奪われた魔法
百合の宮に着くと、特に異常は無さそうだが、魔法をより意識する為にブレスレットに触れるとチャリっと音をたてる。
「ああ、リル」
顔馴染みになりつつある侍女がリルに向かってくる。
「クオン様がリルを呼んでいらっしゃるの」
「私を?」
リルは怪訝に思いながらも、クオンの居室に通された。
「ああ、魔法使い。来たね」
大きめのソファにゆったりと寝そべるクオンは目の前に女性を膝まづかせて、その髪を指先で弄っている。
「みんな下がって。魔法使いと話がしたいんだ」
微笑むその顔はとても美しく妖艶な雰囲気すら漂う。
「君もだよ」
ほとんど下着といっていいワンピースの女性は
「えっ」
と戸惑った顔をしている。
「聞こえなかったの?下がって」
「は、はい」
よろよろと立ち上がる女性はリルよりもいくらか年上に見えた。
キッと睨み付けられてリルは軽く頭を下げてやり過ごした。
カイルの服装はいつも着崩したしどけない格好である。
「ねぇ、魔法使い」
「何でしょうか?クオン様」
「君は何歳?」
「16です」
「ボクは17歳。だから、一つ年下だねリル」
「ええ、そうですね」
「正直に答えてよ?」
「…内容によりますが」
「君たち魔法使いは一緒に暮らしてるの?」
「…なぜ?そんなことを?」
「興味があるんだ、魔法使いに」
リルに近づいたクオンが目の前に立つと、意外なことにリルよりも随分と背が高く立派な体格をしている。
クオンは手首を掴むと、チャリっと音をたてたブレスレットを見ている。
「…落ち着いてるね、リル。男と、二人きりなのに…ボクがさっきの女性と何をしてたのか、わからない訳じゃないでしょ?」
「ええ、わかります」
「だよね?」
くすっとクオンが笑う。
手首を掴んでいない方の指がリルの頬を撫でる。
「お止めください、クオン様」
リルは顔を背けた。
「みんな、喜んでボクの相手をするけどね…」
おかしそうにクオンは笑う。
「魔法使いはそうでない女性と違うのかどうか…気になるんだよね」
クオンに対して魔法をかけるのはいけないだろうが、さすがに逃れるべく魔法をつかう。
「えっ」
リルは思わず声をあげた。
魔法が…効かなかったのだ
くくくっとクオンが喉の奥で嗤う。
「魔法で逃れられるから、余裕だったみたいだけど、残念。ボクには魔法は効かないよ?」
「あっ、」
リルは次の瞬間、クオンに押し倒されて床に押さえつけられていた。クオンの目は何かを探るかのようにリルの目を覗きこんでいる。
制服のボレロがはだけさせられ、リボンとボタンがあっという間にはずされる。
「クオン様!やめて」
「魔法を使えない、魔法使いなんて…やっぱり普通の女の子なのかな?」
ぐいっと肌を顕にされてリルは頭上に押さえつけられた手を必死に動かして、何度目かの解放の魔法使ってみる。
「ねぇ?リル。正直に答えなよ、ここに跡をつけたら君の恋人はどう思うかな?」
ブラウスから覗く首筋から胸の谷間まで白い肌がさらされている。天使のような外見と裏腹に、クオンからはリルを傷つけることなど眉一つ動かさずに出来る冷酷さが見え隠れする。
「アランの居場所は?」
クオンの質問は、またしてもアランの事。
「…知りません!」
「嘘だ、君は知ってるはずだ。アランと君は16歳、ここに修行にくる魔法使いのこの見習いの中に必ずアランがいるはずだ」
「アランという魔法使いは知りません」
「…君は強情だね」
クオンはそういうと、体で押さえつけた下半身に手を伸ばしてくる。
「こっちをいたぶってほしい?それとも、本当はボクに抱かれたいのかな?」
スカートが捲られて、脚に外気が触れる。下着にクオンの手がかかるのが分かり、リルはとてつもなく動揺した。
「いや!」
名を呼べと、ジルの声が甦る。けれどジルはきっと何か仕事をしている。それに…こんなところ…。
首筋にクオンの息がかかる。
「シオン!…ルシェール・カイオン助けて…!」
この後宮にいるリルの仲間…。
(ルシェール・カイオン・オーガ・エンティニア助けに来て!)
「やれやれ、助けを呼ぶのか?魔法使いの癖に自分の身も守れないなんてね…」
嘲るように言われて顔色を無くすと、ほどなく燐光が現れてシオンが登場する。
シオンは目の前の光景に眼差しをきつくした。
「…リル…!!」
シオンの登場にクオンはあっさりとリルを解放すると
「ナイトの登場か…」
「戯れが過ぎます」
シオンは真顔で言うと、リルを助け起こした。
リルはさっと胸元を閉じて、ありがとうとシオンに言った。
「たんなる、気まぐれだよ?魔法使いはこんな時どうするかと思ってね」
「リルは…魔法使いはあなたの物でも何でもありません。気まぐれで押し倒していい訳がないでしょう」
シオンが冷静に言って、背後にリルを庇う。
「行こう」
リルにそう声をかけて、シオンはクオンに向き直る。
「リル、君はやはり知っている。そうだろう?」
何を、と聞くまでもない。アランの事であろう。
「知らないものは知らないとしか言えません」
「強情だね。魔法使いというのはみんなそうなのかな」
リルはふいっと顔を背けて、クオンの部屋を後にした。
「…どうした?」
「魔法が…効かなかった…」
「効かなかった?」
「何故か分からないの。何の魔法も、彼には通用しなくて…」
「魔道具、みたいな物かもしれないね。魔法攻撃を無効化する」
「無効に?」
リルとシオンは百合の宮を出る。
「リルは近づかない方が良い」
「うん…」
「大丈夫?」
「…うん…」
決して、魔法使いになりたいと思ってなったわけではなかった、なのに、魔法がなければあまりにも自分は無力なのだと思い知らされた。
夕刻、魔法使いの竜の庭でジルの後ろ姿を見つけて、思わず声をリルはその背に走りよった。
どん!とぶつかるように頭をつけたので
「ビックリした、リル?」
「…うん…」
いつも通りのジルの声に、リルはクオンから受けた仕打ちが蘇りはらはらと涙が溢れる。
魔法があるから、と自分を過信し油断していた。その事も悔しくなる。
「何があった?」
「…うん、平気…何でもない…」
「何でもない事、ないだろ」
後ろからシオンが言っている。
「…もしかして、リルとジルは…」
「まぁ、そういうこと」
ジルがシオンに言っている。
「何があった?」
再びジルが今度はシオンに聞いている。
「女好きの、馬鹿に押し倒された」
「何だって?」
「シオンが…助けてくれたから、本当に何でもなかったの」
「…とりあえず送るから、フリードに乗って帰ろう」
「ありがとう、シオン」
「おう頼むな」
リルはジルに介抱されるように、フリードの背に乗った。
同じ…男の腕なのに…ジルの腕は安心できる。
「リル…」
「…魔法が、効かなかったの。魔法が使えないって…あんなに無力なのね…」
涙が…なかなか止まらない、
二度とクオンには会いたくなかった。




