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学院長からの依頼を受けた俺達は、週末までは普通に授業を受けさせられた。
どうやら授業をサボらせてくれるわけではないらしい、それを教官に直訴しに行ったら「当たり前だ馬鹿者」といって殴られたが。
そんなこんなであっという間に週末となり、俺達「ホルス」として初めての依頼が始まるーーー。
「うおおお!?
遅刻、遅刻するーーー!?」
俺はどたばたと忙しなく駆け回りながら準備を整えていた。
「兄さん………初日から遅刻は流石にないわよ?」
「ルーク、急いでください!」
「分かってるって!」
俺は素早く着替えをすませ、飯を口に放り込み、身だしなみを整えて玄関に向かう。
「よし、それじゃ行ってくるぞナギサ!
戸締まりはしっかり!あと、怪しい男についていかないように、それと」
「もう!私のことは良いから早く行きなさいーー!」
ナギサの怒声を背に受けながら、俺は家を飛び出した。
走る俺にユニがついてくる。
「このペースならギリギリ間に合うな………!」
「そうですね、ところで一つ良いですか?」
「なんだ?」
俺はユニへ視線を向ける。
「私はもう………ダメです。
おぶってください」
そう言うとユニはパタンと倒れこんだ。
おぶれって…………おぶって走ったら当然、スピードは落ちる。
そして、時間はギリギリ、つまり………死ぬ気で走らないと間に合わない。
「ちくしょおおおおお!!」
ーーーーーーーーーーーーー
「あ、ルー………君?」
「はあ………間に………ぜえ………あっ………ごほっ………たか…………」
数分後、ユニを背に背負い、俺は待ち合わせ場所にいた。
「う、うん。その…………大丈夫………?」
「なん………とか………」
いくらユニが小柄で軽いとはいえ、人一人背負ってここまで全力疾走してきた疲労は半端ではなかった。
「ルーク、その、ありがとうございます」
ユニが俺の背から降りながら礼を言う。
「いや………元々は俺が寝過ごしたせいでもあるからな………あまり気にするな」
段々と息も整ってきて楽になってきた俺はそう返す。
「で、学院長は?」
「まだ来ていないな」
今日は学院長が来て、その時に説明をする、という話だったのだが………まだ来てないのか。
そろそろ時間だし、もう来てないとおかしいが………
「…………シーナは来ない」
「っ!?君は………?」
声がした方に振り向くとそこには小柄で銀色の短髪をした子が…………
「ん?君、この間服屋で会った………」
「……………」
銀髪の子は俺の言葉には反応せず黙ったまま袋に入った書類を差し出した。
「?これは?」
「…………読んで」
言葉少ないなーこの子。
ユキに似た印象だが、ユキはちゃんとコミュニケーションを取るのに対して、この子からはコミュニケーションを取ろうという意識を感じない。
性格なのか、意識的にやってるのかは分からないが………
とりあえず受け取った書類の封を切って中身を出して、皆に聞こえるよう声に出して読む。
「えーと………『ごめーん、急用が入っちゃって行けなくなったの!
代わりにクーちゃんに必要なことを書いた紙をこれと一緒に持たせたから、それを見て!
あと、クーちゃんも一緒に連れていってあげてね!』………理由は分かったが軽いなおい。
あと、クーちゃんって………」
「…………私」
銀髪の子が答える。
「クーちゃん………可愛い名前だね」
「…………」
「本名は何て言うんだ?」
「…………」
「お腹空きました………」
「…………」
俺達の言葉に一切返さない銀髪の子。
てかユニ、お前朝にパン10個と玉子焼きを3個分食っただろ………こっちが呆気に取られるぐらいのスピードで。
「む?これは………」
一人、書類を読んでいたフォンが声を出す。
「どうしたフォン?」
「これを見てみろ」
フォンが書類の一枚を俺に渡す。
「なになに………今回の行き先は『ザンルート。
目的は帝国軍が占領してるザンルートの攻略に役立つ情報を、現地の攻略軍の指揮官に提供すること、可能なら作戦に協力せよ』………はあ!?」
文章を読んだ俺は思わず声をあげた。
「ザンルートって………確か帝国軍が占領した街の一つだったよね?」
「ああ、その占領した帝国軍と、奪還しようとする共和国軍との間で戦闘が繰り返されている、帝国軍との前線の一つだな」
「その危ない所にいきなり送り込みやがるか………!しかも、可能なら作戦に協力せよって………」
「ふむ、良い評価を貰いたければやれ、ということだろう」
「騙しやがったな!?
なにが情報を集めるだけだ!!
これ最初から戦闘前提じゃねえか!」
報酬もくれる、達成点もくれるとやけに気前が良いと思ったらこういうことだったのか!
「ええと………私はよく知らないのですがそこは危ないのですか?」
「危ないもなにも………毎日帝国軍と共和国軍がドンパチやってるような所だ。
あそこの近くを通ったら、流れ弾で100回は死ぬって言われてるんだぞ」
「…………」
ユニが顔を青ざめさせて黙ってしまった。
「だが引き受けた以上、行くしかあるまい。
それにお前たちには目的が有るんだろう?」
「それはそうだが………!」
「それに悩む時間はないぞ」
「へっ………?」
「ザンルート行きの電車がもうすぐ来る」
フォンの言葉と同時に、ガタンゴトンという音を響かせながら電車の姿が見えてきた。
「って動いてんじゃん!?
もう間に合わねえ!?」
「どどどどうしようルー君!?」
クロの能力で………いや、俺しか行けないし、そもそもあのスピードだと移る前に電車が通りすぎてしまう。
どうすれば………!!
「跳ぶしかないな」
「はっ?なに言ってんだ」
「思えば待ち合わせ場所がここなのもそういうことだったんだろう」
そう言われ改めて周りを見渡す。
俺達は橋の上に立っており、ザンルート行きの電車が走っている線路はその橋の下を通っている。
「まさか…………これも最初から………」
「そういうことだろう」
あのアカデミーの学院長がマトモだと思った俺が馬鹿だった!
そうこう話している間にもう電車は橋のすぐ近くにまで迫っていた。
「そろそろ準備をしておけ」
「ちょ、待て!
俺達はともかくリリィとユニは」
「行くぞ」
言い終わる前にフォンが跳び、難なく電車の先頭車両に着地する。
「おいぃっ!?」
思わず叫ぶがもう乗ったフォンにその言葉が届くはずもない。
「わ、わた、私なな何とか跳んで………跳んで………」
リリィが下を覗きこみ、高さと下を通る電車を見て、顔を真っ青にする。
「わ、私も………やっぱり無理ですぅ!?」
ユニは下を覗きこんだ瞬間、震えながらすぐにその場から離れてしまった。
そうしている間にも次々と電車の車両か通過していく。
「こうなったら俺が二人を抱えて跳ぶしかない………」
「えっ!?だ、大丈夫なんですか!?」
ユニとリリィが心配そうな顔を俺に向ける。
俺は二人を安心させるように笑ってからビッ!と親指を立ててやった。
「もちろんーーー正直賭けだ!
失敗しても恨まないでくれ!」
「「えっ………」」
俺はリリィとユニを抱えて橋の下に身を踊らせる。
「「きゃあああああああ!!」」
「うおおおおおお!!」
二人を抱えてバランスが悪い中、体勢を整えながら何とか電車の屋根に着地する。
「っとと………ふう。
なんとか、着地できたな………」
後ろを見ると本当にギリギリで、あと一歩ズレていたら挽き肉になっていただろう。
一瞬ゾッとしながら抱えていたリリィとユニを下ろすが
「「……………」」
二人とも呆然とした表情のまま言葉も出ない様子だ。
軽くトラウマになったかもな………。
俺は二人に声をかけるため、近づこうと
「…………着地」
スタッと銀髪の子が俺の隣に降り立つ。
その時、軽くその子の腕が俺に触れ、歩こうとしていた俺はバランスを崩しーーー
「えっ………?」
「…………あ」
俺はーーー電車から落下した。
「「ルーク(ルー君)ーーーーーーーー!!」」
その後、なんとかクロの能力で助かったが、リリィとユニ、そして俺にトラウマがまた一つ増えたのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
「「「電車怖い電車怖い電車怖いガタガタガタガタ」」」
「…………なにがあった?」
合流したフォンが、端っこの席で震えている俺とユニとリリィを見て首をかしげる。
「あ、フォンてめえ!よくもさっさと下りやがったな!
おかげで三人とも仲良くトラウマ生産しちまったじゃねえか!」
「ふむ、悪かった。
その白い剣で階段でも作るかと思っていたからな」
……………え?階段?
待てよ、えっと…………ユキを使って氷の階段を作って、電車の近くまで降りてれば、安全に乗れたんじゃ…………?
《……………可能だった。
…………滑らないようにすることもできた》
…………………。
俺はだらだらと背中に汗を流しながらぎこちない動作でユニとリリィを見る。
「………ルー君…………」
「…………ルークの馬鹿…………」
二人は恨めしそうな顔で俺を見ていた。
「わ、悪かった。
ほ、ほら、弁当でも奢るから、な!」
その後、宥めすかし俺の財布を犠牲にしてようやく二人の機嫌が直った。
「はあ………今月のお小遣いが………」
「………自業自得」
「まあ、女子を怒らせると怖いということじゃ。
マスターも身に染みたじゃろ」
軽くなった財布を見ながらため息をついていると、ユキとクロが人の姿でさらに追い討ちをかける。
「お前ら………たまにはマスターのフォローでもしたらどうだ?」
「…………面倒」
「マスターならこのぐらい大丈夫じゃろ」
「おいおい、前に言わなかったか?
俺はガラスのハートなんだ、そのうち砕け散るぞ」
「「ないない」」
「二人揃って否定とは良い度胸だなお前らぁ!!」
「ルー君、他のお客さんの迷惑だよ?めっ」
思わず大声を出した俺をリリィが叱る。
「そうじゃぞマスター。
他人に迷惑をかけるではない」
「………マスターは落ち着きがない」
「…………………(ギリギリ)」
リリィに怒られたばかりで怒鳴るわけにもいかず、歯を食い縛りながら睨み付ける。
これでもリリィは怒らせると怖い、昔それで一回ひどい目にあった。
「ルークルーク!
凄いですよ、周りの景色がゴーってなってガーッと!」
窓を見ながらはしゃぐユニ。
どうやら電車も乗ったことはないらしい、微笑ましいが席の上に膝を立てて見るのはやめろ。
「そういえば、ザンルートまでどのぐらいかかるんだっけ?」
「あともう十数分だな」
フォンが答える。
「近いのですね……私たちが住んでいる所と」
「ああ。だから共和国軍も躍起になってるし、帝国軍も取り返させまいと必死になってるんだ」
共和国は首都に近い街が占領されてるのを放っておくわけにはいかないし、帝国は首都に近い街を占領していれば、共和国に対して非常に有利になるからだ。
だからこそ毎日戦闘が起きてる非常に危険な場所なんだが………今からそこに行くと考えると頭が痛い。
「あそこを攻撃してるのって第五師団だっけ?」
「ああ、正確には第五師団の一部の部隊だな」
「一部………?
全員では攻めないのですか?」
「師団規模で攻めたら街が灰になるかもしれないし、帝国軍が自棄になって街を灰にする可能性もある。
だからちまちまと攻めるしかないんだ」
「街を燃やす………ですか?」
「ああ、奪われるぐらいなら、と帝国軍の常套手段だな」
街に火をつけ市民を虐殺していく姿はまさしく悪魔だと、帝国軍の元占領地の人々が口を揃えて言うぐらいらしい。
「………ひどいです」
「ああ、一番良いのは帝国軍に占領させないことなんだが………なんせ国としての規模が違うからな」
人員も資源も劣っている共和国では、全ての街を帝国軍の手から守りきるのは難しい、というかはっきり言って不可能だ。
ザンルートは首都に近いから攻略しているだけで、占領された他の街はほとんどが奪い返す目処もつけられないという。
「…………そうなんですか………」
ユニの表情が暗くなる。
首都に住んでいるだけでは分からない共和国の現状を改めて知ったことで、ショックを受けたのかもしれない。
「って重くなったな。
やめだやめ!俺達があれこれ考えたって仕方ねえ」
俺は強引に会話を打ちきった。
せっかく授業をサボれているのにこんな重苦しい雰囲気で道中を過ごしたくない。
「そういえば」
俺は今まで一言も発してないクーちゃんに顔を向ける。
「君、服屋で会った時なんか俺を見て驚いてたよな?
なんでだ?」
「…………」
クーちゃんは言葉を返さず、俺を一瞥してまた窓の外の景色に視線を戻す。
「だんまりか。
まあ俺のファン、ということなら納得できるが」
「…………違う」
そこは否定するのかよ………。
「あとクーちゃんじゃ落ち着かないから名前を教えてくれ」
「…………」
やっぱりダメか………。
「………クーデリカ」
「えっ?」
「………クーデリカ・フォーゲル」
一言だけ発しまた黙りこむ。
「それが君の名前だな?
ならクーデリカで良いか?」
「…………構わない」
クーデリカは頷き、窓の外に視線を移す。
やっと名前が聞けたな………しつこく聞き続けた甲斐があったぜ。
「マスターが変態に見えるのう………」
「…………ストーカー?」
「オブラートに包めよ!?」
「ルー君………?」
「はい、すみませんでしたぁ!!」
「あの教官さんにも物怖じしないルークが即座に謝るとは………リリィさん、昔ルークをどんな目に………?」
「騒がしいことだ」
「…………」
雑談をする俺達を乗せて電車はザンルートへと走っていくのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
「た、隊長!
我が方の損失、8割を越えました!このままでは全滅です!
援軍要請を!!」
部下の報告にザンルート攻略を担当する指揮官はギリっと奥歯を噛み締める。
「くっ………!なんなんだ、あの化け物は………」
それは数日前の出来事だった。
いつものように膠着していた戦場に、突然奴が現れあっという間にこちらの兵士を殺していった。
しかも指揮した部隊を使ってではなく、たった数体、たった数体でついには壊滅に追い込まれてしまった。
個々の戦闘能力に優れたこちらが一方的に殺られた。
あれはそう……言うならば
「隊長!奴が………奴等がここに!!」
慌てた様子で叫んだ副官の体が半分消えた。
そしてその後ろに、人の姿をした何かが立っていた。
その口からは赤い液体がボタボタと垂れている。
「くそ………くそこの化け物どもがあああああ!!」
指揮官の叫びの後、グシャッと肉が潰れる音が響き、辺りには沈黙が降りる。
「ふふふ、中々の出来だねぇ。
今回の玩具は」
生きている人間が誰もいなくなったそこに、白衣を着た男が現れる。
そして白衣の男が現れると、人の姿をした何か達は、食事を止め男の元に集まり頭を垂れる。
「それかよ、あんたの作った玩具ってのは」
そしてもう一人、黒い服に身を包んだ白髪の男が現れた。
その顔は若いが、荒々しく狂暴な雰囲気を全身から滲み出している。
その男が現れた瞬間、人の姿をした何か達は怯えるように白衣の男の後ろに隠れる。
「やあ、我が帝国最強の男。
ご機嫌はいかがかな?」
「いかがだと?
こんなくそ田舎に連れてこられて良い気分な訳あるかよ」
「それもそうだ」
白衣の男は笑う。
「相変わらず掴めねえ奴だ………。
で、当然俺を連れてきた理由はあるんだろうな?」
「君が一番暇そうだったからさ」
「あ?」
黒服の男の殺気が膨れ上がる。
常人なら失神するであろう強烈な殺気を浴びながらも、白衣の男はへらへらと笑いながら言葉を続ける。
「まあまあ、そう怒るなって。
実はあるものを回収してきてほしいんだ」
「断る。帰る」
「まあまあまあ、実はそれと一緒にだね、珍しい物もあってだね」
「興味ねえ」
「それを持ってる子はなんとあの”疾風“相手に戦ったそうだ」
その言葉を聞いた黒服の男は、帰ろうとしていた足を止めた。
「あの男とガキが戦ったのか?
じゃあそいつもう死んでんじゃねえか?」
「それがなんと生き残ったみたいだよ。
どうだ?中々面白そうだろう?」
白衣の男の言葉に黒服の男は鼻を鳴らし
「まあ、どうせ他にやることもねえしな………暇潰しにはなるかもしれねえな……」
「おお、ありがとう!
そのついでで物は回収してくれれば良いから!」
「…………まあいいぜ。
で、そいつの名前は?」
「ああ。
ルーク・リンド。その子が持ってるEー000と、二振りのインテリジェンスソード。
それらを回収してほしいーーー」
ーーーーーENDーーーーー