魔法少女なんて絶対お断り!
「キミは魔法少女になる運命なんだ――だから、ここから出たかったらこの書類にサインして魔法少女になるんだ」
「ふざけんじゃないわよ!」
私は閉じ込められたエレベーターの中でこんなやり取りを延々と繰り返している。
もっとも、ここまでたどりついたのは数分前なのだけれど――
私は芳沢美由紀二十三才。社会人二年目の下っ端OLで彼氏ナシ。募集については――見た目はきっと普通なんで、よろしくお願いします。
――それは置いておいて、あろうことか目の前のヒヨコらしき何かはこんな私に『魔法少女』になれ、と言っているのだ――二十三才の私に。
今から一時間ほど前、停電かなにか――とにかく不慮の事故で私はエレベーターに一人閉じ込められた。マンガでも馬鹿にされそうな展開。電気は通ってるのか照明は点いているのだけれど非常回線は通じていないようで外からの助けを待つしか打つ手が無い。手元にあるこの書類はどうしよう――と思っていると目の前に何かが落ちてきた。
「――ネズミ?」
野生のネズミって初めて見るけれど獰猛なのかしら――などと思いつつ落ちた先に目を向けるとそこいたのはネズミではなくヒヨコだった。緑の。
床には頭を打ち付けたらしい緑のヒヨコが横たわっていた。今時カラーヒヨコ? どこかからクレーム来るんじゃないの? というか何でオフィスビルの中にヒヨコがいるの? 緊張感に欠けた疑問が次々と頭の中を駆け巡る。そんな中、
「キミは魔法少女になる運命なんだ――だから――」
そう言ってヒヨコはムクリと起き上がった。とりあえず順番が逆。お願いだから起き上がってから言って、怖いから――あと、こんなヒヨコはヒヨコじゃない。ヒヨコって呼んじゃいけない。今から目の前のこれはヒヨ(仮)。決定。
目の前のヒヨ(仮)が日本語で話しかけてくることに驚く余裕さえない私。ヒヨ(仮)はそんな私のことなんてお構いなしにどこからか紙を取り出して
「ここから出たかったらこの書類にサインして魔法少女になるんだ」
だそうだ。それ私が落とした書類じゃないの? 少なくとも一緒に差し出してるのは私が落としたボールペンよね? 元から微塵もない現実味が更に薄くなる。
「キミは魔法少女になる運命なんだ――だから、ここから出たかったらこの書類にサインして魔法少女になるんだ」
ご丁寧なことにヒヨ(仮)は最初から繰り返してきた――ん? 『ここから出たかったら』? ひょっとしてここに閉じ込めたのはこのヒヨ(仮)? 悪いのは停電かなにかではなくてこのヒヨ(仮)なの?
どうやら宙ぶらりんだった怒りの矛先はこのヒヨ(仮)に向けても構わないらしい。
「そうね――って訳分かんないわよ! 私に分かるように言いなさい!」
ヒヨ(仮)から書類とボールペンを受け取りそれが私のものでないことだけを確認すると私はその紙を一気に破り捨てた――ちなみにボールペンは予想通り私のものだった。
「キミは魔法少女になる運命なんだ――だから、ここから出たかったらこの書類にサインして魔法少女になるんだ」
私の逆鱗に触れたにもかかわらずヒヨ(仮)はまたどこからか紙を取り出して同じ台詞を繰り返してくる。こいつ――ヒヨ(仮)の分際で!
「魔法少女魔法少女って――他には何か話せないの? まともに会話もできないの?」
「普通に話せるよ? だからキミは魔法少女になる運命なん」
「ど・う・や・ら、踏み潰されたいようね」
「だ――――」
無意味なリピートがようやく止まった。この様子だとヒヨ(仮)には実力行使が効くらしい。さっさと蹴り飛ばしておけば良かった――
「まともにかどうかは別にして、ようやく話せるところには辿り着けたみたいね――とりあえず自己紹介はいいわ。あなたがどんな名前でも私はあなたのことヒヨ(仮)って呼ぶから。それでヒヨ(仮)、私の名前ぐらい分かってるんでしょうね?」
「――――」
明らかに身の危険を感じている態度なあたり、私の名前が分からないらしい。実にふざけている。きっと誰でもいいんだろう――そう思うと余計に腹が立ってくる。
「本当に夢か何かを見ているのかしら――」
「じゃあそういうことにして、この書類にサインして魔法少女に――」
問答無用!私は黙ってヒヨ(仮)に蹴りを入れる。宙に浮いたヒヨ(仮)は鈍い音を引き連れてエレベーターの扉にぶち当たった。床に落ちたヒヨ(仮)は動かな――――動いた。ヒヨ(仮)はむくりと起き上がると開口一番
「その蹴りがあれば何も怖くないよ。だからキミは魔法少女になる運命なん」
「やっぱり踏みつけておくべきなのかしら」
「だ――――」
どう違うのかはよく分からないけれど、蹴り飛ばすより踏みつける方がヒヨ(仮)には効くらしい。
「ヒヨ(仮)、私の言うことに順番に、私に分かるように答えるのよ? まず、どうしてエレベーターは止まったの?」
「――――」
「どうして助けは来ないの?」
「――――」
「どうやったらここから出られるの?」
「この書類にサインして魔法少女に――」
「ヒヨ(仮)!」
大きく音を立てて靴の踵を床に打ち付ける。これでは埒が明かない。本当に踏み潰してやろうかしら――
「いいわ。ヒヨ(仮)、私に分かるように説明しなさい」
「キミは魔法少女になるうん――」
「誰が決めた運命なの?」
「――――」
「知らないの? 言えないの?」
「――――」
「知らないのでないなら言えないようね。やっぱり踏んで――」
「――言ったら殺され――」
「安心しなさい。死ぬのが今になるだけだから」
「め、女神様です! 女神ミミルファ様!」
「ふうん、女神様――きっと疫病神とか貧乏神の類ね。次。『出たかったら』とか言ってたわよね。なんで出られないの? どうして助けは来ないの?」
「――――」
私は無言で靴の踵を床に擦り付けながらこの間に挟まりたいの? とヒヨ(仮)を睨みつける。
「命日は今日でいいのかしら?」
「――時間が止まっているから――」
「その辺に転がっているマンガにだってありそうな話ね――嘘っぽいし信じるつもりも無いけれど、一応そういうことにしてあげる。それならヒヨ(仮)がなんとかすればいいんじゃないの? まさか出来ない、なんて言わないわよね」
「この書類にサインして魔法少女に――」
「なら決定。ヒヨ(仮)、あなたが自分でそれにサインしなさい。思ったより簡単だったわね」
「――それは出来な――」
「ヒヨ(仮)!」
今度は踵を床に打ち付ける。この場に至ってまだ――
「もう一度だけ言ってあげる。あなたがその書類にサインするのよ、ヒヨ(仮)」
「――ボク、オスだから――」
「男だとサインできないの?」
「――うん――」
随分と適当だな――と思いつつもその一方で既に手詰まりかもしれない、という状況に愕然とする。
どこかの神様とやらが時間を止めて私とヒヨ(仮)をエレベーターに閉じ込めた。
この状況から抜け出すにはサインをしなければいけない。
この場でサイン出来るのは私だけ。
サインというからには契約の類なのだろうけど、
――これは契約とは言わない。脅迫の類だ。私は魔法少女になれ、と強要されているのだ――
「――これはまた、妥協点が全くないのね――」
「だから、ここから出たかったらこの書類にサインして――」
こいつ――! ヒヨ(仮)は何に対して必死になっているのだろう――?
「――話を先に進めてあげる。そのサインって契約か何かなのよね? まさか『ここから抜け出す』為のものとか言わないわよね?」
「魔法少女に――」
「魔法少女って何? なったらどうなるの? この状況から抜け出すのとどんな関係があるの?」
「――――」
この場に至ってこの反応。どうやらその先はヒヨ(仮)にも分からないらしい。ヒヨ(仮)もいい加減なことこの上ないけれど、私をこんな状況に陥れた神様とやらはそれ以上にいい加減な奴ね。確定。
「ならこれしかないわね。ヒヨ(仮)、サインしてあげる――」
やっと開放される――そういわんばかりにヒヨ(仮)の表情が変わる。
「それでこの状況から抜け出したら即クーリングオフ。できないとは言わせないわよ?」
その瞬間ヒヨ(仮)の顔から血の気が引いていくのが分かる。ダメな意味で表情豊かな奴――というかヒヨ(仮)、あなたはクーリングオフがなんのことか分かるのね。
「――それは、別の書類――」
「なら、それも出しなさい」
「ここには――」
「書類が揃っていないならサインなんて出来ないじゃない。そういうのって詐欺って言わない? だいたいウソでしょ? それ」
「――――」
ヒヨ(仮)のお使い能力=ゼロ。なんでこんなのを寄こしたのかしら――きっと神様も人手不足なのね。同情する気は無いのだけれど手持ちの駒にも苦労してるなんていかにも貧乏神、って感じ。
「なら次の手――ヒヨ(仮)、この場で新しく書類を作りなさい。サインしたらこの状況から開放されるだけの書類」
「――それは――」
「サインして欲しいんでしょ?サインしてあげるから新しい書類を用意しなさいって言ってるのよ」
「――――」
「今夜の夕食はハンバーグ――ピーマンの詰め物なんてのもいいわね。でも冷蔵庫に挽肉なんて残ってたかしら?」
「――!」
もちろんヒヨコの挽肉なんてものを食べるつもりは無いのだけれど、ヒヨ(仮)を脅すならこれで十分。潰されるのは嫌みたいだし。
慌てふためくヒヨ(仮)。私はこれ以上譲る気なんて露ほども無い、という顔でヒヨ(仮)を見下ろす。しばらくこうしていよう。
二メートル四方たらずのエレベーターの中を右往左往するヒヨ(仮)。こうして見るとピヨピヨ鳴かない以外はどこから見ても立派なカラーヒヨコね――そろそろ精神的にも参ってきてるようだし、次の手かしら。
「それで結局、何か変えられるの?」
「一行加えるぐらいしか――」
「あら素直ね。じゃあサインしたら即その神様の所に行って直談判できるように追記して。どうせ契約期間とかは変えられないんでしょ? あと、間違って違うことを書いてしまった――なんてことをしたら、遠慮なく踏み潰してあげる。気をつけてね、ヒ・ヨ・(仮)?」
「――――」
「大丈夫、何かあってもヒヨ(仮)を盾にするから私がヒヨ(仮)より先に死んだりすることはないわ。安心して」
「――――」
そんなやり取りの後、私は一行付け加えられた書類にサインすることになった――私のボールペンで。
サインが終わると同時に何も無かったかのようにエレベーターが動き出す。なんて現金な――私は周囲を見回して緑のカラーヒヨコを確認すると無言でそれを鷲掴みにして語りかけた。
「さぁ、私を黒幕の所に連れて行きなさい? 誤魔化そうとしてもダメよ、ヒ・ヨ・(仮)?」
「――うん――」
ここでピヨピヨ鳴けばどうにか誤魔化せるかもしれないのにヒヨ(仮)はあっさりボロを出す。だからあなたはダメなのよ、ヒヨ(仮)――――
待ってなさい疫病神! 魔法少女になんて絶対なってやるものですか!
動き続けるエレベーターの中で気合を入れ直した瞬間、私の周囲は暗闇に包まれ私は意識を失った。




