新年それぞれの抱負~観賞対象から告白されました。番外編~
新年明けましておめでとうございます。昨年はありがとうございました。本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
皆さま、初めましてですね。わたしはドーラ。元バルクール男爵令嬢、ロレーヌ様に仕えている小間使いです。元、と申しますのはロレーヌ様は昨年、念願かなってカスタルディ侯爵ご子息のジェレミア様とご結婚なさいました。
もちろん、結婚なさったからといってわたしが主を変えることなどありません。
あの地味地味した方を華々しく装わせることこそ、わたしにとっての最高の楽しみなのです。他の小間使いになんて渡すもんですか! あんなに化けさせ甲斐のある方はそうそういません。一番はやっぱり落差! 元のお姿とわたしが手を加えたお姿の落差の激しさがたまらないんです。
そんな訳で、今はカスタルディ家のお邸に仕えています。
最初は馴染めるかとても心配だったのですが、この邸の方々は皆さんお仕事を楽しんでいらして、ご主人さまたちを尊敬しています。もちろん、彼らが頑張るのはカスタルディ家の方々が皆さんを大切にしていらっしゃるからなのは見ていてわかります。
そんな場所で働けるのは、本当に幸せだなあと思っています。
今の季節は冬。新年を迎え、昨夜はそのお祝いのパーティがありました。ですので、現在もお邸には数人のお客様が滞在していらっしゃいます。今日も何かしら催しがなされる予定、今から楽しみです。
どうしようかな、と衣類を見て思案するこのひと時が大好きです。
すると、そのロレーヌ様が声をお掛けになりました。
「ドーラ、汚れても構わない服ってないかしら?」
「何をなさるおつもりです?」
「ええ、ちょっと思いだしたことがあって、今すぐ用意できる?」
「はい、少々お待ち下さい」
それからわたしはすぐにご要望のものを用意しました。ロレーヌ様はわたしが出したものを見て複雑そうなお顔をなさいましたが、こんなださい柄の古いドレスは汚れたって構いません。ロレーヌ様はため息をつきつつお着替えになりました。それから、どこかへ行ってしまわれました。
少しして、旦那様のジェレミア様がいらっしゃいました。
簡素な装いをされていますが、本当にお美しい方です。こういう方には余計な装飾は必要ありませんね。むしろ、元々の素材の質が良いものが必要です。
まあ、それはわたしの仕事ではありませんが。
「ロレーヌがどこにいるか知らないか?」
「そちらのお部屋におられるはずですが?」
「そう思って寄ったが、見えないんだ」
「変ですね」
わたしは首を傾げつつ、すぐ隣のロレーヌ様のお部屋へ行きました。ジェレミア様もついていらっしゃいます。失礼します、と断ってから入ると、確かにいません。おかしいなあ、と思いつつ耳を澄ませてみると、何やら紙をがさがさする音がしました。わたしはそちらへ足を向け、止まりました。
ロレーヌ様は、床に座り込んでいました。
しかも、何やら真剣な様子で床に置いた紙を見ておられます。
「何をしているんだ?」
すると、ジェレミア様がお声を掛けられました。
「あ、お帰りなさい。ええと、これですか?」
ロレーヌ様はそう答えて、手に持った絵筆と床に置かれたインク、そして紙を示しました。
「これはですね、わたしの前世の国での習慣でして、新しい一年の目標を立てて紙に書いておくんです。何しろ、去年は色々ありましたし、頑張ろうと思ったのに出来ないことばっかりで、これじゃいけないと思ったんですよね。それで、このことを思い出して、あ! これ書き初めって言うんですよ」
言い終えると、ロレーヌ様は紙を持ち上げて見せてくれました。
何やら太い字で荒々しく、全く読めない字らしきものが書かれています。妙にカクカクとしたそれを見ていると、確かに気合が入りそうだと思いました。
「ジェレミアとドーラもやってみますか?」
「いやもその前に、それは何て書いてあるんだ?」
「これは、その、『努力』って書いてあるんです。昔使っていた字なので、今いち上手く書けていないような気もするんですけど……他にも、『根性』とか、長くなりますけど『体力』とか『目力を補強する』とか、ですね~」
答えながら、積まれた紙をがさがさと言わせながら畳むロレーヌ様。
わたしには努力や根性、体力というのは理解できるような気がしますが、目力はこれ以上いらないように思えます。大体、もう容姿の優れた方を眺めることはしないと仰っておられたのですから、むしろ逆ではと内心思うのですが、もしかしたらご自身の目がぱっとしないことを気にしていらっしゃるのかもしれません。ご心配なさらずとも、目もぱっちりさせる方法をわたしは知っているのに、早速今夜から実行に移してみましょうか。
積まれた紙には、ロレーヌ様の前世とやらで使われていた文字だけでなくこの国の言葉で書かれたものもありました。わたしはしゃがみこみ、それらの紙を拾い上げて読んでみました。
実は、バルクール男爵家で少し文字を習っていたのです。
男爵と夫人には感謝の言葉以外見つかりませんね。
「……『視線に耐える』『図太くあれ』『心臓に毛を生やしたい』……あぁ」
わたしにはなんとなくわかりました。
「あああああああああっ! 見ないでっ、それはただの願望で目標じゃないの! ジェレミアも見ないで、お願いだからっ」
「『美的センスがもう少し欲しい』『聞き流す術を身につける』『痩せたい』あー、わかります」
楽しくなって、わたしはさらに読み上げました。
確かに、ロレーヌ様はここへ来て少しお肥りになりましたし、ジェレミア様の姉君であるパオラ様からは相変わらず苦言の嵐ですからよくわかります。
「もう少し運動なさればいいんですよ、図書室にばかりおられないで」
「わかってるわ」
「私は別に気にしていない。そのままの君が好きだ」
ジェレミア様が何気なく零した言葉に、ロレーヌ様は口を魚みたいにぱくつかせ、声もない様子です。頬が赤いので、凄く照れていらっしゃるのでしょうが、時には悶絶していらっしゃいます。
わたしは手元の紙に書かれた「図太くあれ」という言葉を眺めました。
すると、さらにお部屋に来客がありました。
「ロレーヌお姉様、お姉様もカードをしない? あら、何かしらこれ」
この邸へ滞在されているお客様のひとり、ロレーヌ様のいとこにあたられるルチア様です。益々美しさに磨きがかかり、すでに引く手数多だとか。それを全てお断りしているのは、ある方を一途に思い続けておられるからで、なんとも切ない気もします。
「甘いものを控えたい? ロレーヌお姉様お身体の具合が悪いの?」
「いや、そうじゃないらしい。新しい年の目標をそうやって書いて見える場所に置いておく、という習慣らしい。私もやってみようと思っていたところだ」
先ほどのお言葉で頭が真っ白になっていらっしゃるロレーヌ様に変わり、ジェレミア様がお答えになりました。
「へえ、いいですね。わたしもやってみようかな、あ、そうだ! じゃあ皆さまにも声を掛けて来るわ。大勢でやったら楽しそう。少し退屈しているようですから」
「ああ、いいんじゃないかな」
「じゃあ待っていて下さいね、また呼びに来ますから」
ルチア様は颯爽ときびすを返し、退室していかれました。わたしは散らばった紙を拾い集め、ロレーヌ様に渡しました。ロレーヌ様はそれをからくり人形みたいな動きで受け取られます。
「それでは、わたしは晩餐の支度がありますので失礼しますね」
「ああ、わかった」
ジェレミア様のお返事に軽く頷いて、わたしは静かに退室します。
そっ、と扉を閉めると中から微かに声が聞こえます。
「ロレーヌ、君は本当にそのままで十分綺麗だ。君の願いを否定する気はないけれど、それだけはわかっていて欲しい」
「は、はい」
消え入りそうなロレーヌ様の声を聞き、わたしはにたりと笑って歩き出します。
それにしても、ロレーヌ様が書かれたあの言葉たち。全てがジェレミア様に関連しているものばかりです。ジェレミア様がお気づきになられないはずはないですし、きっとあの部屋は甘いことになっているのでしょう。それも極甘です。
「そうだ、今日はとびきり甘い印象のドレスにしましょう。それでいて、少し色っぽさもあるような、決まりですね」
わたしはよし、と呟いて仕事部屋へ戻ったのでした。
◆
ちなみに翌日、カスタルディ家の玄関ホールには大量の紙が貼られました。
カスタルディ家の方々とお客様方、そしてわたしたち使用人の分まで貼られています。ジェレミア様の提案です。みんな驚いて、少し恐縮しながら楽しく書いていました。
もちろん、わたしも書きましたよ。当然、ロレーヌ様をより美しくすると言うものです。今年は絶対、昨年以上にロレーヌ様に視線を集められる装いを見つけます。ロレーヌ様の視線に耐えるという言葉とは対照的ですが、負ける気はありません。
それらは風が吹き込むと音を立てます。
枯れ葉の舞うような音を聞くたび、みんなの書いた気合の入りまくった文字が思い出され、身が引き締まる思いです。
まあ、中には違う方向に気合が入っているものもありましたが。
今年こそ結婚するとか、今年こそちゃんとギャンブルを卒業するとかです。それもまた、目標には違いありませんからね。
よし、今年も頑張りましょう!
この作品は、涼風様にお声掛け頂いたことで思いついたものです。いつか、こういう企画に参加したいなあと思っていたので、今回参加させて頂けて本当に楽しかったです。お読みくださった方、ありがとうございました。
皆さまのご健康と多幸をお祈り申し上げます。