邪神さまと心をひとつになされる事を、お祈り申し上げます……」

「わかったらもう行け、シッシ」

「偉大なり! 偉大なり!」


 こうしてシャアっと天幕の入口が閉められる音を耳にしてしばらく。

 身を潜めていた船坂であったが、突如として被っていた毛布をめくられて彼はビックリした。

 見上げれば、そこには顔を真っ赤にした少女司祭が下を向いているのである。


「天使さまのお持ちになった聖なる道具が太ももに触れるたび、冷たくて変な声が飛び出しそうになって、わらわは心臓が飛び出すかと思ったわっ」

「そりゃ失礼しました」


 船坂は童貞であるからして、頬を上気させた少女司祭に当惑しながら謝罪した。

 ヘルメット上の暗視装置が太ももを刺激していたらしいのだ。


     ◆


 短い時間だが、少女司祭とやり取りをしてわかった事がある。

 彼女たち邪神教団の司祭は、異世界から生贄として拉致してきた人間を邪神復活の儀式に使っている事。


「女神の信徒であるという事は、それだけで邪神さまにとって穢れを持っていると考えられておる故にな。邪神さまの降臨に必要なのは穢れ無き生贄でなければならないのだ。わらわたち信徒はそう考えておりまする。残念ながら生贄を多数集めるのはなかなか難しいため、まだ数も少なくて申し訳ないのですが……」

「そ、そうか大変だな」

「天使さまより労いの言葉を頂けて、わらわは幸甚の極みである。ありがとう存じます、ありがとう存じます」


 ペコペコとされた船坂は、自分がその生贄たちの同胞でそれを救出しに来たことを黙っている点に、申し訳なさを覚えた。

 しかしある種のストックホルム症候群であろうか。

 単純に美少女である司祭のあどけない仕草や照れの様なものに、心惹かれているわけではないはずだ。


「とにかく邪神さまがわらわに天使さまをお差し向けになったという事は、この土地に邪神さまの祝福をあまねく知らしめるために、次世代の救世主を求めておいでだと理解しておりまするからの」

「?」

「そうであるならば、まずわらわは身を清めて心と体の覚悟を示さねばならないであろう。また中座する事になって申し訳ないが、沐浴して舞うのでしばし失礼つかまつる」


 意味不明な発言をテレテレ顔で言ってのけた少女司祭は、その恥ずかしさを隠す様にローブのフードを勢いよく被った。

 すると丁寧に船坂に対してお辞儀をして、いそいそと天幕の外に出ていこうとする。


「あ、ちょ、」

「わらわはこれでも戦場であってすら、朝夕は身を清めておるでな。ささっと湯に浸かり穢れを外に出したら戻ります故、それほど待たせないですむであろう。仮設のお風呂場も隣にある」

「風呂に入るって事だよな?」


 一方的に語り終わった少女司祭が姿を消すと、船坂は我に返った。

 彼女が船坂と何をしようとしているのか儀式については定かではないが、どうも如何わしい心の契りを期待している節がある。

 船坂は童貞なのでそれを想像すればドキドキするとイタダキマースと言いたい気持ちもどこかにあった。

 だが、ここは敵の陣中の本部付近なのだから、そこで居直るほど恐ろしいことはない。


「アイリーンさんを助けるためには派手に暴れる必要がある。手榴弾の数は八つ、指向性対人地雷が二つ。M-4カービンとP226で、どこまで暴れられるか……」


 今のうちにこの天幕を抜け出して暴れまくりながら、隙をついて人質奪還作戦を実施する時が来た。

 陣地の内部で騒ぎが起きるのと、外部を襲撃するタイミングを合わせないといけない。

 まずは連絡を取り合わねばと船坂は冷静になる。


「こちらコウタロウ。シルビア、聞こえるか?」

『おい筋肉モリモリどうなっているんだ?! 返事が無くなったから心配したんだぞ! お、主にレムリルがっ!』

「今から生贄の場所を確認して拉致被害者奪還作戦を実施する」


 インカムのスイッチを入れて空音が耳に響くのを確認した後、船坂はそう宣言して少女司祭の天幕を出た。

 外ではどこかから陽気に鼻歌の様なものも聞こえてくる。

 あれは少女司祭のものだろうか。


 フフンがフン。邪神のフン♪


 調子っぱずれな酷い鼻歌であるが、その隙にひと気のない場所を慎重に選びながら場所を離れるのだ。

 冷静さを心がけながら指示を仰ぐ。


「レムリル、生贄の正確な場所を教えてくれ。外に出た、ここからどう行けばいい? 突発的な遭遇は避けて場所確認をしたいので、ユーリャは邪魔な存在があれば狙撃で排除してくれ。」

『わかりました、まずはそこを出て左に進んでくださいねー』

『コウタロウさま、おまかせください!』

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