次期王位の行方
シオンが百合の宮にリルを極力近づけさせないように配慮をしてくれるので、例のあの事以来クオンと顔を会わせることなく、後宮での仕事をする日々は平穏に時は過ぎてゆく
王子達がそれぞれ問題があるからか、後宮のいわゆる女の戦いは皆無と言っていいほどである。
「リールー」
遠くからにこにことかけてくるのはトウハである。
後ろから侍女が追いかけつつ、
「そんなに走っては危ないですわ!」
と言われた瞬間、トウハはバランスを崩して転んでしまう。
「…っあ!」
見事にすっ転んで草と泥で汚れたトウハは泣きそうになっている。大の男が膝を押さえて、涙をこらえる様はなまじ姿が見目の良い青年なだけに違和感が拭えない。
「リルに、あげようと思ったのに…」
転んで擦りむいた手には、薔薇の宮の可憐なピンク色の薔薇。しかし、それは無残になってしまっている。
「お気持ちだけで嬉しいです。トウハ様」
リルは魔法を使うと、光と風がまとわるようにトウハの汚れを払い傷を清める。
放っておいても治るような怪我には治癒魔法は使わないのだ。
「わ…すごいねリル。ありがと」
無邪気に笑うその顔にリルも思わず笑みをむける。
「リルはお花が好きでしょう?だから、あたらしい薔薇を見せたかったんだ」
カイルとクオンを見ていると、なんだか年上であるはずなのにトウハが可愛らしく見えてしまう。
「そうでしたか…」
リルは後宮の花をよく見つめている。だからトウハはリルが花が好きだと気づいたのかもしれない。
リルは無残になった薔薇を魔法で元の姿にする。
ひしゃげた花びらがフリルのようにふんわりと開いてゆく。可憐な花びらは淡いピンク色で優しい雰囲気だ。
「嬉しいです。ありがたく頂戴いたします」
「うん」
トウハもにこにこと笑っている。
「じゃあね!」
無邪気に手を振るその姿は本当に小さな少年のようである。
立ち去っていくトウハを見送っていると、背後から呼び掛けられる。
「シオン、リル」
アイラとユアンが立っている。
「紫紺の宮に呼ばれた。君たちも一緒に行こう」
紫紺の宮は、王 コウガの住まう宮である。
そこは、お城の方にありそこに呼ばれるのははじめての事である。
紫紺の宮は彫刻があちこちに施され、天井には優美な絵画、艶々と光調度類。何もかもが圧倒的で部屋その物が芸術品である。
紫紺の宮は王の居住空間であり、その一室で謁見となる。
アイラとユアンが膝をつくので、リルもそれにならう。
魔法使いたちは、王のものであるからだ。他の誰にも膝はつかないが、王にのみ膝をついて挨拶をする。
王の横には第一王妃から第四王妃までが並んで控えている。
他には王の側近が控えていた。
「ユアン、アイラ」
「はい」
「お前たち…王子たちをどう思う」
低く響くコウガの声に、ユアンが淀みなく返答する。
「失礼ながら…王子様がたはそれぞれが問題を抱えておいでです」
「誰が、ましだ」
むっつりと機嫌の悪いコウガである。
「…お答えしかねます」
「…メルサ、セリーヌ、ユナリア、シオリ。お前たちはどうだ」
「カイルなら…服装を改めればなんとかなるのでは…」
第一王妃のメルサがおっとりと言う。
「トウハでは臣たちに侮られてしまうでしよう」
「カイルは…男の姿は嫌がりますわ。心は乙女だと申しております。とても軍を率いたり…王の仕事は出来ませんわ」
セリーヌがいい、
「女好きではありますけれど、ここはクオン様がよろしいのではないでしょうか?」
「クオンは、いつも昼も夜もなくいつも女性と戯れていてあれでは国のお仕事は無理でしょう…。ルルドも…わたくしにすら顔を見せてくれませんし」
ユナリアが見るからに困ったように言葉を紡いだ。
「私は五人も息子がいるのに、誰一人としてまともな男がいないとは。なんとかならないのか」
「「「申し訳ございません」」」
メルサとセリーヌもユナリアが口を揃えて謝る。
「アランは…戻せないのですか?」
シオリがそっと発言する。
「アランは亡くなった訳ではありません。彼はとても優秀な子供でした。国の為に彼を戻せないのですか?」
「…魔法使いたちには魔法使いの掟がある。それは出来ない、アランは亡くなったも同然だ」
その言葉にはらりとセリーヌの瞳から涙がこぼれている。
そっとメルサが隣から手を握っている。
「もうよい、それでは決めた」
コウガが入り口にいる従者に声をかける。
「ゴーント侯爵一家をここへ」
ゴーントと聞き、リルはぴくりとした。




