王子たち ①
アイラとユアンに連れられて、リルとシオンは後宮に足を踏み入れた。
草花の咲き誇る庭園を横にして廻廊を歩くと、そこは平和そのものの空気感である。
「アイラ、その子達見習いなの?」
前から歩いてきた黒髪と紫の瞳の背の高い美女がそう声をかけてきた。
美女…なのだが…。声は低く、野太い。
「カイル様そうです。魔法使いの修行中のシオンとリルです」
にこにことアイラは対応しているが、リルは圧倒されてしまう。
「あら、そう~。僕はカイル、第二王子よ」
にっこりと微笑むカイルは、顔だけ見ていればとてつもなく美女なのだが…背の高さといい、胸のなさといい、どう見ても男に違いないのに美しい赤色のきらびやかなドレスを着ていて、それがまたとてつもなく美しい。
「ビックリしちゃった?でも僕には似合ってるでしょ?このドレス」
「はい、とても良くお似合いです」
にっこりと冷静にシオンが答えていて、リルは全力で動揺を押し込めた。
「私も良くお似合いだと思います。とてもおきれいです」
「ありがとう、二人とも」
ふふふっと微笑むカイルにリルもひきつらないように笑みを返した。
「リルとシオンは今いくつ?」
「16歳になりました」
「そう、16に」
カイルは艶々のピンク色に色づけた唇に指を当てて少し考えている。
「アランを知ってる?」
アランとは…第五王子アランシェットの事だ。
カイルはアラシの同母の兄であるのだ。少しだけ、面差しが似て、いなくもない。
「申し訳ありません。わかりません、カイル様」
シオンが迷いなく言う
「私もわかりません、申し訳ありません」
「本当に?」
キラリとその瞳がリルにロックされている。
シオンよりもリルの方が攻略しやすいと思われたのかもしれない。
「カイル様、先を急ぎますのでこれで失礼致します」
アイラがニコッと笑みを向けて、一礼をする。
「そう?後で僕の部屋にも来て欲しいな」
「わかりました」
カイルと離れて奥へと進む。
「この奥がキッチンになるの」
キッチンメイド達が働くキッチンにたどり着くと、ちょうどこれから運ばれる朝食が並んでいた。
「まずは、料理に毒がないか調べて…」
ユアンが調査魔法を放つ。
「それから、運ばれるまでの保護魔法をかけるの」
続いて、アイラが保護魔法をかける。この魔法は余人の関与を防ぐと共に品質を保持してくれ温かいまま貴人に届けられる。
「毒…」
「一応よ」
ニコッとアイラとユアンが良く似た顔で笑う。
何やらこの笑顔が胡散臭く見えてきて仕方がない。
後宮にはそれぞれの王妃の住まう部屋と、それから王子たちの居室があり、それぞれの侍女たち、それから下働きのメイドたちが住まっている。
後宮内には騎士たちの姿も随所に見られて警護も固そうである。
「魔法使い~!」
遠くから呼び掛ける弱々しい男性の声がしてくる。
「…二人とも、来たわ。先程と同じく驚かないで」
アイラがそっと小声で言うと、その声がした方をにっこり笑みで
見つめている。
程なくして転がるように青年…いや…見た目だけは青年なのだが。黒髪と紫の瞳の端整な顔なのだが、その顔つきは涙と鼻水で台無しである。
「魔法使い…えぐっ…えぅっ」
泣きじゃくりながらアイラに向かうその姿はまるで幼い男の子そのものだ。
「まぁどうなさいましたか、トウハ様」
トウハ…つまりは第一王子ということだ。ユアンはアイラに任せる、という雰囲気で控えた場所にいる。
「か、籠からことりさんがにげちゃった…ま、魔法使い探してほしいの…」
「まぁ…ですがトウリ様。そういった事に魔法は使えません。ですが、ことりさんが帰ってくるようにおまじないはしておきますね」
ニコッとアイラが微笑みを向けて、呼び寄せの魔法をトウハにかけた。
「か、かえってくるかなぁ…」
「そのように私も願います」
「ま、まぁトウハ様、こちらにおいでですか」
騎士と侍女達が慌てて駆けつけてくる。
「魔法使いがことりさんがみつかるようにおまじないをかけてくれたんだぁ」
「まぁ、それはよろしかったですわね」
にこにこと侍女達がそっとその大きな姿の男の子を抱き寄せて、魔法使いたちに一礼をする。
「さ、うろうろしては怪我をしてしまいますわ、魔法使いがまじないをしてくれたのですから、お部屋でことりさんが帰ってくるのをお待ちしましょう」
「うん…そ、そうする」
えぐっえぐっと泣きじゃくりながらトウハはまた立ち去っていく。




