恋人たちの時間
後宮での初日は、王子たちそれぞれがとてもインパクトが凄すぎて、リルは仕事を終えると精神的にくったりとしてしまった。
お城の魔法使いたちの竜の庭に向かうと、ジルが待っていた。
「お疲れ様、リル」
「ジル待っててくれたの?」
「うん」
微笑んでリルを見るその瞳はとても優しい。
リルはシェリを呼び、ジルはフリードを呼び、空を旋回する竜に向かった浮遊するとその背に乗る。
お城を後にして竜はリルの住まいへと一直線に翔ぶ。
「今日はうちでいい?」
近頃はほとんどどちらかの家で夕食を共にしている。昨日はついに一夜を過ごしてしまった。
「ごちそうになるよ」
ジルのいつも通りの声にリルはほっとする。
リルの家に着いて、制服の上着を脱いでハンガーにかける。
キッチンで魔法を使うとあっという間に料理は完成する。
リルが作ったのは、パンとサラダと野菜と肉を煮込んだものである。
キッチンには、魔法使いの街で買った材料が保存魔法をかけられて備蓄されている。その中から、選んで魔法を使うと完成するのだ。魔道具は本当に便利に出来ている。
「では、ありがたく頂きます」
「どうぞ召し上がれ」
折り目正しくいうジルにリルも微笑んでこたえた。
あらかた食べ終えたジルは
「俺、アラシとペアになった」
アラシの名につい反応してしまうのは、もはや癖なのだろうか…。
「え、そうなんだ…どう?」
「まぁ、相変わらずの仏頂面だけどね。アラシの実力は凄いし負けてられるかって気にさせられるね。マユリみたいに世話はかからない」
くすっと思い出したように笑う。
ジルとアラシならさぞかし見ごたえのある魔法使いのペアになるだろう。
「そう、じゃあマユリは誰と?」
「マユリはディオンだ」
「ディオンかぁ…マユリに振り回されそうね」
「マユリに振り回されない魔法使いがいると思えないけどね」
ジルがおかしそうに言うと、リルも本当にそうだと笑った。
「リルはシオンとだろ?後宮もどうだった?」
「シオンはすごくいつも冷静で凄いよ。今日なんか…王子様たちにお会いしたけれど…全く動じていなくて」
「シオンらしいね」
ジルは食べ終えたお皿を脇に避けてリルを見つめている。
「リル…今日は大変だったんだね…。後宮は一癖あるだろうし、疲れただろ?帰った方が良かったらこれで帰るよ」
リルは少し迷う。
「もう少し一緒に…居てくれる?」
ジルの言うように、色々とあって疲れていた。後宮のあれこれを話すつもりはなかったけれど、近頃ではジルの存在がリルに安心感も与えていて
「リルが許してくれるなら」
ジルは少し目を伏せてお茶を飲んだ。
長い睫毛が頬に影をさしてゾクリとするくらい色香が漂う。
「昨日の事…嫌じゃなかったか…気になってた」
「…嫌だったら…魔法でも使ってなんでも、逃げてたから」
リルは照れ隠しに顔をそらしながら言った。そう言いつつ魔法で、お皿を片付ける。あっという間に机の上はきれいに片付く。
「もっと…ゆっくり時間をかけて距離を詰める予定だったのに」
ジルは自嘲気味に笑う
「月下香が…香ったから…」
夜に強く香る月下香。その匂いは甘く官能的で…それはリルの無意識の魔法。
つまりはリルが誘ったような気がしてジルを責める気は全くなかった。
「今日も…やっぱり香るね」
ジルがリルの手のひらを掴んで引き寄せた。また危うく香りを発してしまいそうな気がして慌ててリルは離れた。
「…お風呂…入るでしょ?」
魔法を使えばキレイにはなるけれど、やはり湯船を使うのは気持ちが良くてさっぱりするのだ。
「先にいっていいよ、それとも一緒に入る?」
「…一緒にはダメ…」
リルは頬を赤らめてそう言った。ジルもきっと冗談だったようで笑っている。
「本、借りてるよ」
リルは先にバスルームに向かって、たっぷりの湯船に浸かる。
(…これじゃ…誘ってる…ようなものよね…)
マユリの言うところのアレとかコレとかソレ。
一度越えてしまったラインはなかったことには出来ないのだ。
ぷくぷくぷくと、湯船に顔まで浸かってから、顔をぶんぶんと横に振るう。そして好きなシャボンを使っていつもより丁寧に洗ってしまう…。
待たせている、と思うと長湯をする気にもならず上がって、魔法で乾かすとネグリジェとガウンを身に纏う。
「ジル?」
ジルはリルの部屋の蔵書から、どうやら魔法構築の本を読んでいた。リルには苦手な分野だが、アラシもジルもこの分野に研究熱心なのだ。
「借りていいのかな?」
「…どうぞ」
赤くなるまい、と思うと赤くなってしまう。
「じゃあ、遠慮なく」
バスルームにタオルとそしてガウンだけは出した。着替えは用意していないから、魔法でも出すことは出来ないのだ…。
ガウンが2枚あって良かった…。これは時々クローゼットに入れ忘れてしまうからだった。
そして、忘れずに脱いだ制服をクローゼットにしまう。
ラグの上に大きめのクッションを置いて、その横に壁に備え付けた本棚と下に大きめの窓と棚がある。
棚に冷たいレモネードを用意してリルは王家の本を出して読むことにした。
お城の後宮に住んでいるのは王と四人の王妃。
そしてその子供…。五人の王子と二人の姫君。
その五人の王子様は、リルの想像を明後日の方に吹き飛ばすような人達だった。リルには偉い人達の事はわからない…。けれどわからないから放っておけばいいという訳でもない。そこに関わる訳だから。
「熱心に読んでるね」
「あ…」
ガウンはリルのであるから、当然ジルには小さい。
「ごめんねそれしかなくて…」
七分丈になった袖と膝丈になってしまった丈が体格の差を思い知らせる。リルには身を覆うほどであるのに。
「…俺に着れるのがある方が驚くよ」
くすっとジルは笑うとリルに寄り添うようにラグに座った。
湯上がりできっちりと整えられていない髪が顔にかかっていて、寛いだ姿がリルの眼を釘付けにしてしまう。
「王家の、か…」
リルの読んでいた本を見るとジルはそっと言葉にした。
「ジル、レモネード飲むでしょ?」
何気ない風を装ってリルは魔法でもうひとつ棚に出した。
「ありがとう、もらうよ」
すぐそばで、レモネードを飲むジルのその飲み下す様がなんだかとても色香を放っていて、リルはまた月下香の香りが鼻腔を刺激するのを感じた。
「リル…ここへ来て」
ジルの青い瞳がリルを側に誘う。
リルは芳香を放ちながら、ジルのその膝に座った。
サラリとリルの金茶色の髪がジルの長い指先で背に払われて、鼻と鼻がつきそうなほど顔が近くなる。
リルは自然と目を閉じた。そっとジルの胸に手のひらを当てて、唇を待った。
ジルの唇は、柔らかく心地よくてリルはうっとりとそれを受け入れた。
背に回されたその手がとても温かくて心地よい。
うっすらと瞳を開けると、青い瞳が情熱的な光を湛えてリルを見ている。
今度はリルから唇を寄せて、ジルの唇を柔らかく食んだ。
よりいっそう月下香の香りが濃厚になりリルは、切ないため息をひとつついた。




