剣技大会
14
今度は堂々と来られた、と私は知らず頬笑みながらユカリナの城内を見渡した。なにせ、マスラ王から招かれたのだから、怖いものはない。
「姫、きょろきょろしないで下さい」
「分かってるわよ」
「どうだか」
なんだか、最近のアルは冷たい。すました顔に隠れて思い切り舌を出しながら、ちょっと寂しい気持ちになる。冷たいだけじゃなくて、アルは最近私の側にいない事も多い。なんだか父上の方にばかりいて私の護衛は他の騎士が来ている事も多かった。
今回のユカリナ訪問も、父上が一緒だから、アルは父上の方にも行く。変わりの護衛騎士も強い事は知ってるけど、やっぱりアルとは全然違うんだ。
セイ様に案内されて剣技場の来賓席につくと、アルは護衛騎士に何か言っていなくなってしまった。
「ねえ、アルはどこ?」
「大事な用事がある、と」
「ふうん」
私より大事なんだ、ふうん。
私の不機嫌に気付いたのか、今回も私についていてくれたレンがそっと耳打ちしてくる。
「子供みたいですよ、エリさま」
「だって。最近アルは忙しそうなんだもの。何かあったの? 知ってる?」
「いえ、私は侍女なので、兄さまの護衛騎士の仕事内容は全く知る事はできません」
それはそうなんだけど、なんだかんだとアルとレンは私に寄り添ってくれてたから、急にその関係が崩れてしまったようで不安なのだ。
なんで、こうなったんだっけ?
前にお忍びでユカリナに来て、ドル様に会って、なんか怒ってて、それから冷たい。
やっぱり私はあの時よっぽどの事をしたんだ、と今更心がふさぎ込む。
でもそれにしても、根に持ちすぎじゃない?
なんだか、考えれば考える程、腹がたってきた。
後で会った時にもう問い詰めてしまおうと決めたけれど、アルはなかなか戻ってこなかった。
そのうちマスラ様の宣言で大会が始まった。
私は剣技がどういうものか分からないけど、剣大国というのは嘘ではないと思った。
なんでも、参加者は自由で国中から男達が集まったらしい。その中で選ばれた数名が王の前で腕前を競うのだという。
相手の髪紐を切った方が勝ちという事らしいけど、顔の側に何度も剣先が走るのを見ているのは心臓によくない。すごくどきどきする。けれど、見慣れているのかユカリナの民衆は大いに盛り上がっていた。
「なんか、すごいね」
「そうですわね。これがユカリナの強さという事でしょうか」
レンとこそこそ話していると、マスラ様が声を掛けてくれた。
「怖いかな?」
「いえ、……少し」
「ははっ、そうか、すまない。しかし姫には見届けてもらわねばと思ったので、不躾かとは思ったが招待させてもらったんだ」
「私に?」
マスラ様の声がひそめられ、その美しい口が私の耳の側まで近づいてくる。
う、うわあ。なんとなく緊張しているとマスラ様はいたずら気に囁いた。
「私の親友との再会を助けてくれたのだろう?」
それは。ドルトラル様の事だろうか。
どうこたえていいか分からず困っていると、マスラ様はそっと微笑んでから、席に戻られた。
「……ねえ、レン」
「はい」
「もしかして、これってやっぱり」
「姫の発案が採用されたんですね」
これに何の意味があるかは分からないけれど、マスラ様は何か嬉しげだった。だったら、私、少しは力になれたのだろうか。そう思うと、嬉しかった。
剣技大会は盛り上がりながらも、少しずつ勝ち抜いた選手が少なくなってきていた。
と。
私は、気付いてしまった事がある。
「あの。ねえ、レン?」
「はい?」
「あの人、ほら、黒い髪に黒い仮面の。あれって――アルフレドじゃないの?」
「はあ? 何をおっしゃいますか、兄さまは短髪ですわ。あの方は肩の横で一つくくりの立派なユカリナの男性特有の長髪で……」
「でも、あれってどう見てもアルなんだけど」
「体格は似ているかもしれませんけど、兄さまが護衛を放って大会に出るなんて考えられません、何の理由があって……あ」
「あ? あ、って言ったわね? 何か知ってるの?」
「いえ、そんなはず」
「何なのよ」
私の追求にレンは目をふせてもごもごと口にした。
「この大会って、優勝者はマスラ王と手合わせできるって聞きました」
「そうみたいね。国一番の剣技の持ち主よりもマスラ様は強いのでしょう? すごいわ。で、それとアルのあの姿になんの関係が」
「兄さまは、マスラ王と、手合わせしたいのかもしれません」
「益々わからないじゃない、なんでそんな事」
「これ以上は私にも何も言えません。兄さま、セイ様に鍛えてもらったって言ってたから、自分の腕を確かめたいのかもしれないし」
アルはササーラ一番の剣士だ。それは間違いない。でも、ササーラは平和国で騎士団も形ばかりともいえる。確かに腕を試せる人は国にはいないかもしれない。でも、それをわざわざこんな所で、マスラ様相手にする必要って、やっぱりないと思うんだけど。
「エリさま、もし、もし、許されるなら、少し見守ってくれませんか、兄さまの事」
「……まあ、父上も気付いてないみたいだし、いいけど、後からちゃんと話きかせてもらうわよ?」
「はい、それはきっと兄さまが」
なんとなく歯切れがよくないレンに首を傾げながら、私はしばらく事を見守る事にした。そういえば、レンの様子も最近変わった。アルが冷たくなった頃からかな。私にマスラ様との結婚をぐいぐい押してこなくなった。一緒にユカリナに行って市場を見たりして、現状を知ったからかと思ってたんだけど、この様子じゃそれだけじゃない気がする。
もしかしたら、アルとレン、二人の様子がおかしいのって同じ原因なんじゃないかしら、と思いながらそっとため息をついた。
大会はどんどん進んで、アルはしっかりと勝ち残っていた。屈強な男達と並ぶと一段細く見える。それなのに、アルの剣は力強くて光を受けてきらめいて、すごく綺麗だった。強い事は知っていたけど、こんな風にしっかり見たのは初めてで、なんか、どきどきした。まるで知らない顔を初めて見て、こそばゆいような落ち着かない気分。
「それにしても、父様はまったく気付かないわね、アルに」
「そうでしょう、私もエリさまに言われるまで気付きませんでしたよ」
そう言われても、分かるものは仕方がない。どれくらい側にいたと思っているんだろう。でもこれ、ばれたら危ないと思うから、そろそろわざと負けた方がいいんじゃないかなと思うけど。
私の願いとは裏腹にアルは勝ち続け、最後の二人に残ってしまった。もう一人はユカリナの兵士らしい。ここで二人の前に出たのはセイだった。
「あっ、セイさま!」
レンの目が輝き始める。本当にすっかりセイの事が好きらしい。確認したら「綺麗なものを見て楽しむのは幸福だから」という事らしい。ちょっと、分かるけど。
剣技場の真ん中でセイ様が構えた剣に、アルともう一人の兵士がかかっていく。セイ様は二人を相手におそろしく強かった。アルよりも細いんじゃないかと思う体を自在に操って、大ぶりの剣を振るう。でもアルも負けていない。鳥のように空を舞うセイ様の剣に真っ向から立ち向かう。場内は歓声であふれている。それが誇らしかった。
私のアルは、強いんだから。
そういえば、私のせいで気の毒な犬って揶揄されてたんだっけ。こんなに強いのに。本当に、見せびらかせてやりたいわ。
それでも、セイ様は強かった。ふたりがかりという事が嘘のように。これがユカリナ一と言われる剣士の姿かと思うと、今更ながらこの国のすごさが分かる。
「ねえ、レン」
その話をしようとレンを呼んだ時だった。
場内の歓声がひときわ大きくなる。
何かと思えば、剣技場にいつのまにかマスラ王が出ていた。セイが膝をつき、アルと兵士も慌てたように膝をついた。マスラ様の命令なのか、セイが剣を引き、なぜかアルが指さされている。
「え、勝ち残ったらマスラ様と手合わせでしょう?」
「そのはずですけど……」
しかし民衆は盛り上がっている。それを見越しての演出なのかもしれない。
セイと兵士が脇に引き、アルはマスラ王と対峙する。
息が止まりそうだった。
――アル……。
見守る側でマスラ様が剣を抜き、アルも構えて身を低く下ろす。本気なんだと思った。マスラ様相手でも、本気でやるんだ。
「兄さま」
レンが口に手を当ててうつむいた。
切っ先を合わせた次の瞬間にマスラ様から仕掛けた。まっすぐにのばされた剣先はアルの偽物に違いない長髪をかすって髪紐の端を揺らした。飛びのいたアルがその反動を使ったのか、逆にマスラ王に向かって飛びこむ。けれど、ひらりとかわしたマスラ王の剣先がまたアルの髪に向かった。
「ああ、兄さま!」
レンが拳を握ったと同時に、思わず、私も叫んでいた。
「アル! 負けないで!」
マスラ様を応援した方が結婚の為にはいいと思う。そうでなくても私はマスラ様をお慕いしているし、応援するはずだった。
なのに、どうしてもアルの名を叫ばずにはいられなかったのだ。
「エリさま……」
伸ばされたレンの手を握って、まっすぐに闘技場を見つめる。
アルは身をよけたが、切っ先は無常にもアルの髪紐をかすって、ひらりと髪紐が落ちた。
歓声が上がって、マスラ様が手をかかげる。
完璧な王の姿だった。歓声と同時に拍手がわれんばかりだった。
アルは膝をついて頭を垂れ、マスラ王がその腕を取って起たせると、アルの奮闘をたたえた、んだと思う。なんといっても声が聞こえないんだから。脇に控えていたセイ様に迎えに来られ、アルは剣技場から去った。
――アル!
たまらず私は駆けだしていた。
どうしてこっそり他国の剣技大会に出たりしているのか。
どうして私の護衛を他の騎士に任せているのか。
……どうして最近冷たいのか。
聞きたい事は沢山あったし、話たい事も沢山ある。でも、今はただ側に行きたかった。マスラ様に負け、膝をついた姿が目に焼き付いてはなれない。
――落ち込んでいるんじゃないかな……。
「エリーザさま!」
背中からレンに呼びかけられて、はっと我に返る。
「お一人で動かれては困ります」
ふと見ると、アルの代わり騎士の姿がない。アルはいつでもすぐに私の動きについてきてくれてたから、つい、いつも通り思ったらすぐ動いてしまった。
「護衛は?」
「姫さまを見失って真っ青ですわ。私だから姫を見つけられたのですよ」
ちょっと胸を張ったレンは、けれど、すぐに真剣な目に戻って囁く。
「兄さまの所へ行かれるのですか?」
「……うん。だって、きっと落ち込んでいるでしょう?」
「――だからこそ、姫さまには側に来てほしくないと思うのですけど」
「何で? 私だったら、誰か側にいて欲しいと思うんだけど」
「うーん。男心ですかね」
そんなの知らない。
「アルの男心なんて、知らないわよ。私が側に行きたいの」
レンは「あー」だか「うー」だかの唸り声をあげたあと、そっと息を吐いて頷いてくれた。
「わかりました」
剣技場でがマスラ様が民衆の歓声に声をあげて応えている。私達はそっとその場を抜け、剣技場の入り口へと向かった。時々兵士たちが怪訝そうに私達を見たけれど、民衆を沈めるのに大変らしく、邪魔が入らなくて、案外すんなりと私達はアルの元へたどりついた。