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嫁げない姫と気の毒な犬  作者: ヒナコ
10/20

アルには内緒

   

10


  うーん、と頭を抱えるとレンがすぐに首を傾げた。


「どうされましたか、姫さま?」

「買い物って楽しいよね」

「そうですね、わくわくしますわ」

「そうなのよねえ」


 それって買う方だけじゃなくて、売る方も楽しいんじゃないかと思う。私も「じいさま」の市で作った刺繍が売れたら嬉しいし、楽しい。活気って、そういう「楽しい」が沢山ある場所に生まれるんじゃないかと思うんだけど。

 もし、ユカリナの市に活気がなくて、それもマスラ様の疲れに繋がってるなら、やっぱり私はユカリナの市に行きたいと思った。


「けど。アルは絶対反対だし、やっぱり私だけでは難しいかな」


 黙って聞いてくれていたレンは、さっきの私のように、うーん、と唸ってからちらと私の顔を覗き見る。


「なに?」

「いえ、うーん、けれど、やはり私も兄さま抜きでは賛成しかねます」

「まあ、そうよね。アルより強い人もいないもんね」


 ため息交じりでレンを見つめると、なんとなく視線が合わない。これはアレだ。何か隠している時の顔だ。長い付き合いをなめてもらったら困るってものだ。


「レン? 何を隠してるの?」

「うっ、姫さま……」

「もしかして、アル抜きでユカリナに行く術を持っているとか?」

「う、うぅ」


 くるりと顔を背けるレンの顔をわざわざ正面から覗きこんで、にっこりと笑う。


「レ、ン?」


 そうするとレンは降参の合図のように両手をあげ、小さく息を吐いた。


「実は、ドルトラル様と連絡が取れるのです」

「ドル様!? 何で?」

「何か困った事があったら呼んで欲しいと、鳥笛を預かっていて。文での連絡になりますけど」


 もし、ドル様が護衛についてくれたらこんなに心強い事はない。でも、ユカリナに入るのはドル様にとって危険な事のはず……。


「実は、ドルトラル様は商人の振りをして何度かユカリナ入りしているらしいのです。ですから、姫もその一員として入れてもらえればどうかと」

「何それ、完璧じゃない! すごいわ、レン! 早速手紙書くわね」


 はあ、ともじもじしているレンは放っておいて、私はいそいそとドル様に手紙を書いた。ユカリナの市を見てみたいという事、なるだけ素直に隠し事のないようにごまかす事のないように、私の今の気持ちをそのままに。それをレンに託すと、やっぱりまだ迷っているようだった。


「レンは、反対?」

「いえ……はい、でも、まあ、それは私の問題というか兄さまの事を思うとなんとなく」

「アルには――ちゃんと上手くごまかすから」

「――分かりました」


 レンは意を決したように胸元から取り出した笛を手に窓辺へと寄り、窓を開けると同時に笛を吹いた……ようだった。なにせ、音など聞こえない。どうやらそういうものらしい。


「こんなんで、本当に鳥が来るのかしら?」

「ですよねえ。もう少し吹きますね」


 レンは何度か笛を口に当てていたが、やっぱり音はしないし、鳥も来ない。なんとなくレンと顔を見合わせて吹き出した時だった。音もたてずに小さな鳥が窓から飛び込んできた。手のひら程の大きさの黒い鳥はつぶらな眼でレンを見上げていた。


「き、来たわね」

「すごいですね、鳥も私も!」


 鳥を呼べた事にご満悦のレンは、さっきまでの気乗りしない顔はもう消えていた。こうなると心強い。早速手紙を鳥の足に結んで、そっと撫でる。


「お願いね、鳥さん」


 そうすると鳥は何の躊躇もなく飛び立ち、あっという間に空へと消えた。

 ドル様が私をユカリナへ連れて行ってくれるかは分からない。でも、私にできる事はその返事を待つ事くらいしかない。


「いえ、姫さま」


 レンが妙に怖い顔で首を振った。

 

「兄さまが一緒でないという事は、馬を制する者がいないかもしれないという事ですわ。少なくとも、国境までは馬に乗れる技術を身につけないと!」

「う、うま……レン、私乗馬は苦手で」

「知っております、けれど、ドル様の馬に私と姫二人乗る事ができるかも分かりません。私は馬を持っていません、姫に練習していただかないと」


 馬は、幼い頃に乗り方を教わったけれど、一度落ちてから本当に苦手になったのだ。姫だから馬など乗らなくてもいいのと今までは避けてきたけれど、実のところ父上は残念がっている事は知っていた。

 ササーラには良い馬が沢山育っていて、乗馬国でもある。他国の姫は知らないけれど、ササーラでは姫であろうと馬に乗る。姉様も乗れるし、母様ももちろん乗れる。散歩、というと馬に乗っての散策という意味でもあるのだけれど、私はそれを避けてきた。馬に乗る時はいつもアルが乗せてくれるか、引いてくれる。


「さあ、良い機会ですし」

「そ、そうだけど」

「ユカリナに行きたいのでしょう、姫さま」

「……はい」


 そうして私はしばらくの間、こっそりと乗馬訓練に勤しむ身になってしまった。



 そうこうしているうちに、ドル様からの返信が来た。どうやらドル様は今ユカリナにいるらしく、国境までなら迎えを出してくれるという事だった。ドル様自身が迎えに行きたいけれど、ユカリナではあまり動かないようにしているらしい。


「乗馬訓練、無駄になりませんでしたね、姫さま」

「ガンバリマス」


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