神と呼べるのであれば
(*** 神と呼べるのであれば ***)
この宇宙はビッグリップによって崩壊することがほぼ確かになった。星も生物もそれらを構成するすべてが素粒子レベルで互いに光速で遠ざかる。友人たちと何回めかのミーティングを行なう。私たちに何かできることはないのだろうか? 何かできるのだろうか?
「エネルギーや質量を集約することは出来ないだろうか?」
私が、何度めかの提案をする。
「集約してどうする? ビッグリップに対抗して維持するのか?」
右に座っている友人が、何度めかの問いをする。
「もうこの宇宙は小さくなりすぎた。維持できるとも思えない」
正面から、別の友人が何度めかの答えを口にする。
「そう、何をやろうと無駄だ。この宇宙はそれほど遠くない未来に崩壊する」
友人たちを見渡し、私が答える。
遠くない。1兆年程と予測されている。
この宇宙には、銀河が一つあるのみ。だが、昔はそうではなかったと言われている。一つの銀河に千億以上の恒星があり、そんな銀河が千億もあったという。この銀河よりは小規模とはいえ、それが千億も。それらは光速を越えて遠ざかっている。宇宙は刻一刻と狭くなっている。
1兆年の猶予があるわけではない。いや、何もしなくともこの宇宙は1兆年はたぶん安泰だ。ただ、何もしなければ、この宇宙は消えてしまう。雲散霧消。そういう言葉を使うには、おそらく規模が違いすぎるだろう。だが、消えてしまう。
「人為的にビッグクランチに持っていけば、エネルギーは確保できるだろう。他の兄弟宇宙の中から使える宇宙のエネルギーも使えばおそらく確実だ」
そんなことを考えながら、私ははじめての提案をする。そう、これははじめてだ。
「それでも宇宙は終わるぞ」
左に座っている友人が即座に答える。
「そのエネルギーを使えば、10の500乗個の娘宇宙を生み出せる。計算では」
正面の友人が身を乗り出して聞いてくる。
「兄弟宇宙にアクセスできるなら、それらの宇宙や娘宇宙への移住は考えられないのか?」
新しい提案だ。そう。この宇宙が終わるのならば、生き残る方法を考える方が建設的だろう。
「いや、他の宇宙は物理定数が違うなどの理由で移住はまず無理だ。娘宇宙に行くには特異点があるからね。そこを通るのは無理だ」
私は静かに答える。
「1万年程度でもあれば、技術が開発されるかもしれない。」
右の友人が、これも新しい、だが希望的にすぎる提案をする。
「いや、この方法を取るなら、そんなに長い時間は待てない。質量もエネルギーも十分に集められなくなる」
これではまるで自殺だ。自分でも分かっている。それはわかっていると自分にうなずきながら、続ける。
「10の500乗個の宇宙の中には物理的にバランスが取れ、かつ知性体が現れる宇宙もあるだろう」
「知性体が生まれる宇宙が現れたとしてどうなる?」
正面から当然の疑問が出てくる。
「彼らも宇宙を理解するだろう。そこからさらに先に進むかもしれない」
右の友人が言った希望的な意見よりも、もっと希望的とも言える答えを私は口に出す。
「知性体が現れるように物理定数とかを設定しておくことはできるのか?」
左の友人が言う。何か希望を。もう皆、それだけに賭けるしかない。
「おそらく物理的にバランスが取れた宇宙が多くなるようにはできる。だが知性体が現れるかどうかは、偶然に期待するしかない。そもそも仮に知性体が生まれてとしても、それは仮の区分だ。ほとんどの場合、実際には非知性体、あるいは準知性体どまりだろう。この宇宙と同じだよ。知性体はミュータントなんだ」
皆を見渡しながら私は答える。
「兄弟宇宙にも娘宇宙に行く事はできない。知性体が現れるように条件の設定もできない。それなら娘宇宙に生まれるかもしれない知性体に知識の継承だけでもできないのか?」
正面の友人が訊ねる。そうだ、せめて情報だけでも伝えられれば。だが、それは…
「継承など考えていないよ。彼らは彼らで見つけるだろうというだけだ。最終散乱面や背景放射となるであろう部分に情報を埋め込むように操作はできるかもしれない。だがそうれら観測できるところまで発達すれば、そういう不自然な現象はむしろ不要だろう」
「では何のためにそんなことを」
正面の友人が問う。
「この宇宙はどうやって生まれたのか? 仮にビッグクランチになるのなら、母宇宙にエネルギーが戻るだけだろう。戻ったとして、そのエネルギーは0だったとしても。計画的に作られたり、あるいは量子力学的なゆらぎで生まれたのだとしたら、母宇宙に戻るのが自然だ。だがそうではない。兄弟宇宙で物理定数が違うのも、計画的に作られたのではないからだろう。少なくとも入念には。あるいは持っていた技術の違いかもしれない」
エネルギーの総量は不変だと考えれば、おそらくそうだろう。それに計画的に作られたのなら他の宇宙もいろいろ調整してあるはずだ。だが、そうではない。私は言葉を続ける。
「だがこの宇宙はビッグリップを迎える。ではこの宇宙が持っているエネルギーはどこに行く? つまりこの宇宙はおそらくゆらぎではないし、計画的に作られたものでもない。そして私たちには特異点に至るものを作る技術はある」
部屋の中に沈黙が訪ずれる。
「つまり、宇宙――それが何世代目でも―― の存在を途切れさせてはいけないということか」
右の友人がポツリと言う。
「そう、それだけが知性を守る方法だ。直接伝達することはできないけれど。娘宇宙の知性体が、同じように、何かに気付くかもしれない」
皆、それに同意した。
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そして装置が完成した。
もうすぐ装置が臨界を迎える。その瞬間にこの宇宙が、そして兄弟宇宙が一つの点になる。
誰かが叫んだ。
「光あれ!」