黙って見てるつもりはないから
「リル」
声をかけられて見上げると、ふわりとジルが降りてきた。
リルはちょうど朝の支度を終えてシェリを呼ぼうかと思っていた所である。
「おはよう、ジル」
前に降り立った、長身のジルを見上げた。最近背がグッとのびて男っぽさが増したと感じる。
ジルはとても品のある端整な顔だちで、女の子からとても人気者だ。そして何よりも、物静かで優しい。
黒い髪を後ろでひとつに束ねていて、その髪がしなやかに風に揺れている。
「どうしたの?こんな朝から」
「大丈夫かと思って、アラシと上手くいってる?」
「ありがとう、心配してくれたの?」
「………出発の時のあんなやり取りを聞いていたらな」
それはつい先日の事だ…。
「私がトロいし、魔法も今一つだし、アラシからしたら足手纏いだから仕方ないわ」
「リル………」
ジルにそっと手を握られてリルは戸惑った。
「我慢せずに、アラシにもちゃんと言えよ?それに……相談ならいつでも乗るから」
「ありがとう、まだ始まった所だし。がんばるね」
微笑むと
「無理に笑わなくていいよリル。俺は……小さいときから見てきた。いつも努力してるし、魔法だって凄く優しくて綺麗だ。俺はそんなリルが好きだ」
「え……?」
リルが固まっていると、ジルはさらに言葉を重ねてきた。彼にしては珍しく、少し早口になっている。
そうしてジルは見上げるリルを見つめ返して、ふぅと息を吐いて、それからゆっくり、はっきりと言葉を綴った。
「………それから………俺たち、つきあわない?これ。この魔法石を貰ったら、一人前に近づいただろう?本当はちゃんと魔法使いになってからって思ってたけど………。
リルが今、辛い思いをしていたら一番に近くにいて、そして支えたいんだ。俺を必要としてほしい」
ジルが真摯な態度でリルに話しかけている。これ、とジルは手首にはまったバングルの魔法石に触れた。ジルの石は青と緑と白。
「つきあうって」
「恋人にならないかということだよ」
微笑まれてリルはその笑みが凄く素敵で、心臓がドキドキした。
「いきなりだったからね。考えておいてくれる?」
「え、と…。はい」
リルは頬を染めてうつむいてしまった。
(こ、恋人って言った?)
そう思った瞬間に無意識に魔法を使ってしまったようで、足元にはきらきらと光が落ちてリルの好きな薄いピンクのラナンキュラスの華やかな花が咲いていた。
「あ、花が…」
すっとその魔法の花を一輪摘むと
「リルの魔法は女の子らしくていつも、見惚れるな」
そっと花にキスをすると、ジルはそれをリルの手に持たせた。
無から産み出された魔法の花だから、少しするときらきらと光になって霧散する。
「リル、俺たちは……もう子供じゃないよ」
ふっと笑みとその一言を残して、ジルは竜に乗り飛び立った。
どれくらいぼんやりとしていたのか……。
「―――…おい!」
背後から突然声とそしてそのアラシの姿が正面に回ってきて、リルはビクリとしてしまった。
「また朝からボケッと、行くぞって言ってるだろ」
ものすごく不機嫌な声で言われてリルは慌ててシェリを呼んだ。
(い、いけない!集中しなくちゃ………また怒らせちゃう)
竜に乗り並んで翔んでお城に降り立った。
この日はお城での昨日の外の仕事の報告と後処理だった。
「これ、面倒だけどな」
とナルドがぼやきながら仕事を教えてくる。
「じゃあリル。教えるから言われるままに書いて」
「あ、はい」
近くの席でアラシにはトウリがついて教えている。
「マユリー!」
とどこかから怒号が聞こえる。
「そんな字で読めるかー!」
「え!読めますよ?私には」
「お前ね、何でその顔でそんなに大雑把なわけ?台無しだよ台無し」
男の魔法使いが嘆いている。
(マユリったら)
マユリはなんでも物凄く豪快で、字も確かに悪筆である。
「ちゃんと読めるでしょ?よくよく見てくださいよぅ~」
「アホか!報告書は誰にでも読みやすくだ読みやすく。暗号かこれは」
「失礼な。ちゃんとココルル語ですよぅ」
そんな声を聞きながら、ナルドの指導のもとにリルは報告書を書き上げると
「うん。上出来、休憩に行って良いよ~」
ナルドがそう言うと、
「昼ごはんはあっちで食べれるからね」
と魔法使いの詰所の一角を示した。
「ありがとうございます」
リルはそう言うと昼を食べることにして、そちらに向かった。
詰所の中にあるカウンター式のキッチンがあり、魔法師がにこにことたっていた。
メニューを見て、
「バケットサンドを1つ」
と注文すると紙袋に入れて出される。
昨日も食べたそれだ。
「俺も、バケットサンドを1つ」
「あ、ジル」
隣にならんだのはジルだった。
思わず顔が赤らんでどうしたら良いのかわからなくなってしまう。
「一緒に食べよう」
お城の庭を指されて、リルは頷いた。
「マユリって豪快だよな」
クスクスと笑いながらジルが話しかけてくる。リルが話やすい話題を選んでくれたようだ
空いているベンチに並んで座ると、紙袋からバケットサンドを取り出した。
「マユリは器用だけど、不器用なの」
リルは理屈に合わないことを言った。
だけどその通りなのだ。魔法の技にしても、物凄く簡単に大技をやってのけたかと思うと、簡単な事がヘロヘロだったりもする。
「ぷっ」
ジルはそれを聞いて笑った。
「その通りだな」
その笑顔を見てリルはホッとする。
今朝の事がリルにどんな態度をとって良いのかわからなくさせていたから。
「けど、元気で明るくて楽しいの」
「まぁマユリの場合、それに尽きるな」
「昨日も、大丈夫だった?」
「マユリに繊細さを求めるのが間違ってるんだろうけど、なんでも豪快過ぎて」
そう笑いながら話すジルにリルも笑った。
「リル、休みの日に出掛けないか?」
空になった紙袋をきっちりとおると、ジルはそう切り出した、16歳になり、リルたちは村から出ることを許されている。
魔法石は魔法使いの成人の証し。もちろんまだ見習いの身だが。
「考えておいてもらうって言ったけど、返事がくるまで俺も黙って遠くから見てるつもりはないから」
ニヤっと笑みを向けてくる。
「出掛けるだけだ。難しく考えなくていいよ」
「うん、わかった」
リルは戸惑いつつも頷いた。
「良い返事がもらえた事だし、俺はマユリの様子をみてくるよ。じゃあ、休みを楽しみにしてる」
ジルは静かにそう言うとマユリの方に歩いて戻っていった。
その後ろ姿をリルはベンチにぼんやりと座っていた。