花の解呪
「若いってのはいいなぁー」
「ナルドさん」
「さっきの彼氏?」
「違いますよ、友達です」
リルはパクっと残ったバケットを頬張った。
「王子が睨んでたなぁ~」
「王子?」
「ぽくない?あの雰囲気」
ナルドが指差した先には、本を読みながらバケットサンドを食べているアラシだった。
リルと違って地べたに座っている。
「王子って身分の方とは会ったことがないのでわかりませんけれど………。アラシは口が悪いですよ?」
「いや、だから雰囲気だって。俺様は傲慢だぜ!って顔に書いてあるでしょ」
くふっとナルドが笑う。
「アラシは……傲慢じゃないですよ。優しい人です」
「え、リルちゃんってまさか、奴に惚れてるの?あんなキツイ事言われてるのに」
「惚れてるって……。あの才能には誰でも魔法使いは惚れ惚れとするんじゃないですか?言葉はキツイかも知れないですけど、思ってること言われるのは平気です。アラシは強いから………。だから時々孤独なんです」
「孤独って………まぁみたまんまだよなぁ」
「アラシは、一人先に走ってしまうでしょう?そうしたら、誰もついていける子はいなかった。それは誰もアラシとは一緒に走れなくて、同じ気持ちを共有出来ないんですよね。私とペアなんてアラシにしてみればはっきり言ってお荷物なんだと思います」
「はっきり言うなぁ」
「なのにね、そんなお荷物の私にもちゃんと注意してくれます。だから優しい人なんです」
「………理解してるんだな………アラシの事」
「6歳からずっと一緒です。少しは分かってきます」
「けどさ、そうやって奴は違うって、リルが区別しちゃうとあいつ、可哀想じゃない?」
「どうでしょう?でも、必ずいるはずです。アラシと一緒に走れる人が………」
可哀想?アラシはそういうものではないとリルは感じている。
「リルちゃんは、頑張らないの?」
「ナルドさんも、16歳の頃には分かってたんじゃないですか?自分がどれくらい出来るのかが」
「かもな」
「頑張りますよ、私なりに」
頑張るけれど、どうにもならないことはあるのだ。
「けどさ、一緒にいるのに絶対に同じ速さで走れないといけないのな?リルちゃんは一緒走れないとイヤなの?」
「……がまんしてるのかなって、思うのはどうかなって思うんです」
「ふぅーん?そっか」
アラシだけじゃない。ジルだって、シオンだって、マユリだってリルからすれば実力の差は歴然としている。
だけど………やはりアラシだけは、他の子たちにとっても、違うのだ。だからか、強烈な輝きをもっていつも意識させられる。望む望まないに限らずに
アラシといて、リルはアラシによって成長出来るかも知れない。けれど、リルは何もアラシに出来ることはない。
惚れてるか………それは答えはイエスなように思う。だけど、それは例えば庶民が王様を敬愛しています。というような事に近いのだと感じている。
「そういえば、私を呼びに来たのですか?」
「そうそう。彼との語らい邪魔したらいけないから待っててちょっと忘れてた」
「リルは解呪得意?」
「他の魔法に比べれば」
「なかなか厄介な案件が舞い込んだ。きてくれる?」
「はい。私で役にたてるなら」
リルが向かったのは、魔法使いたちの詰所から外に出た所。
トウリとアラシが立っているその前には大型の箱がどん!とおかれている。
「どう?」
「壊して良いなら出来そう何だけどなぁ」
「リル、やってみて」
「はい」
それはかなりの年代物の魔法使いのかけた封印が何らかの作用で変質してガチガチに固まったものである。
「中身はなんでしょう?」
「分からないから開けるんだよ~」
「何が出てくるかわからないんですよ」
「だからこうして、勢揃いしてるよ」
にこにことナルドが言った。
確かに、手の空いている魔法使いたちがリルたちの背後に待機している。
全員を囲むように結界が張られていて万全の態勢である。
研修だから、きっと挑戦させられているのだろう。一人前になるには、たくさんの事をやってみるしかない。
自分が出来なくても、次には誰かが試すに違いない。
他にこんなに魔法使いがいる。リルは石を胸に当てて、箱に集中した。ふわりと魔法の力がリルの足元から立ち上ぼり、髪をそよがせる。
「………花よ花よ…咲かせよ花を 花弁を一片 ふわりふわり ひらりひらり 」
リルの唇から、歌うような言葉が出てくる。呪文は人それぞれ、唱えた方が発動させやすい事もある。リルの魔法が箱を包み、蕾があちこちに表れる。
「ヒラリ 蝶よ鍵を現せ 」
紫の蝶がヒラヒラと翔んできて鍵に変じた。
(解ける…あと一歩)
「花が咲く…」
ふわぁと、箱の蕾が一斉に花が咲いてカチャリと音をたてて、箱が開いた。
その瞬間に一斉に防御魔法が場に満ちる。箱は開いたまま静かなものである。
トウリとアラシ近づいて、中を確かめる。トウリの眉がくいっと上がる。
「大丈夫だ。ただのガラクタだ」
アラシの一声にほうーと一斉に安堵の空気が流れた。
「お疲れ」
とリルに魔法使いたちから声がかかる。
「いやー、女の子らしくて綺麗な魔法だな」
先輩魔法使いたちに声をかけられてリルはありがとうございます、と礼を言った。
トウリと二人魔法で箱を運んでいく。
「ガラクタって…それ金貨じゃない」
「古い、やつだ」
ガラクタだと言いきったアラシにリルは少し笑った。確かに今は使えない金貨は、ただの重たい物に過ぎない。
「アラシもそういう、冗談みたいなこと言うのね」
クスクスとリルは笑った。
「リルらしい綺麗な魔法だったな」
ジルが声をかけてきた。
「見てたの?」
「もちろん」
にこっと当たり前と言いたげなジルの笑顔である。
「ありがとう」
「やったねー!さっすがリルゥ~☆」
「マユリ」
後ろから飛びついてきたマユリをリルは受け止めた。マユリはすらりと背が伸びて、外見は美少女のまま美しく育っている。
中身は…昔の天真爛漫なままパワーアップしているが。
「リルには負けたくないのに!」
とティナが反対から寄ってくる。ティナは背が小さくて、目もくりくりと丸くて幼い印象なのに、胸が制服の上からみてもぷりん!と盛り上がっている。
「ティナったら、勝ちも負けもないでしょ?」
「リルはそうやってさ、するっと掴み取っちゃうのよね。ズルい子」
ぷうっと膨れる顔が本当に子供のよう。何がずるくて、何を掴みとってるのかわからないが、ぶうっと膨れたほほが真ん丸で可愛らしい。
つん、とつついてそれを潰す。
「私だって綺麗な魔法使えるんだからね」
ピシッと指を突きつけられてリルは首を傾げた。ティナこそ、いつも華やかな魔法を使うと思うが…。
「ちょっと、ティナ、リルから離れて」
マユリが言うと
「ふふん」
とティナが胸を突き出してみせつける。
「チビ」
「ぺたんこ」
ティナは、すらりと美少女のマユリが羨ましく、マユリは育たない胸を気にしている。成長したこのマユリとティナは、お互いが気にくわない。
「リル、喋ってないで早く来い」
アラシが振り向いて冷たく言い放つ。
「あらら、まるで嫉妬深い旦那のようね」
ティナが笑った。
「それ、なんだかわかる」
くくくっとマユリが同意した。
「リル、気にするな」
ジルがそっと囁いてくる
「うん。ありがとう、いくね!」
リルはアラシの後を追いかけた。