魔法使いのデート ③
「他はどこにいこうか?」
「うーんどこにしようかな?」
「希望がなければ、付き合ってもらってもいい?」
「もちろん」
ジルは降り立った時のような人気のない路地に入ると、フリードを呼んでまた二人で鞍に乗る。
一日、ジルといたせいか朝とはちがってリルは一緒にいるという事に少し慣れてきていた。
森の緑と、川のせせらぎの美しい土地にフリードと共に降り立った。ジルの手を借りてフリードから降りると、山のその切り立った所から、遠くにお城のような屋敷が見える。
立っている二人を強い風がなぶる。髪が風にあおられて、後ろに靡く。
じっと周りを眺めるジルのその表情に、ここがジルの故郷なのだとリルはふと思った。
「リル、俺の名前を知ってる?」
この間の、魔法石を貰うときにリルはその名を聞いた。
「…ジルヴェール・アルディーン・ルーフェ・リース・ミルランディ…」
そう謳うように呟くとジルは嬉しそうに微笑んだ。
「覚えててくれたんだ」
「うん」
「もう一回、呼んで」
「ジルヴェール・アルディーン・ルーフェ・リース・ミルランディ」
「リル…リシェル・リーナ・エーメ・クロイツェル」
そう言ってジルはリルの方を見つめると
「君が…誰かを必要とするときには…俺の名を呼んでほしい。そうすれば必ずどこにいようと駆けつけるよ」
「ジル…」
リルの返事は聞かずに、ジルはリルの手を取ると、まるで騎士のように手の甲にキスをした。
「成人したら…この地に来たかった。リルとこうして来れてとても満足だよ」
フリードに再び乗るとフリードは力強く飛び立った。
リルは、そっと振り返ってジルの故郷をもう一度見た。
美しい自然の景色。
大きな屋敷と、森と山と、人々の住む点在する村と…。
それはみるみる小さく遠ざかる。
「リル…次の休みにはまた、一緒に過ごしてくれる?」
リルの家の上空に着くと、ジルはそう尋ねた。
「うん…」
リルは気がつくとそう返していた。
「今日はありがとう、楽しかったわ」
そう言うと、リルはフリードから降りて手を振った。
家に着いて、鏡を見たリルは耳朶に揺れるピアスをつけた自分を初めて見た。
小さくさりげないはずのそのピアスは、キラキラと存在感を放っていた。
何も考えずに、あけてもらって着けてもらったけれど…。
リルは鏡を見た瞬間に軽はずみだったと…そうはじめて思った。
「…どうしよう…」
異性にピアスをあけてもらって…着けてもらうなんて、恋人でもないのに、意味深だった…。
「いけない事を頼んだのは…私の方だわ…」
リルはベッドに突っ伏してしまった。まだ寝るにはずいぶんと早すぎる。けれど…一瞬で出来るはずの夕食も、喉を通る気がしなくて…キッチンにも行かずにその夜は過ごしたのだった。