私が許すわ
19
セイの帰国にあわせて、私はその従者に扮してユカリナに入った。ササーラの方はレンがごまかしてくれる事になっているから、長居はできない。セイに案内されてこっそりとのぞいた演習場で、久しぶりにアルの姿を見る。
兵士と剣を構えるアルは相変わらずの姿だったけれど、酷く懐かしく感じた。それに、少し顔つきが変わったようなきがする。憔悴した様子はなく、むしろ私の護衛をしていた時よりもいきいきしているのは間違いなかった。
そうだよね、本当はこんな顔をする人なのだ。
気の毒な犬、っていうのは間違ってなかったのだ。
実力を出す機会ももてず本当に気の毒だと思われていたのだろう。ああ、私って本当に呪いの姫だったんだわ。
「姫、先にアルの部屋に案内します。そちらでお待ち下さい」
「セイ、でも、アルは私には会いたくないかもしれない」
「そんな訳ありませんよ。アルが強くなっている事に気付きませんか? それは貴方の為だ」
「どういう事ですか?」
「それは本人にお聞きください」
いたずらげに片目を閉じたセイに案内されて、アルの部屋だという個室でアルを待つ。
そっけない部屋は片付いていてアルらしさを思わせた。その中で見慣れた剣を見つける。アルがいつも使っていた剣の一本だ。その柄には私が前に編んだ髪紐が巻かれている。マスラ様にあげる為に練習したものの、残りだ。
こんなものを、律儀に。
アルは剣の装飾がなくなったから欲しいと言ったけれど、こんな貧相なものが装飾に代わるはずがない。
なんで、こんなこと、するの。
ぎゅうと手を握りしめて、アルを待った。
そして、扉が開く。
「……ひ、姫?」
懐かしい声だ。
「アルフレド」
呼び返すとアルは息を飲んで、勢いよくドアを閉めた。
「なぜ、何故こんな所に!」
「セイに頼んで連れてきてもらったのよ。会いたくて」
「――すぐに送り届ける手配をします」
「待って、アル!」
「護衛もつけずに何を考えていますか! まだユカリナは不安定なんです、こんな時に危険な」
今にもドアから出ていこうとするアルの腕にしがみついてそれを止めた。まだ、話さなきゃならない事がある。
「姫、本当に、何を考えていますか」
「それは私の言葉だから! どうして、どうしてアルは……あんな」
熱い唇を思い出して、勝手に体が震えた。
「アルフレド。答えて」
腕にしがみついたままで見上げると、アルは唇を噛んで目をそらす。でも、もうそんなの許さない。
「何故、私から離れるの。何故、あんな、口づけをしたの」
「言えません」
「答えなさい、アルフレド」
「言えるとでもお思いですか! 私は貴方の護衛騎士で、貴方はササーラの姫だ! それが何を意味するのかくらい、貴方でもお分かりでしょう?」
分かってる。分かってるから。
「だから、ここまで来たの。ここはササーラじゃないし、今の貴方は私の護衛じゃないわ。そうでしょう、アル」
見つめ続けたアルの目が、ようやくこっちを向く。
その視線を離したくなくて、精一杯微笑んだ。
「エリ……ザ、姫」
小さく震えだしたアルの腕を、ぎゅうと抱きしめた。
「アルがいないと、アルの事ばかり考えてしまう。どうしてなの、教えて?」
「わ、たしは」
背中に回った手が熱かった。アルの胸に顔をうずめると、いつかされたように強く抱きしめられた。強さが嬉しい。
「私は、何一つ、マスラ王には敵わず」
「うん」
「貴方の護衛騎士で」
「うん」
「けれど、貴方を、お慕いしております……っ、誰にも、渡したくないほどに――っ」
ああ。やっと、アルに会えた。
息が止まりそうなくらいに抱きしめられる。
「アル、苦し」
「あっ、申し訳ありません」
緩められた腕から逃れるつもりはないけれど、少しむせ込んだ。心配げなアルの顔を見上げて、ようやく知る。
私はアルフレドが好きなんだ。
側にいるのが当たり前だと思っていたけれど、そうじゃなかった。
「アル、私、貴方が好き……」
「っ! 姫、お許し、下さい」
顎に指がかかり、精悍な顔が近づいてくる。そっと目を伏せると振ってきた熱を受け入れる。
優しい感触はやがて熱を持って私を暴く。
「っ、ん、ぁ」
苦しさにもがくけれど、頭の後を支えられて逃げる事もできない。
「んっ、ん」
求められる熱が嬉しかった。
「こんなこと、あっていいのか」
吐息のようなアルの声がさっきまで貪られていた唇に触れる。
「こんなこと、許されない」
「私がゆるす、わ」
「姫……もう死ぬのでしょうか、俺は」
「そんな事は許さない、もっとずっと、側にいて」
ぎゅっと抱きしめた大きな背中、こんなに愛しく思った事ない。恋心を自覚しただけで、世界はこうも変わるのだと知る。
――だったら、私はマスラ様に恋をしていなかったのかな。
「ねえ、アル」
「はい」
「私はアルを気の毒な犬のままにしてしまうのかな」
「私は気の毒などと思った事はない、お守りできる事を幸福だと、ずっと思っていた。貴方は私の、私達兄妹の光だった。当たり前のように声をかけてくれて、微笑んで下さって、あれから私の命は貴方の為にある」
城内で騎士として働いていた二人の両親が亡くなってからの事を言っているのだろうか。
「だって、小さい頃から、友達だったから」
「それでも、私にはかけがえのない光だった」
そんな思いをずっと持ってくれてたのだろうか。その微かな光に心が震えた。酷くその思いを大事に思えた。
「アル、私達、どうすればいいの」
「どうするも何も。今までと変わりありません。ここを出れば貴方はササーラの第三姫であり、私はその護衛騎士。それだけの事です」
「いえ。私はもう誰にも嫁がない。アルが好きなのに、そんなの無理だわ。嫁げない姫じゃなくて、嫁がない姫になるの」
「何を言ってるのです、そんな事を。貴方には幸せになって欲しい、私は側にいられればそれで」
「じゃあ……今、もっと、抱きしめて?」
震える手が俺そうな程に抱きしめられ、私達はそれから長い長いキスをした。




