魔法使いのデート ②
ジルはフリードごと姿を隠す魔法を使うと、そのままリルの腰を支えたまま薄暗い路地に降り立った。
「…ジル…私も魔法使いだって、忘れてない?」
「わかってるよ。でも、今日は俺が誘ったから、全部任せて」
ニッと笑う顔は少しいたずらを企んでいるような雰囲気さえあってリルはつられて笑った。
「じゃあ任せてしまうわ」
「行こ」
手を引かれて、リルはマルルートの中心街のメインストリートに歩きだした。
人と馬車が行き交う人の世界。たくさんの老若男女、楽しげなさざめき。蹄の音…。
「今日はなんでもリルのお願い聞くからさ、おねだりしてほしいな」
「おねだりって」
ぷっとリルは吹き出した。
リルだってそれなりにお金は持っている。
毎月与えられるお小遣いは、少しずつ貯まっていき今では欲しいものは何でも買えるほどだ。もちろん贅沢は出来ないが…。
魔法使いの村ではほとんど使うこともなく過ごせるのだ。
「じゃああの店で、甘いものでも食べてみたいな」
「いいよ」
リルが指差したのは可愛い外観のカフェである。
女の子でいっぱいのその店に、ジルは躊躇いもせずに扉を開けてリルを先に店に通す。
ジルの端整な容姿はそのさらさらの長い黒髪と相まってか、店の女の子の視線を一気に集めている。
「どれにする?」
「うーん…」
ちらりと周りを見て、リルはシフォンケーキと紅茶を選び、ジルはコーヒーを注文した。
「甘いの嫌いだった?」
「嫌いじゃないよ」
「でも、食べないの?」
「このくらいの年になってくるとさ…甘いものより、ガッツリ食べたくなるんだ」
ジルがガッツリ食べるのなんて想像出来ないが、
「じゃあ次はジルがガッツリ食べるの見せてもらうね」
「任せろ」
「甘いもの嫌いじゃなかったら味見くらいする?」
せっかく街に来たのだ。
「じゃあ、一口もらう」
一口分乗せたフォークをそのままジルが手をつかんでパクりと食べてしまいリルは思わず目を見開いた。
「うん、甘くて美味しい」
ニコっと笑ってくるジルにリルは少し躊躇いつつも
「う、うん。よかった」
(こ、このまま…使うしかないよね…??)
リルはジルが口に入れたフォークでそのまま残りのケーキを食べた。
そのカフェも、支払いはジルがして
「こういうのは男が払うものだ」
と言って、リルもには出させようとしない。
「カッコつけさせるのも女の子の務めだよ」
と微笑む。
カフェを出ると、ジルは女の子の好きそうな店をためらいなく一緒に付き合っていく。
ドレスショップ、シューズショップ、本屋、それから雑貨屋、そして宝飾店
キラキラと可愛らしいアクセサリーはリルの心をときめかせた。
中でも気になったのはピアスである。
店員の女性がこんな感じよ、と見せてくれたのは耳の下で揺らめくその可憐さにとても惹かれてしまったのだ。
「どうしよう~」
特に気になったのは、花モチーフでキラキラと光る小さな石がさりげなくついているものだ。
「でも、あいてないのよね…」
あけたい気もするし、けれど自分でするのは少し怖い。
「自分だと怖いならあけてやるよ?」
ジルがリルの迷いに気づいたのかそう言ってくる。
一回、頑張れば後はピアスはつけれるようになるわけだし…。
「うー、じゃあお願いしちゃおうかな」
「じゃあ、これでいい?」
「うん」
さっとジルは店員にこれを、と頼んでいる。
「あら、お揃いのブレスレットとバングルなんですね、素敵だわ」
にこにこと店員はそう言った。
お揃いのではないが、魔法石の色をみてそう言ったのだろうか…
店を出て、少し離れて公園に入る。
「どうする?すぐにあける?」
「え?そんなすぐに出来ちゃうの?」
「俺が魔法使いだって知らなかった?」
くくくっとジルが笑ってくる。
「知ってるけど…」
「一瞬だよ…」
そっとジルの指が耳朶に触れる。
「多分、そんなに痛くないはず」
ひんやりとした感触が耳朶を覆ったかと思うと、少しだけピリッとした感触が襲う。
「出来たよ」
ジルは買ったばかりのピアスを取り出して1つずつつける。
「…なんだか…いけない事をしてしまった気分になるよ」
「え?」
ピアスを選んだのもリルであるし、あけるのを頼んだのもリルである。
「わかってるかな…リル」
「わかってるって…なんの事?」
「いや…いいよ。似合ってるよ、凄く可愛い」
「ありがとう…次はじゃあ、ジルのガッツリ食べられる所に行こ」
「じゃあ、付き合ってもらうとするよ」
そう言ってジルが入っていった店は、街のレストラン。
「…それ、全部入っちゃうの?」
大盛りのステーキ肉とパンとスープ。それは普通なのだが、しかし量がリルの倍である。
「だいたい男はみんなこれくらい食べるよ」
くすっとジルは笑うと、綺麗な食べ方ではあるもののあっという間に食べ尽くしてしまった。
みてて気持ちいいくらいの食べっぷりであった。