作戦失敗
6
レンと考えた結果、刺繍は無理でも紐編みはできるだろうという事になった。今度は「髪紐を贈り物作戦」らしい。でも確かにマスラ様のあの綺麗な髪に私の編んだ髪紐を結んでもらえたら嬉しいかもしれない。いや、かなり嬉しい。料理よりも俄然やる気になって、私とレンはしばらく部屋にこもりきりになった。
その間、アルはセイと剣合わせをしたらいい。やけにセイと仲良くなっていた。一体何があったのだろう。ちょっとセイに聞いてみたけれど、セイは嬉しそうに
「アルフレドは本当に良い腕をしていますね、私と打ち合えた剣士は久しぶりだ」
と笑っただけで、何があったのかは教えてくれなかった。アルに聞いても「なんとなく手合わせをした」くらいの事しか教えてくれないのだけれど、レンに言わせれば
「男同士なんて、そんなものですよ」
と、また私にはわからない事を教えてくれたのだった。でも、二人の仲がいいのは嬉しい。私とレンはせっせと髪紐作りに励んだ。
なんとか出来上がった髪紐は我ながら良くできていると思う。マスラ様の髪に映えるような薄い緑色は綺麗だと思う。
「さ、思いきってお渡ししちゃいましょう!」
とはいえ、マスラ様はお忙しいらしくあまり城内にいないみたいだった。今日は国境へと行っているらしく、戻る予定は夜になるらしい。
「昨日は村の視察に行ったばかりなのでしょう?」
「ですから、ユカリナは今大変なのです。マスラ王は毎日駆けまわっておられますね。セイが言うには、王になってからずっとそのようです」
大変、って事は聞いてたけど、そんなに忙しいなんて思わなかった。同じ王といっても父様とは全然違うのだと知る。
とりあえず夜を待って、戻ってきたマスラ様になんとか髪紐を渡す事はできた。
「これをエリーザが?」
「はい、あ、私、刺繍も得意なので、今は針がないのでお見せできないのですが」
「そうなのか。では次の機会に見せてもらおうかな」
「はい、必ず!」
マスラ様は私の頭を撫でてから、右肩の下で結んだ髪束に私の編んだ髪紐を結んでくれた。
思った通り、艶やかな黒に緑が似合う。
ああ、もう、素敵、素敵!
「ありがとう。では、おやすみ」
最後にもう一度頭を撫でられて、私はぼんやりしたまま寝所に入った。
「ねえ、レン、ありがとうってマスラ様が」
「はい、刺繍も次の機会にとおっしゃっておりましたね」
「……でも、また頭、撫でてくれた」
「……はい」
次の日、マスラ様ははもう髪紐をしていなかった。
嫌われたり疎ましいと思われたりはしていないと思う。でも、きっと私はいつまでも「小さな姫」のままなのだろう。そう改めて思うと、胸が詰まった。私はきっとずっと。
「レン、私はもう無理なのかな」
マスラ様の花嫁になりたかった。
「もう、頑張れないよ」
「姫さま……」
言葉に詰まったレンに笑みで応えて、テーブルに散らばった髪紐の名残を片づけた。何本か作った試作品、浅い青と深い緑は自分で使うには形が男性的すぎるし、捨てるしかないかと思った時だった。
それまで静かだったアルフレドが突然私を呼んだ。
「何」
「その、頂けませんか」
「は? これ?」
「はい」
「でもアル、髪紐なんて使わないでしょう」
短髪だし。
「いえ、あの、朝セイと剣合わせをしていただいた時、剣の飾り紐を無くしてしまったので」
「そうなの? でも、こんなのでいいの?」
「はい、その浅い青が好きなので」
「じゃあ、どうぞ」
こんなのじゃなくてちゃんとしたのにすればいいのに。
テーブルを片づけ終わると同時に、突然レンが拳を突き上げて立ち上がった。
「もう、これしかありません!」
「れ、レン?」
「お前、どうした?」
「もう直接、真っ向勝負です姫。王に掛け合いましょう。夜、寝所で」
え。
え?
「は」
「お前、何言ってる!」
「既成事実さえ作ってしまえばこちらのものですよ、姫っ」
それはつまり。
「よ、夜這いしろと」
「そうですね」
レンは見たことのない程に笑顔を輝かせた。




