16 盗賊のアジトを探り出せ
エルフの里の陽が暮れて後。
お互いに装備の最終確認を済ませると、サザーンメキのアジトを目指す事になった。
「コウタロウさま、問題ありませんでしょうかっ」
「う、うん。かわいいね……」
「ありがとうございます、頑張ります!」
美少女エルフ領主のアイリーンは、船坂が分割増殖させたブッシュハットを頭に被り、戦闘服上衣とフリルスカートを着用だ。
戦闘用グローブや軍用ブーツの類は現地で流通している革製のガントレットやブーツで代用して、その上から船坂と同じ防弾ベストを着用している。
華奢なアイリーンがスカート姿でAK-47を構えると、船坂にはコスプレにしか見えなかった。
「すごーい! 全部装備したらけっこうな重量になるんですけどー」
「荷物は最小限にしないと無駄な体力を消費してしまうからな。気を付けてね」
「はーい!」
狐耳メイドのレムリルは、ブッシュハットの一部をくり抜いて耳が飛び出す様に工夫をしていた。戦闘服の上衣はガバガバなので腕まくりをしている。
その下はやはりフリルスカートだが、何故か前掛けエプロンも付いている。ここはメイドとしてのこだわりファッションなのだろうか。
「ふむ。この防弾ベストというのは甲冑に比べれば圧倒的に軽いものだな。金属と樹皮の組み合わせだといったか?」
「そんな感じの素材だが、防弾と防刃兼用になっていたはずだと思う」
「必要があれば予備の弾薬はわたしに預けてくれ。まだ体力に余裕があるのでな!」
白銀の騎士シルビアは長身豊乳のお姉さんだ。戦闘服上衣の胸元ははち切れんばかりに自己主張をしていて、防弾ベストを着用しなければ目のやり場に困る。
下半身については動きやすさを考慮してスパッツの様なものを装備していた。そこに拳銃用レッグホルスターと長剣用のベルトを括り付けている。
「射撃訓練の時も言ったけど、弾薬の装填は戦闘を開始する必要が迫るまではしない様に。安全装置はしっかりと確認。それと、本当に夜間でもみんな大丈夫なのかな?」
全員の装備をチェックしながら船坂が質問を投げかける。
彼自身はヘルメットに装備している暗視装置を使えば、問題なく夜間の作戦行動も可能だ。
では三人娘はどうかというと、
「わたしは簡単な魔法が使えるので、必要があれば発光魔法を詠唱する事ができます」
「はいはーい、わたしは暗い場所でも昼間と同じ様に見る事ができますッ!」
「問題ない。騎士見習いは夜間の戦闘訓練も経験するのが当たり前だからな、馴れればどうという事は無い」
頼もしい返事が帰って来たので、船坂は大きく頷いて出発を宣言した。
さて、この時間になってサザーンメキのアジトを目指そうとなったのには理由があった。
捕虜となった盗賊は、普通の人間である。
普通の人間なので、装備も何もかも奪われた彼がまったく昼間と同じ様に活動するという事ができるわけもなく、ほとんど手探り状態でアジトに逃げ帰るだろう。
昼間ならば追跡されているのをまかれる可能性もあるが、船坂のナイトビジョンを使えば容易だ。
さっそく四人は納戸から放り出された盗賊を、少し離れた距離から追いかける。
「ただしチルチル村の領外に出た後は、捕虜が容易に逃げてしまう可能性があるぞコウタロウ」
「何しろ街道に沿ってひたすら夜道を歩いていけば、領外に抜ける渓谷を通過できるしな。その先で馬でも使って逃げられると、アジトまで追いかけるのがやっかいだ」
転がるように逃げる盗賊と遠目に見やりながら、シルビアと船坂が思案した。すると、
「お任せ下さいコウタロウさまー。わたし、これでも鼻は利く方なんです、すんすん」
「おお、レムリルは夜目も嗅覚も優れているのか。さすが狐獣人ですね」
「エッヘン!」
ロリ巨乳のレムリルが自己主張をすると、ぶるんと戦闘服に隠されたお胸が揺れた。
これは色々と幸先が良いぞなどと船坂は内心でニッコリしたが、チラリと暗視装置に映ったアイリーンの顔は、とても嫌そうな顔をしていた。
「わ、わたしにもう少し膨らみがあれば、コウタロウさまの笑顔を独占できたのですけどっ……」
戦闘服の上からでもわかる断崖絶壁の辺りをさすって見せる美少女領主である。
山登りをする事は出来ないかも知れないが、ロッククライミングならきっと楽しめるから安心しなよなどと、間違っても口に出来ない船坂はチキンハート。
しばらく無言になりながら解放した盗賊の後を付けていく。
領境の渓谷を抜けると足取りはますます早まって、少しでもアジトの仲間たちに船坂たちの事を知らせようと焦っているみたいに感じられた。
「このまま集落から馬でも失敬するつもりなのかな、あいつ」
「どうでしょう。馬は高貴な身の上の人間でなければ、農耕用のものぐらいしか飼育していませんし。奪うリスクを考えれば徒歩の方がいいのかも知れません」
「ふむ。アイリーンの言う通り確かにわき道にそれる気配は無いな……」
街道沿いに見える集落からは、夜の明かりが漏れていた。
ひた走りに進み続ける解放された盗賊は、どうやらこの先にある街を目指しているらしい事がわかった。
「サザーンメキのアジトは街の中にあるのか? 街の様な目立つ場所にアジトがあるとは考えにくいが、どう思うシルビア?
「街に本拠地はなくとも仲間の一部が集まっている場所があるのかも知れない」
「なるほど。街の外にアジトがある場合は、そこで仲間と連絡を取ってアジトに向かうのか。あり得る話だ」
村と街の外見上の違いが何かあるとすれば、それは城壁の有無だ。
船坂たちが眼の前にしているカラカリルの街というところには立派な城壁があって、夜になると街中へとつながる城門が閉ざされる。
盗賊を追いかけていると街道を外れ、城門のある場所とは明後日の方向に進みはじめる。
目的はどうやら城壁超えらしい。あるいは地下を通って抜けられる様な秘密通路みたいな場所がどこかにあるのかもしれない。
そう思っていると、案の定それらしきものが発見された。
「レムリル、俺にはあそこに崩落した城壁の隙間みたいなのが見えるが、間違いないよな?」
「はいコウタロウさまー。木の板で塞いでるみたいですけど、盗賊が強引にこじ開けているのがわたしには見えます!」
船坂が確認を取ると、やはりレムリルにも同じ様に見えたらしい。
「近頃は政情不安定で戦禍が絶えなかったですからね。カラカリルのご領主さまも、傷んだ市壁の修復まで予算が回っていないのかも知れません」
「世知辛い世の中ですねアイリーンさん。けどチルチルの村は俺がいる限り守って見せますよ」
「はい、コウタロウさまっ」
暗闇の中で顔を見合わせる船坂とアイリーンである。
異世界から放り出されて行き場のない彼を、アイリーンは女神様の守護聖人と勘違いして洋館に招いてくれた。
野良犬だって三日飼えば恩を忘れないということわざもある通り、美少女エルフ領主と三日過ごせば里心はつくのである。
「……コホン、お取込み中のところすまないがな」
「べ、別にお取込み中などではありませんシルビアっ」
しかしアジトが街の中に存在しているために、全員が中に入るのは問題があった。
シルビアは暗闇の中で難しい顔をして状況を説明した。
「このままむやみに四人でカラカリルの街に侵入するのはやめた方がいいぞ。この治安の悪さで、街の衛兵たちが夜間の巡回をしている可能性があるからな。通行手形も持っていない怪しい人間を見つけたら、わたしならその場で逮捕するな逮捕」
「ではどうしましょうコウタロウさま」
「くそっ、まごまごしていると盗賊を見失ってしまう……」
すると盗賊を見張っていたレムリルが振り返ってこう提案した。
「はいはーい。わたしが行って様子を見てきましょうか?」
「お願いできるかレムリル」
「コウタロウさまのお役になてるなら喜んで!」
ひとまず残された三人は、狐耳メイドの報告を待ってから次の行動を決める事にした。
レムリルは元気印の絵がを見せると、崩れた城壁の隙間から消えた盗賊を追いかけて、音も無く追跡を開始したのである。