15
あの後、俺達は解放されたザンルートに行き、街の人達にお礼を言われながら砦で休ませてもらった。
ザンルート解放により、砦の周りにできていた街は新たにルリクユフォという名前に改名され、今後は軍事施設中心の街になるという。
ちなみにこの街の名前は俺達の名前から一文字ずつ取ったものだが…………文字が入っていれば良いってものじゃないと思う。
そうして疲れを癒した後、学園からの連絡で俺達は朝一番の電車で帰ることになった。
「やれやれ…………観光ぐらいさせてくれんのか」
「仕方ないよ、私達は学生だもの」
「その割りには初っぱなからとんでもない所に送ってくれたがなあの学園長」
当然、終わったらとっとと帰ってこいと言わんばかりの学園の連絡に、俺は不満たらたらで電車を待っていた。
初依頼のことといい、このことといい、学園長と教官には一度文句を言わんと気がすまん。
「俺達は依頼で来たんだ、遊びに来たのではないからな」
と考えてると横からフォンにこの上ない正論を言われ、反論もできず言葉に詰まる。
「…………ぐうの音も出ませんね」
「うるせえ!
だ、だったらアレだ、依頼に関しては文句言って良いだろ!?」
「それも事前に説明があっただろう、戦闘もあり得ると。
それを承諾した以上、俺達がとやかく言う立場ではない」
「…………」
「完封じゃの」
「…………マスターの負け」
「お前ら剣に戻れ、そこにある石壁に叩きつけてやる!」
人の姿を取ってるクロとユキに怒鳴る。
ちなみに二人は帰りぐらい一緒にいさせろとか訳のわからんことを言い出し、このままで帰るらしい。
なるべくならクロとユキは目立たせたくないのだが。
それに一緒にいさせろも何も一緒じゃねえか、何が不満なんだ。
「マスターの鈍感さは時々無性に腹が立つのう」
「……………蹴って良い?」
「だから何でだよ!?」
三人でぎゃあぎゃあ言い争っていると、駅に一台の軍用車が止まった。
そこからミラウェル大佐と数人の軍人が降りてくる。
「あれ?クラン大佐はいないんですか?」
「クラン大佐は次の任務のため飛空挺で出発した。
私も君達を送ったらすぐにレクルーンへ飛ばねばならん」
出発したって…………俺達が待ってるの朝一の電車だぞ………昨日はまだいたから何時に出たんだよ…………。
しかもミラウェル大佐はレクルーン?
あそこ、飛空挺使っても十三時間ぐらいかかるだろ………。
やはり第5師団のエースともなれば忙しいらしい。
「忙しいのにわざわざありがとうございます」
「いや、君たちのおかげで長いザンルートの戦いに終止符が打てたんだ。
これぐらいはさせてもらわないとな」
ミラウェル大佐にそう言われ、改めて自分達が成したことの大きさを実感する。
俺達は依頼とはいえ、帝国に占領されていた街を解放する手伝いをした。
ザンルートの人々から送られた笑顔と感謝の言葉が今も耳に残っている。
「さて、そろそろ来るようだな」
大佐の言葉に線路を見ると、電車がガタンゴトンという音を響かせながらこちらへ向かってくる。
「それではここでお別れだ。
…………そうだ、なにか私達に質問はないか?」
そう言われ真っ先に思い浮かんだのは、帝国が使用したあの兵器のことだった。
「すみません、一つ。
あの帝国の兵器ですが………」
「ああ、アレは回収して専門家に調べてもらうことになっている。
何か分かったらアカデミーに連絡するよう手配しておこう」
「はい、お願いします」
本来、俺達が知るようなものではないかもしれないが、どうもアレは気になって仕方ない。
それは一つの嫌な考えが浮かんでいるからだが…………いや、今は考えないでおこう。
ふと見ると電車がキイー!と金属音を響かせ、ちょうど駅に停車するところだった。
『ガリウス行きはあと10分で出発します。
お乗りの方はお急ぎください』
「ふむお別れだな。
君たちのこれからの活躍も期待しているぞ」
ミラウェル大佐がビシッと敬礼したので慌てて返すと、サッと踵を返し車へ歩いていった。
その一連の動きを見ているとユニがジト目で俺を見て
「…………鼻の下伸びてますよ。
あとヨダレも拭いてください」
「えっ!?いや、ちが………!!
てか、最後のは嘘だろ!?」
「ふん、どうですかね!」
ユニが吐き捨て電車に乗り込む。
「な、なんなんだよ………?
まあいい、とりあえず俺も」
乗ろうとした時、プシューと音を立てて電車の扉が閉まった。
どうやらユニとの会話で想像以上に時間を取られたらしい。
「…………っておい待て!
俺がまだ乗ってねえ!!」
慌てて電車に取り付くが押しても引いても電車の扉はびくともしない。
「ええい、こうなったらクロ電車の中に飛ぶぞーーー」
手を腰に伸ばすがいつもあるクロかない。
ふと電車の扉にある窓越しにクロとユキの姿を見た。
「そうだったーーー!
あいつらあの姿のまま………というか、先に乗りやがってーーー!!」
待て待て落ち着け、そうだ、この窓をぶち破って入れば………!!
「危険ですので白線の内側までお下がりくださーい」
と思っていた矢先、そんな声とともにグイッと襟首を引っ張られ後ろに下げられる。
「あっ、ちょ」
『ガリウス行き発車します』
そして電車は無慈悲にも走り出し駅を出ていってしまった。
「てめえ!何しやがる!?」
「君、学生かい?
ダメだよ、ルールはちゃんと守らないと。
じゃ、今度から気を付けてね!」
俺を止めた駅の警備員に怒鳴るも、その警備員は爽やかに手を振ってどこかへと消えていった。
「……………」
あまりの引きの早さに文句をいう暇もなかった俺は呆然としばらく立ちつくす。
「ってそうだ!
早く学院へ……………」
待てよ、確か始発に乗るはめになったのはそうしないと間に合わないからだよな。
それを徒歩で…………
「ちくしょおおおおおおお!!」
これからの道のりを思い、俺は悲痛な叫びを朝の駅に響かせるのだった。
ーーーーー数十分後ーーーー
「ーーーで、言い訳はそれだけか?」
「いや、言い訳ではなくて事実をですね」
ゴンッ!!
「ぎにゃああああああ!!」
「全く、まあザンルートを解放したことだしな、これぐらいで大目に見てやる」
「大目も何も殴ってんじゃねえかこの暴力教師!
訴えてやる!」
「ほう、何なら私が今考えてる罰を全部味わせてやっても良いが?」
「すみませんマジ勘弁してください!」
アカデミーに戻った俺は早速教官からのお叱りを受けていた。
理由は言うまでもなく遅刻したからである。
一応、乗り遅れた理由も言ったのだが、全く聞いてもらえなかった。
曰く「どうせ嘘だろう」と。
どんだけ信用ないんだよ俺、自分のことながら泣けてくる。
「全くお前というやつは………いつになったら真面目にやる気になるんだ?」
「俺は十分真面目にやってるつもりなんですが………」
「そうか。なら今の十倍はもっと真面目にやれ」
「俺はそんなに不真面目に見えますか!?」
おまけに数字がリアルで冗談に聞こえないんだが…………冗談だよな?
「あの、教官」
「どうしたリリィ」
「学院長を待たせてるんじゃ………」
「ああ、少々良いさ。
あいつは待つのが好きだからな」
ふと時計を見ると俺が電車に乗り遅れたこともあり、時計は予定時間を大幅に過ぎていた。
つまりその間、学院長はずっと待ってるわけになる。
「で、でも………」
「良いんだよ、あいつはいつも忙しいからな。
たまにはゆっくりする時間も必要だろう」
「な・に・が・ゆっくりする時間よ……………!!」
怨念の籠った声に振り向くと、そこには怒りのオーラを背後に漂わせた学院長が立っていた。
「お、来たのか」
「来たのか、じゃないでしょ!
あんたたちがいつまでたっても来ないから様子を見に来たら雑談してるし!
今日、私会合があるから昼前には書類を纏めないといけないんだけど!
このままじゃ休憩時間なくなるんだけど!」
学院長が怒りのまま喋るのを聞いて、教官は一言。
「そうか、計画通りだ」
「っ~~~~!!
叩きのめしてやるーーーーー!!」
とうとうぶちギレた学院長が手をかざすと、学院長室の方から二本のデカイ斧が飛んできた。
学院長はそれを片手で一本ずつ持ち、一本を学院長に向ける。
「今日という今日こそは許さないわよ!覚悟しなさい!!」
「お、喧嘩か?
良いぞ、売られた喧嘩は買う主義だ」
「売られたのは私なんですけど!?」
教官も学院長と同じように手をかざすとどこからか大剣が二振り飛んできた。
アレ、どういう原理なんだろうか。
「…………たぶん、風の魔法」
学院長と教官を見ていたクーデリカが答える。
「風の魔法?」
「ああ、恐らく風の魔法で武器をここまで飛ばしてるんだろう」
フォンが引き継いだ説明に納得する。
俺も使えたら便利そうだが………使えないもんなぁ。
「って早く止めなくて良いんですか?」
「あー、そうか。
お前はまだ知らないよな。
大丈夫だ、あの二人の喧嘩を止める人がちゃんといる」
ユニに話してる間にも二人はいよいよ武器を互いに構え、突撃する体勢になった。
「謝るなら今のうちよこの凶暴女…………!!」
「謝る?ふ、面白い冗談だな。
お前こそあいつらに無様な姿を見せないうちにやめた方が良いんじゃないか?」
互いに相手を罵った後、不意に黙りこむ。
「「誰がお前に謝るかーーーー!!」」
そして、互いに走りだし武器を振りかぶり、相手に叩きつけようと振り下ろす。
ギギインッ!!
その時、誰かが間に滑り込み双剣で教官と学院長の武器を受け止めた。
サラサラの金髪に、柔和な顔立ち、さらに全身から放たれる高貴なオーラは、まさに「貴公子」というに相応しい出で立ちだった。
それもそのはず、この人は公爵の位を持つどこかのなんちゃって貴公子とは違う本物の貴公子なのだ。
名前はジルレイド・オーレンスと言い、どういう繋がりか、学院長と教官と幼馴染みらしい。
ちなみにこのアカデミーの数少ない常識人の教官の一人でもある。
「全く貴女達は………いい加減大人なんですから落ち着いてくださいよ」
「なによ!貴方は関係ないでしょ!」
「そうだ、余計な手出しはやめてもらおう」
呆れた口調で言うジルレイド教官に二人が噛みつく。
二人の言葉を聞いたジルレイド教官はため息をつくと
「ちょっと二人とも、座りなさい」
と、強い口調で言った。
二人は一瞬ビクッと震えるも、頭に血が昇ってるからか反論する。
「なんでそんなことをしなければいけないんだ」
「そ、そうよ、それに私ここのトップよ!
命令する気ーー」
「い・い・か・ら・す・わ・り・な・さ・い」
「「…………はい」」
ジルレイド教官がさっきより強い口調で言うと、二人は武器を置きその場に座り込んだ。
「(…………すげえな。
あの二人を黙らせたぞ)」
「(か、顔は優しいですが、何か怖いですね…………)」
「(温厚な人ほど怒ると怖いって言うが………本当だったんだな)」
「(ルー君、何で私を見つめながら言うの?)」
普段俺達生徒に接する時は、授業をサボっても怒らないぐらい温厚を通り越して人が良すぎるジルレイド教官なだけに余計怖い気がする。
「全く…………生徒の規範となるべき人達がその生徒の前で喧嘩をするとは…………特に学院長。
貴女はこのアカデミーのトップでしょう?
貴女の言動がこのアカデミーの外部評価に繋がるんですよ?」
「はい…………」
学院長がまさに叱られた子供の如くしょんぼりとした顔で頷く。
「そうだな、というわけで私はこれで」
「で、貴女もですよ。
貴女の経歴を考えたら多少は仕方ないかも知れませんが、限度を考えてください。
そんなものまで持ち出して………」
ジルレイド教官は教官の持つ二振りの大剣を見てため息をつく。
教官はというと「………ふん」とそっぽを向いて少し拗ねてるようにも見える。
「ふう、まあ今回はこのぐらいにしておきましょう。
二人とも今度から気を付けてください」
「「こいつが何もしなければ」」
互いに指差し同時に言い、また睨み合う二人を見てジルレイド教官はため息をつく。
「ふう…………君達もすまなかったね。
帰ったばかりでこんな光景を見せられて」
「いや、まあ、この二人が仲悪いのは知ってましたけど。
それより俺はこの二人と教官が思ったより仲良いのが驚きましたよ」
正直、学院長はまだしも、チンピラみたいな教官と知り合いなのが信じられない。
「ああ………まあ、この二人も悪い人ではないんだよ。
うん………悪い人ではね………」
ジルレイド教官はまだ睨み合いを続けている二人を見て言葉を濁していく。
「苦労してそうですね…………」
「分かってくれるかい………?」
この時ばかりは完璧貴公子ではなく、幼馴染みに振り回される苦労人に見えたのだった。
ーーーー学院長室ーーーーー
「あー、こほん。
ごめんね、見苦しい所を見せちゃって。
とりあえず依頼お疲れ様、どうだった初めてのホルスとしての活動は?」
「超大変でした」
「怖かったです…………」
「無駄骨でした」
「良い修行になりました」
「…………面倒だった」
俺、リリィ、ユニ、フォン、クーデリカの順番に答える。
「ふむふむ、報告は聞いてるわ。
何でも帝国最強の男がうろついてたみたいね?」
「“白閃”か………。
その剣の太刀筋はまさに白き閃光の如く、とまで言われてるらしいな。
一度戦ってみたいものだ」
白閃の言葉に教官が物騒な笑みを浮かべて呟く。
「いやいや、アレは本当人間じゃないですよ?
太刀で砦の壁を切り裂いて出たんですよ?」
粉砕するのではなく、分厚い砦の壁を切り裂いて(・・・・・)行ったのだ。
それだけでもあの男の実力が窺えるだろう。
「良いじゃないか。
疾風などあちらにも名将がいるにも関わらず、あんな自己勝手で戦闘狂な男が最強と唄われているんだ、そのぐらい強くなくては困る」
俺の言葉を聞いても教官はますます楽しそうに笑うだけだった。
ダメだ、この戦闘狂。
「で、ユニちゃんの方は空振りだったのね?」
「はい、どっちの方にもユニを知る人はいませんでした」
ミラウェル大佐も軍を使って探してくれたが、手がかりは何もなかった。
これだけ目立つ容姿をしてるユニは一目見たら忘れないと思うから、あの街に手がかりはもうないと見て良いだろう。
「う~ん、それは残念だったね。
まだ一つ目だし焦らずに行こう」
「またドンパチに巻き込まれるのは嫌ですよ?」
「いや、あのときはまさかあそこまで戦況が切迫してるとは思わなかったからね。
今度は大丈夫………なはず」
「最後小声にしてもバッチリ聞こえてますからね!?」
次はどこに飛ばされるかと思うと若干怖くなってきた。
「まあ、次はまた週末だからそれまでは授業を頑張ってね。
とりあえず明日は休みだからゆっくり休んで」
「?明日休みでしたっけ?」
「うん?ああ、君たちは休みにしたんだよ。
アデーリアは休みなんぞいらんとか言ってたけど、その方が良かった?」
「いえ、ありがとうございます学院長!」
あぶねー、危うく休みなしになる所だった。
「じゃあ明日はゆっくりできるんですね」
「ええ、それと今日ももう帰って休んでも良いわよ」
「え、良いんですか?」
「うん、それに今から授業に出たってどうせ集中できないでしょう?」
確かに始まって三秒で寝る自信がある。
「だから今日はもう解散。
さあ、私今から色々と準備があるから出た出た」
「はあ、あ、そういえば」
「どうしたの?」
「クーデリカと学院長はどんな関係なんですか?
聞いた感じ、親しそうでしたけど」
突然、任務に捩じ込んだりしてきたし、何の関係もないってことはないだろう。
「ああ、クーちゃんのことね」
「…………クーちゃんはやめて」
「クーちゃんは私の子供なのよ」
………………
「「「ええええええええええええええ!?」」」
何か関係はあるとは思ってたがこれは予想外だ!
「お前…………まだそれ言ってたのか。
養子だろう?」
「良いじゃない、クーちゃんは私の子よ!」
「……………シーナ、恥ずかしい」
あ、養子、そういうことか。
「クーちゃんの勉強にもなるし、それにクーちゃんがいて助かったでしょ?」
「まあそれはそうですが」
確かにクーデリカがいなかったら、ユニとリリィを守りきれなかったかもしれない。
それは認めるが…………何というか学院長ってその………
「学院長さんって親バカだったんですね」
「相変わらず容赦ないなお前!」
「そうよ!」
「認めた!?」
「でもクーちゃんは最近私に冷たいの…………これが反抗期なのね…………」
「………………」
多分、かまいすぎたんだろう。
小さい頃のナギサにかまいすぎて最終的には嫌われた親父と同じだ。
「でもね、小さい頃のクーちゃんも可愛かったのよ~。
写真も撮ってあるんだけど………」
「あ、いや、疲れたのでそろそろ帰ります」
話が長くなりそうだったので慌てて話を打ち切る。
「そう?残念。
それじゃあお疲れ様。ゆっくりしてね」
手を振る学院長に頭を下げ、学院長室から出る。
『クーちゃん、初任務お疲れ様!
お祝いに外食でもーー』
『アホ、お前は今から堅物ジジイどもと外食だろうが』
『あんな息の詰まる食事に行くぐらいならサボる!』
『お前………良いな。
なら今から飲みにーーー』
『させませんよ?』
『『ジル!?いつからここに!?』』
『学院長が会食をサボる話をしている時からです。
良いですか、あの会食はただ食べに行くだけではなく、今後の学院に関わる話もするのであってーーー』
『…………帰って良い?』
「………あの人も本当大変だな」
「?どうしましたルーク?」
「いや、何でもない」
ーーーーーーーーーーーーー
フォンとリリィと別れ、ユニと一緒に我が家へ続く商店街を歩く。
時間が時間なだけに仕事へ向かう人や、呼び込みをする人で商店街は活気に溢れていた。
「そういえば朝飯食ってなかったよな…………」
店から漂ってくる匂いにポツリと呟く。
ナギサは学校だろうし、飯を作る気力もないから今日はどっかで食べようか。
「ご飯ですか?」
「ああ、今日はどっかで食べようぜ。
何が食べたい?」
「私はどこでも良いですよ」
「そうか?ならあそこに行こうか」
適当な店を見つけてそこで飯を食うことにした、のだが…………
「すげえ…………あの嬢ちゃんもう軽く数杯食ってるぞ………」
「おいおい………あの細い小さい体のどこに入るんだよ………」
その周りのざわめきを俺はテーブルに突っ伏して聞いていた。
忘れてた…………こいつ体は小さいが食欲はマンモス級だったんだ…………。
俺はテーブルに高く積まれてる空の皿を見、自分の財布を見て深いため息をつく。
「もぐもぐ…………ルーク、どうしたのですか?
食べ過ぎでお腹でも痛いんですか?」
「それは俺の台詞だ………。
なあ、そろそろお腹一杯になっただろ?」
「うーん、そうですね。
朝ですし軽め(・・)に済ましておきましょう」
そう言うとユニは最後のご飯を食べ始めた。
軽く………だと………。
俺はこの量を軽く、と言うユニに恐怖すら覚え冷や汗を額に滲ませる。
…………今後、こいつと一緒に飯を食うときは財布の中身と相談しないとな。
その後、好奇の視線に晒されながら俺とユニは店を出た。
「何でしょうね…………さっきからチラチラ見られてる気がします」
「チラチラじゃねえよガン見だよ主にお前を」
「え?はっ、まさかルークが誘拐した女の子を連れていると誤解されているのでは………」
「んなわけあるか!
そろそろお前の中の俺への変態認識を無くしてもらおうか!」
「そうなんですか?
でも他のクラスメイトの人たちは「ルークはああ見えてロリも熟女もいける超変態だからユニちゃんも気を付けろよ」と何度も」
「クロ、ユキ最近ストレス溜まってないか?
思いっきり暴れさせてやるからちょっと黙ってついてこい」
《落ち着くのじゃマスター》
《…………あながち間違ってもない》
「どこがだ!?
俺は美人でスタイルの良いちょっと年上の人が好みだって言ってんだろうがああああああ!!」
思わず叫んでからハッと気づき慌てて辺りを見回す。
『………あの子こんなところで……何言ってるのかしら………』
『きっと新手の変態だわ………年下の女の子を連れてるし………』
『というかヤバイんじゃない?警察に連絡した方が…………』
「いや違うんですこれは誤解で!!」
遠巻きにひそひそ話していたおばさん達に三十分ぐらい弁明をし、ようやく納得してもらえ解放された俺は近くの公園のベンチに座りぐったり項垂れる。
「ほら、やっぱり勘違いされていたじゃないですか」
「もうそれで良い………」
ユニに説明する気力もない俺はユニの言葉に適当に返事をする。
ああ…………ナギサが学校で良かった。
もしあわや通報なんて騒ぎを起こしたと知られていたら、こっぴどく叱られていただろう。
妹に叱られるってのもおかしな話だが………
「ふふ」
「?おいユニ、そんなに俺のたそがれた顔が面白いか?」
「?なんのことですか?」
「今笑っただろ」
「いえ?確かにあなたのたそがれたいつもの顔は面白いですが今は笑ってませんよ」
「そうか?なら良い…………って何かサラッと聞き捨てならないことを言われたんだが」
ユニは嘘をついてる様子もなく本当に不思議そうな顔をしている。
だがここには朝だからか人気がなく、俺とユニの二人だけだ、他に誰が………
「わっ!!」
「うおっ!?」
突然耳に大声が響いた俺は耳を押さえて立ち上がる。
俺の後ろにはいつの間にか10~12歳ぐらいの、ホワイトブラウンで肩にかかる長さの髪をした女の子が立っていた。
「き、君は誰だ?」
「ふふ、お兄ちゃん面白そうだから付いてきちゃった」
女の子は無邪気な笑顔を見せながら俺をじーと見ている。
「…………ルーク、いつの間にかさらったんですか?」
「違う!付いてきたって言ってんだろ!
ていうか、いつからだ?
全く気配なんか………」
「それはお兄ちゃんが私を意識してなかったんだよ。
酷いなーお兄ちゃん、私のことを無視するなんて!」
「え、いや、何急に怒ってんだよ!?」
訳のわからないことを言う女の子に戸惑いつつも言葉を返す。
「てかお兄ちゃんってのやめてくれないか?」
「えーどうして?」
「いや、最近立場が危なくなってきたからガチ幼女に呼ばれるのはちょっと…………」
「??」
「ルーク…………女の子に何を言ってるんですか?」
「え?」
ユニに言われ自分が喋ったことを思い出し、慌てて言い繕う。
「い、いや何でもない!
忘れてくれ!!」
「んー……あ、分かった!
要するにお兄ちゃんは変態ーー」
「ちがーーーう!!」
そこは力強く否定する。
「君のお母さんとお父さんは?
今ごろ心配してるんじゃないか?」
「刑事さん、私やってないです!」
「うん、職質じゃないから。
どの辺に住んでるの?」
「私達の居場所を聞き出していつでも私とお姉ちゃんを食べれるようにするんだね!………お兄ちゃんのえっち♪」
「ユニぃ!変わってくれえ!」
「嫌です!」
何この子自由すぎて手に終えないんだが!
ユニに助けを求めるもユニは知らないとばかりに明後日の方向を向いており、女の子は無邪気な笑顔で俺をニコニコと見つめている。
俺こんな見知らぬ女の子になつかれるような雰囲気はしてないと思うんだが………。
「どうしようか………とりあえず交番にでも」
「ルリ!」
女の子の対応に頭を悩ませていると、こっちの女の子より少し年上っぽい紫色でショートの髪をした女の子が俺たちの方に駆け寄ってくる。
「あ、お姉ちゃん!」
「お姉さん?」
その女の子のお姉さんは俺たちの前まで来ると息を整えてから女の子を叱り始めた。
「もう、ダメでしょルリ!
勝手にふらふら行動したら!
危うく見失う所だったのよ?」
「だってーこのお兄ちゃん達が面白かったんだもんー」
そこでその女の子は俺たちに気づき申し訳ない顔になった。
「すみません…………この子がご迷惑をかけたようで…………」
「い、いや」
妹とは違い、しっかりした対応に若干戸惑いつつ答える。
あまり年変わらないように見えるのに、姉妹でこうも違うんだな。
「む、お兄ちゃん今失礼なこと考えてなかった?」
「い、いや。
それより、ほらお姉さん来たじゃねえか、もう家に帰んな」
「そうよ、ルリ。
これ以上迷惑をかけてはダメよ」
「はーい」
女の子は渋々といった感じで頷くとお姉さんの元へ走り寄り笑顔で手を振った。
「じゃーねー!お兄ちゃん!
また会おうねー!」
「本当にありがとうございました」
紫色の髪の子はペコリ、と頭を下げると妹と一緒に公園を出ていった。
うーむ、あの子は将来良いお嫁さんになるな、あと10年ぐらい早く生まれていれば俺好みの良い女になってただろうに。
《…………マスター、犯罪を犯すのだけは勘弁じゃぞ?》
《…………その時は氷漬けの刑》
「ばっ、ちげえよ!
そういう意味じゃねえよ!」
「いや今の顔は危なかったですね。
獲物を狙う肉食獣の目でした」
「だからちげえってーーーーー!」
ーーーーーーーーーーーーー
「全くもう…………心配させて」
「あはは、大丈夫だよー。
お姉ちゃんは心配性だね~」
「はあ………本当にこの子は。
………………どうだった、あの人は?」
「んー?大丈夫そうだったよ?
何というか裏表の無さそうな人だったよ?」
「そうね…………。
心を読んだ(・・・・・)時も普通だったわ」
心を読んだ時のことを思い出し、少し顔が赤くなる。
「あー、お姉ちゃん、何で顔赤くしてんの~?」
「ち、違うわ。
きっと夕日のせいよ」
「今お昼だよお姉ちゃん」
妹にそう指摘されさらに顔を赤くする姉を妹はニコニコと見つめている。
「こ、こほん。
とりあえず、今は要監察ね」
「私もそれで良いと思うよ」
「よう、チビッ子ども。
元気でやってるかー?」
二人に声をかけたのはサングラスにアロハシャツを着たガタイの良い男だった。
「あ、タイラーさんだ」
「タイラーさん、こんにちわ」
「おう、こんにちわだな。
そうだ、今日の昼飯一緒に食うか?」
「すみません、家に作って置いてあるので………」
「お姉ちゃんの愛妻料理だよ~。良いでしょ~」
「くう、良いなー。
俺も料理上手なお嫁さんが欲しいぜ…………」
「か、からかわないでください。
ルリもそういう恥ずかしいことを言わないの!」
「いやいや、お世辞じゃないぜ。
お前があと20年早く生まれて来てれば、と常々思ってんだ」
「…………さっきと言い今日はよく年を惜しまれる日ですね」
「ん?何のことだ?」
「いえ、何でもありません。
それよりタイラーさんはこんな所でどうしたんですか?」
「ちょいと休暇をもらって懐かしい顔を見にきたんだ。
相変わらずのアホ面だったけどな」
そう言いながらも男は、懐かしそうに目を細め口元には微笑を浮かべていた。
「ふふ、良かったですね」
「ああ、まああんなことがあった割りには元気そうで安心したぜ」
男の言葉に紫色の髪の女の子は顔を曇らせる。
「“白閃”………そして一緒にいた白衣の男ですね」
「ああ。あの男は分からないが、白閃があんな所をうろついていたのは明らかにおかしい。
そして、あいつは見事にそのおかしい現場にいたんだからな」
「…………大丈夫でしょうか?」
「あいつのことか?
大丈夫、大丈夫。何せーー」
「お姉ちゃん、誰か来たよ」
ふと気づくと共和国軍の軍人が数人、目の前に立っていた。
全員士官クラス、その中には、少佐の階級章を付けた人もいる。
そんな彼らは三人の目の前まで来ると、ビシッと敬礼をした。
しかもその敬礼は男だけではなく、女の子二人にも向けられたものだった。
「これは“剣聖”タイラー殿、そして“心剣”フィナ殿に“無剣”ルリ殿も一緒でしたか!」
「おいおい、堅苦しいのはやめてくれ、息が詰まる」
「そ、そんなに畏まらなくても良いですよ」
「いえいえ、3人方のご活躍を知っている身ならば当然のことです」
「ふう、やれやれ。
で、どうしたんだ?何か伝えたいことでも?」
「はい。まず先日回収した帝国の兵器についてですがーーー」
少佐の階級章をつけた軍人が告げた内容に、一人は顔を青くし、一人は沈黙を返し、一人は「…………そうか」と呟く。
その後、男と軍人は何分か言葉を交わし、軍人達は近くに止めていた車に乗って走り去っていった。
男は伝えられたことが、弟子にとって辛いものになることを思いポツリと呟いた。
「…………面倒なことに巻き込まれやがって。
まあ、せいぜい死ぬなよ。バカ弟子」
「ぶえっくし!」
「ルーク?もしかして風邪ですか?」
「いや、急に鼻がムズムズして………誰か俺の噂してんだろう」
もしかして、クラスメイトの誰かが「ルーク君ってかっこよくない?」とかな。
《それはないじゃろう》
《…………ありえない》
「何を考えていたか大体分かりますが、それは奇跡のレベルですよ」
「……………夢ぐらい見させてくれよ」
「じゃあ今すぐ寝てください」
相変わらず辛辣に返すユニに苦い顔をしつつ、入れたコーヒーを飲む。
ピンポーン
「ん?ナギサか?」
そういえば、今日は学校が早く終わる日だったような気がする。
「私出迎えてきますね」
「ああ」
ユニがぱたぱたと玄関に向かうのを見つつ、コーヒーをすする。
「あー…………今日は魚が食いてえなー」
『な、ナギサちゃんどうしたんですか!?落ちつーー』
「兄さん!」
「うおっ!?あっちゃあ!」
バアン!と扉を壊しそうな勢いでナギサが入って来たのに驚いて、持っていたコーヒーを足に落とし悲鳴をあげる。
「な、なんだよナギサ!
コーヒーこぼしちまったじゃねえか!」
「今日私が帰る時に聞いた噂は本当なの!?」
ずかずかと俺に近寄り顔を近づけて怒鳴るナギサ。
こ、これは下手したら魔法の雨嵐が降ってくる一歩手前だぞ………とりあえず、落ち着かせねえと!
「ま、待て待て!
そこまでお前を怒らせるようなことは何もしてない!
本当だ!信じてくれ!」
俺の必死の言葉が届いたのかナギサは少し落ち着いた様子で言葉を続ける。
「じゃああの話は嘘だったのかしら………」
「あの話ってなんだ?」
「それが兄さんが商店街で突然、俺は年上の女の人が好みだ!と突然叫んで、おまけに10~12歳の女の子を公園に連れ込んで、住所を聞き出そうとしていたとかいう噂なのよ。
まあ、根も葉もない噂だとは思ったんだけど、最近の兄さんはちょっと怪しかったから。
違うのよね兄さーー」
「あ?あそこ人いたのかーーー」
ふと呟き、その直後自分がとんでもない失言をしたのに気づく。
「………………兄さん?
今のはまるで、公園に女の子と一緒にいたような言葉に聞こえたんだけど……………?」
「いや、違う!
違わないけど違う!
いや、ほら、お前が考えてるような出来事は何もなくてーーー」
「………信じてたのに………!!……兄さんのっバカーーーーーーーーーー!!」
「おまっ、それシャレになら家ごと吹き飛ぶってちょっとまっーーー」
その後俺の意識は途切れ、その日の半分を寝て過ごすことになる。
ーーーーーENDーーーーー