花畑の虹
休日に、竜のフリードの背にジルと二人で乗ったリルに、ジルはしばらく翔んだ所で
「いいよって言うまで、目を閉じてて」
とふいに、そう言ってくる。
「ええっ?なあに?」
「いいから」
戸惑いつつもリルが目を閉じたのを見ると、フリードは速度をあげて目的地に向かって一直線に向かう。
「そのまま…降りるからね」
言われるままにリルはジルの腕に導かれて、地面に降り立った。
「開けていいよ」
そっと開けると、そこは深い森の中にある花畑であった。可憐な紫色のラヴェンダーの花たちが風にそよそよと揺れて楽しげにおしゃべりをしているかのようだ。紫の花が自然の技で美しく咲いているその様は圧倒的な色彩で目を奪う。
「わあ…」
リルはぐるりとまわる。
「どう?気に入った?」
「とっても…素敵!」
リルの心からの言葉にジルもとても嬉しそうに微笑む。
「ここを見つけた時にリルとここに来ようと思ったんだ」
「…嬉しい…ありがとう」
ジルは手を花たちに翳すと、その花畑の上に虹の橋を架ける。
キラキラと輝くその美しい橋は遠く花畑の向こうまで行き着いた。
「リルは、この魔法が好きだったよね」
「覚えてたんだ…」
遊びでよくこんな大きなものではなかったけれど、ジルはよく小さく虹の橋や、小さな花火出してくれていた。
「おいで、リル」
その橋の上に立ちジルが手をリルに向ける。
「…立てるんだ…凄い…」
魔法で作り出したその橋を実体の橋のようにすることはとても難しいことだ。
リルは伸ばされたその手を握って、一歩足を踏み出した。
橋と足が触れると、ティン!と光が波紋のように拡がる。
もう一歩踏み出すと同じように…。
花畑の上をこんな風に歩けるなんて本当に夢の世界のようだ。
リルの好きな物をありったけ見せようとしてくれるジルのそのまっすぐな優しさを感じて、それはほのかに傷付いた心の隙間にそっと染み込んでいくかのようだった。
「…ジルはどうしてこんなに、私に優しいの?」
「言ったはずだ。君が好きなんだと」
ジルは立ち止まって、リルの方を振り返った。
風に靡く髪がさらさらとジルの顔を撫でている。
その顔は穏やかに微笑んでいる。
「私はまだあなたに何も応えていないの」
「言ったはずだよ、ただ待つつもりはないと。リルの目はいつも…アラシを追っていた。俺はそれを見ていたよ。だからこそ…今…振り向かせたい、俺の方に」
リルはそんなにアラシを見ていたのだろうか…。その見ていた気持ちが何なのか自分でも分からずにいるというのに
「私は…狡いんだわ。とっても…ジルのその気持ちを利用しようとしてる。アラシへの…この訳のわからない気持ちを、忘れたくて、あなたにすがろうとしてる…」
リルの菫色の瞳からは涙が一筋頬を伝う。
「俺だって狡い、弱ってる君を慰めて隙間に入り込もうとしてるんだから」
ジルは狡いという…。でもその狡さが今はリルを慰めている。
「私を…見ていたの?ずっと…」
「見てたよ。小さい時からはリルはいつも努力をしていた、一生懸命でひたむきで…。俺はその姿にとても力付けられていたし、負けてられないと思っていた。それにリルは…花のように可憐だ」
可憐だと言われてリルはむず痒い気持ちになる。
「…はずかしい…」
思わず笑ってうつむくと、ジルが一歩リルに近づいた。
「狡くていいから、俺にすがって…利用しろよ」
まるで穏やかな清流のようなジルの気配。昔のジルはとてもやんちゃで、こんな風に穏やかな笑みは見せなかった。喉の乾きを癒す旅人のようにその流れに惹かれるように、リルは少しジルの方へ歩を進めた。
「…でも怖いの、少し…」
ジルを傷つけないか…そして、今の…これまで築き上げた物の全てがが崩れ去るような…
すでに6歳で一日で何もかもが変わったことを経験しているリルはまたそれが怖いのだ。
「全部、俺のせいだ。俺が強引にリルを奪ったんだよ、こうして…」
ジルはそう言うとリルの後頭部に手を当てて、唇を合わせてきた。
ジルの清流と、リルの光が弾けて魔法の力が合わさって虹色の光の粒が踊る。リルは今、確かにジルに惹かれている、その優しさとそのまっすぐな想いに…。
「私を愛してる?」
狡い聞き方だ…そう思うと声が震えていた。
「愛してるよ」
きっぱりと返してくるジルの言葉は怖れ、そして惑うリルの心を射ぬいてくる。
「ずっと側にいると…いたいとそう思ってくれている?」
「側にいるよ。どんな時も」
「約束よ…誓って…」
リルはジルの肩に額をつけた。
アラシもそして親友のマユリでさえ…。最早一緒の道は歩けない。子供でないと、そう諭されそして悟ってからこんなにも…。誓いを求めるほど心細かったのだとリルは知った。
「誓うよ、だからリシェル・リーナ、君の心に俺の名を刻んで。俺の心にはすでに君の名前が刻まれている」
今度は長く深く、ジルとリルはぴったりた寄り添うように抱き合いながら口づけを交わし続けた。
力強く抱き締めるその腕が、リルの不安を消して孤独ではないと教えてくれる。その心地よさにリルは身を投げ出したのだ。




