森の中なんですけど
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森の中。行けども行けども森の中。途中までは馬車での移動だったけれど、ユカリナに近づくにつれアルフレドの口数が少なくなった。と思ったら、馬車から下ろされ馬に乗せられ、あれよという間に森の中。
「これ、いつまでなの」
思わず口にした愚痴に、レンが引き締まった表情で私を振り返る。
「もう少しです」
「さっきからそればっかじゃない?」
「念のためのお忍びですから、もう少し我慢して下さいね」
「それはいいんだけど……」
父上にユカリナへ行きたいと言った時は、少しばかり反対された。けれど、婚約が結べないとなると、ササーラにとってもありがたくない状況になる。そんな事もあってか、わりと早くに父上はユカリナ行きの手続きを取ってくれた。それはつまり、マスラ王も承諾下さったという事。
「それがなんで森の中」
「ここでマスラ王の使いの者と落ち合う予定にしております。大事な客人にもしもの事があってはならぬとマスラ王の申し出のようですよ」
私の乗る馬を引きながら、アルフレドが見上げてくるけれど、私は益々重い気分だった。まあ王自らに出迎えさせるなど到底できない事ではあるだろうけど、少しだけ期待してしまっていたのだ。でも、それもただの期待に終わるらしい。
こうなったら一刻も早く王の使いとやらと落ち合って、ユカリナの城にたどりつきたい。なにしろ、さっきから慣れない馬の上で体が苦しいのだから。
「王の使いって、どんな人かしら」
「一国の姫を迎えるのですから、近衛兵団なんじゃないでしょうか?」
「馬車に乗り返る事もできる?」
「森を抜ければきっとそうですよ、姫。元気を出して」
レンに慰められながら前を向いた時だった。木の陰から風を切って表れた馬影にアルフレドが咄嗟に私の馬の前に立つ。
「何者だ!」
アルフレドの声と同じくして、軽やかで良く通る声が響いた。
「エリーザ姫でしょうか?」
「無礼であろう、貴様何の名乗りもなく我が姫――」
「あ、はい、エリーザです」
「姫っ、そんな簡単に」
射すような目でアルに睨まれ肩をすくめると、早馬から降りた細身の男性が流れるような動きそのままに膝をつく。
「ご無礼を失礼しました。私はマスラ王より依頼を受けお迎えにあがりました、セイと申します」
「最初からそう名乗れば――」
「やった、迎えね? 待ってたわ。馬車はあるの?」
「森の先に待たせてあります」
やっと馬から降りられると思うと勝手に顔が緩んでくる。
「じゃ、早くいきましょう」
「姫っ、まだこの者が本物かどうか――」
「もし偽物ならわざわざ一人で来るなんて怪しい事しないんじゃない? ねえ、レン……レン?」
そういえばさっきからおとなしいレンに声を掛けると、ぼんやりしたままで王の使いを見つめている。口、半分開いてるんだけど、教えてあげた方がいいんだろうか。
「レン、レン?」
「え、あ? あ、はい、すみません、え、何ですか?」
「レンっ、お前という奴はなんて口のきき方を――」
アルフレドの説教が始まってもレンは王の使いを見つめては――いえ、これは「見惚れている」なのかもしれない。確かにこの男性は細身ですらりとしていて綺麗だ。アルと同じくらいの歳に見えるけど、全然雰囲気が違う。小さな顔に女性のように繊細な眉、大きな目、色づいた唇、頭のてっぺんで結わえた髪は馬の尻尾のようで面白いけれど、とにかく「綺麗」なのだ。
私は趣味じゃないけれど、まあ、レンが見惚れるのも無理はないかと思う。でも、精悍さではアルフレドの方が上だからと、私はこっそり従者に胸を張った。
「とにかく、早く森から出たいわ」
「そうですね、ご案内します」
「お願いします、セイ様」
「セイ、で結構ですよ、姫」
「駄目ですよ、姫、他国の使者を呼び捨てるなど――」
「では人目のない所ではセイ、とお呼び下さい」
「き、貴様っ、黙って聞いていればさっきから姫に対して失礼ではないのか、だいたい何だ、その細さは! ユカリナは剣大国だというのにそんな細身でそれから――」
「兄さま! 兄さまの方がよっぽど失礼ですわよ!」
レンに叱られてアルが口をつぐむ。
微妙すぎる空気を察していないのか、むしろ察してあえて知らない振りをしているのか、セイは素知らぬ顔で先頭に立って馬を引いている。
なんか、面倒な事になりそうなんだけど。
苛立ちを隠さないアルと、セイに見惚れ続けるレンを見つめながら、私は小さく息をついた




