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嫁げない姫と気の毒な犬  作者: ヒナコ
13/20

これは雑談です

 

13


 私とレンがドル様の店を見ているほんの少しの時間で、アルはセイ様に話をつけたらしく、すぐに戻ってきた。


「どうだ?」

「……ちょうどマスラ王は本日城におられるらしく、予定も詰まっていないとの事です。セイは馬を飛ばしてくれました。多分大丈夫だから、国境の森で待ってほしいそうです」


 国境の森は私達がセイ様と初めて会った、ササーラとユカリナの国境付近にある針葉樹の森の事だろう。


「そうか、ありがとう。無理を言って悪かったな、アルフレド」

「いえ。姫の命令ですので」


 う、その言い方に棘がある。まだ怒っているのだろう。レンがこっそり耳打ちをしてくる。


「兄さまと喧嘩されました?」


 さすが、分かるらしい。なんとなく曖昧に答えてからアルを見たけれど、私の事をちらと見ただけだった。すぐに目をそらして、怖い声のままでつづける。


「姫、もう散策は十分でしょう。巻き込まれる前に帰りましょう」

 とても、嫌とは言えない空気。おとなしく頷いた。

「じゃあ、一緒に行くか」


 空気を読まない髭のドルトラル様が、恐ろしくにこにこと笑いながらそんな事を言い、アルの眉間のしわが一層ふかくなる。


「は?」

「どうせ同じ道だ」

「あまり目立つ事はしたくないのですが」

「馬車に乗れば見えないんだから、一緒だろう? さ、店をたたむぞ」 


 ドル様に促されて店番をしていた男の人も立ち上がった。多分、御者なんだろう。


「兄さま、馬車に乗せてもらえるなら、いいじゃない?」

「お前は能天気すぎる」

「何かあったら、責任を持って守る」


 ドル様の言葉にアルは一瞬息を飲んでから、小さく返した。


「お気遣いなく、姫には私がついておりますので」


 ……こわい。

 そうこうしているうちにドル様の出店はかたずけられ、あらよあらよという間に準備が整った。人目のない所までは別行動をしたが、町はずれで馬車に乗り込んだ。


「狭くて申し訳ないね」

「いえ、なんかわくわくしますね、こういうのも」


 飾りのない素っ気ない馬車は椅子も固いし、木の質も御世辞にはいいと言えないけれど、狭めの馬車内にドル様と私とアルとレン、という顔合わせで乗っているのが面白かった。

 とはいえ、アルが相変わらず憮然としているので空気が重い。本来ならアルは馬を連れて帰るのだが、それはドル様の連れがしてくれている。機嫌が悪いのはそのせいもあるかもしれない。

 何から何まで、私がドル様を頼ってしまったから……。

 重い空気をなんとかしたかったのか、レンがドル様と談笑を始めてほっとした。


「どうして髭の変装なんですか?」


 びっくりするくらい、レンは遠慮ない。仮にも、昨年まで私の婚約者だったんだけどね、ドル様。


「うん、俺は髭が似合わないから、普段伸ばさないんだよ。でも、格好いいだろう、髭は。憧れがあってね、せっかくなんでこれ幸いと」

「そうなんですね、そうやって髪もぼさぼさで汚れた格好をしていると髭もお似合いです」

「褒めてないわよねそれ」

「まったくだ、相変わらずエリーザの侍女は度胸があるな」

「よくいわれます」

「褒められてないのよ、レン」

「わかってます」

「計算なのか、よくできてる」


 こんなどうでもいい話をしながら、馬車は森の側で静かに止まった。ようやくアルが口を開く。


「さあ姫、降りますよ」


 マスラ王はまだなのかな。上手くいけば一目会えるかもしれないという小さな期待で胸がうずく。時間をかせがなければ。


「ドル様は、今どこにおられるのですか?」

「姫っ、そんな事を」

「んー、今はファーラにいる」


アルの説教を切ってドル様が答え、私よりもアルの方が驚いて目を開いた。


「ファーラ、ですか」

「そう。ユカリナの隣の隣。ユカリナと緊張状態にあるチモシのお隣」


 アルの顔に緊張が走ったきがするけど、私にはそれがどういう事かなんて分からない。


「……ファーラは十年に一度、王が変わるのでしたね」

「そう。完全実力主義。面白いだろう」

「まさか、ドルトラル様」

「まだ、だけどね。もうちょっとかな。そうなると、マスラと手を組んだ方が俺にとっても、ユカリナにとっても得なんだよ」


 なんか、話が、よく見えないんだけど。

 ユカリナはササーラとは逆の隣国チモシと緊張状態にあって、国境警備を強めたりしてるっていうのは聞いた。それで、チモシの隣国であるファーラの王に、ドルトラル様がなるって? ユカリナと手を組む、マスラ様と手を組むって事?

 そうすれば、間に挟まれたチモシは下手に動けない。

 それがドル様の言う「マスラにもいい話」という事なんだろうか。


「ドルトラル様、こんな話、私達が聞く訳には、いきません、これは内政の」

「いいじゃんか。俺は政治の話を大臣達にしてるんじゃないよ、友人達と話をしているだけだ」

「――しかし、ユカリナの民は貴方を受け入れないのでは?」

「ああ、まあ、そこんとこはマスラに上手くやってもらわないとねえ。切り札はあるけど、そうそう使いたくないしなあ」

「だからこその密会ですか」

「だから、違うって、ただ親友に会いたいだけ。今話てる事もただの雑談な」

「……それでも、難しい話だと思いますが」

「まあ、この国の地力に関わってくるかもな。もう少し活気が出ればいいんだけどな。祭りでもすりゃいいのに」


 祭り、で不意に思い出す。


「ユカリナは剣の国ですから、剣技大会でもすればいいんじゃないですか?」

 思わず口を挟んで、アルとドル様両方に同時に顔を見つめられた。き、気まずい。私が口を挟むタイミングじゃなかったみたい。


「いえ、これこそ雑談です」

「いや、うん、面白いかもしれないな。ユカリナ国民は不安と同時に忘れかかっているものを取り戻せるかもしれない」

「ドルトラル様、これは姫の独り言です」

「分かってるって。エリーザの事は口外しない」


  そうやって私達が関わらないようにしてるんだろう。


「さあ、姫、森へ。帰りますよ」


 アルに促されて、しぶしぶ馬車を降りて森へ入る。アルはドル様の護衛が連れてきてくれた馬を受け取ってから森に入ってきた。それと同時くらいに、馬の足音が響く。振り返ると、セイとマスラ様が到着した所だった。何か声を掛けたいとは思ったけれど、アルに制される。


「久しぶりの親友のご対面だそうですから、姫は遠慮された方がいいのでは」

「そう、ね」


 多分、これから私には分からない難しい話をするんだろう。

 そのまま、私達はそっとササーラとの国境を越えて城に帰った。




 ユカリナから「剣技大会の来賓招待」を受けたのは、それからしばらくしてからの事だった。


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