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友人・豊太郎の女難

作者: ヒラガナ

僕の友人・豊太郎ほど『豊太郎』という名前を見事に使いこなす人はいない。



豊太郎。古風な名前で、渋くもなく爽やかでもない耳触りだ。

二枚目俳優やアイドル歌手がこんな名前をしていたら、さぞ滑稽なことだろう。



けれど、まだ二十歳そこそこの年齢で大きな腹をたるませ、元々なのか脂肪のなせる技なのか表情が常に笑っていて、性格が見た目通りにお調子者の男の名前が『豊太郎』ならばどうだ?


きっと『豊太郎』は彼の特徴をさらに補強し、大きな愛嬌へと変えてしまうのではないか。




僕の友人・豊太郎はそんな男だった。





夏休みという、卒研に悩まされる大学四年生には名ばかりの節目を目前にした、ある日のこと。

一限目の講義の教室で会った豊太郎は、挨拶もなしに僕にこう言った。


「俺、彼女が出来たんだ」


彼の言葉は『今年最高のジョーク』として僕の中に登録された。しかし、それは


「で、相手なんだけど。聞いて驚くなよ。なんと、愛園麗香さんなんだ。ひゃほっー」


すぐさま『今世紀最高のジョーク』と格上げされ、僕はランキング修正を余儀なくされた。


豊太郎の言う愛園麗香さんは、交友関係の狭い僕でも知っているこの大学の特効薬的人物である。


僕の通う大学は理系大学だ。その一言で分かることだけど、男女比は9:1。男子にとっては絶望的なバランスになっている。


当然、男たちは数少ない女子学生とお近づきになろうと奮闘する。共学を湿原とすれば理系大学は砂漠、水を求めてさすらう旅人たちで学内は一杯だ。


砂漠には蜃気楼が付き物で、もちろん理系大学の男たちも蜃気楼の餌食になる。

町中では歯牙にもかからないような女子でさえ「あれ、こいつってもしかして結構可愛い?」と錯覚し、チヤホヤしてしまうのである。種を残そうとする悲しい性だ。


目をやられた男たちへ処方される特効薬・それが愛園麗香。

秀麗な彼女の美貌は、「そ、そうだ。可愛いっていうのはこういうものなんだった」と、狂いに狂った男たちの美的センスを常人レベルに戻す。効果が効き過ぎた者たちは、面食いにすらなってしまう。


そのためか、僕の大学は他の理系大学以上に恋人のいない男たちで溢れている。

愛園麗香の存在が、彼らにとって幸福なのか不幸なのか、僕には判断できない。


そんな愛園麗香をこともあろうか豊太郎は「彼女」と言ったのだ。暑さで頭をやられたか?


「豊太郎くん。おはよう」


早退させた方が良いのでは、と僕が考えていると琴の音色のような声がした。


「あっ、愛園さん。お、おはようございます!」豊太郎が豚の音色のような声で返す。


果たして僕らの前に現れた人物は、特効薬・愛園麗香さんだった。同じ講義を受講しているのは知っていたが、彼女がいつも座る席はまったく別の所だ。


「こらっ、麗香って呼んでって言ったでしょ」

「そ、そうだった……おはよう。れ、れ、麗香」

「うん。おはよう。ね、隣に座って良い?」

「もちろんだよ」


開いた口が塞がらないとはこの事だ。二人は僕がいることなど忘れたように、いや実際忘れたのだろう、桃色な関係者以外立ち入り禁止の空間を作り出した。傍にいると、非常に居心地が悪い。


ふと、周りを見ると教室の誰もが美女と野獣に注目していた。泣きそうな者、生気のない目をしているもの、悟りをひらいて無我に至る者、反応は様々だ。



その中の誰かが呟いた。


「デブ専」


僕も大いに同意だ。






夏休みに入り、講義がなくなると僕の日常は研究一筋になった。

別の研究室の豊太郎とは会う機会がめっきり減り……たまに来るメールからは初めての彼女に興奮して研究が手に付かない彼の心情が読みとれた。


ちゃんと卒業出来るのかな。

研究の合間にふと現れる彼のニヤケた顔を想い、僕はため息をつく。



そして、夏休み開け。久しぶりに会った豊太郎に僕は驚愕した。


「どうしたんだ、その顔は!?」


ああ、なんてことだろう。豊太郎の顔が夏休み前と一変している。

こ、こんなにスラッとしているなんて。あの無駄な贅肉はどこに消えたんだ?


「はは、ちょっとダイエットに成功したのさ」


頭を掻きながら豊太郎は嘘を吐いた、そう嘘だ。僕は誤魔化されない。

だって異常なのだ。これほどの体重減少、常人なら骨と皮だけになって病院で点滴コース間違いない。


「何があった? 話せ」僕はきつい視線で彼を睨んだ。


「だ、だからダイエットを」

「愛園麗香さんがやせろ、と指示したのか?」

「……う、うん」

「違うね。彼女はデブ専だ。ネタは上がっているんだぞ」


ゴシップ雑誌並の証拠のないネタだったが、豊太郎は酷く狼狽した。あっ、本当にデブ専なんだ。


「……う、うう。お、俺はもうダメだ」


僕の追求をかわしきれないと諦めたのか、豊太郎は瞳を潤ませ語り出した。


彼の話は嗚咽によって何度も中断し、また思考が乱れているのか日本語の文法がおかしく、聞き出すのはなかなか苦労した。



愛園麗香にとっても豊太郎が、最初の恋人だった。

容姿に優れた彼女には同じく容姿の優れた男たちが過去に群がったらしい。

見え透いている彼らの下心に幻滅したのか、愛園麗香は世間で言うイケメンに不信感を抱いた。むさ苦しい理系大学に進学してきたのも、その辺の事情が絡んでいるのかもしれない。


ある日、豊太郎が彼女の落としたハンカチを拾い、それを届けた。今までにない種類の男からの親切だ。

豊太郎からしてみれば、愛園麗香は端から自分と釣り合わない高嶺の花、だからこそ親切には100%の真心しかなかった。裏のない善意に触れた愛園麗香は一発で惚れた。


二人の交際は、付き合いだした直後は上手くいっていた。どこに行くのにも二人、講義や研究で会えない時は5分間隔でメールする。愛園麗香は料理が趣味であり、彼氏のために昼の弁当はもちろん、夕食も豊太郎の安アパートに通い振るまった。


豊太郎は幸せだったそうだ。が、綻びは段々と目立つようになった。


遊び人気質な彼だが、根は真面目である。研究を疎かにしていたら留年してしまう。そうすれば辛い就活の末に勝ち取った就職先をふいにすることになる。


「麗香さん、俺たちさ。もうちょっと自分の時間を大切にしない?」


角が立たないよう考えに考えた言葉を豊太郎は口にした。それに対する愛園麗香の反応は、圧倒的なまでのNO。愛する二人なのだから、むしろいつだって一緒にいるべきだと主張した。


愛園麗香の束縛はエスカレートし、豊太郎は大学に行くことを禁止され、口に入れる物はすべて彼女が作ったものになった。そのうち街に出たら他の女性に目移りする、との言いがかりで外出すら禁止。仕方なくテレビで暇を潰していたら女性タレントをいやらしい目で観ていた、と怒鳴られテレビを破壊されてしまった。


「もういい」


僕は天を仰いだ。壮絶過ぎて吐き気がする。


「夏休みが終わったから、ようやく外出は許されたんだ。大学とアパート以外は寄ったらダメだけど」

「君はそれで良いのか! これは深刻な人権侵害だぞ」

「そ、そう言われても。麗香さんはあくまで俺が好きだからやっているわけで」


歯切れの悪い戯れ言ほど聞いていてイライラするものはない。

愚かで可哀想な友人・豊太郎。愛と狂気の区別が付いていない。


「分かった、僕に任せてくれ」

数少ない友人が苦しむ姿は見るに耐えない。いつも幸せそうに太っていた彼の姿を取り戻すために一肌脱ごうじゃないか。

僕は決意した。






数日後。愛園麗香の目を盗んだ僕たちは、使われていない教室に忍び込み、作戦会議を開いた。


「ようは君が他の女性と浮気しているように見せかけるんだ。偽の浮気写真を作れば」

「そ、そんな恐ろしいこと無理だって」

早くも豊太郎は半泣きになった。最近の彼の涙腺は緩みに緩んでいる。


「俺、ブチ切れた麗香さんに刺されちゃうよ」

「まあまあ。女性の嫉妬は同じく女性に行くって言うし、君は大丈夫じゃないかな」多分だけど。

「だとしても。そんな危険なことを頼める女性がいるのか? お、俺はいないぞ」

言われなくても分かっている。豊太郎の鳴かず飛ばすの女性関係など承知の上だ。


「そこで僕だ」

「えっ、でも……お前」

「心配するな。ほら、取り出したるは……」

僕は持ってきた紙袋に手を突っ込んだ。


「このカツラ、いやウィッグって言うんだっけ。これを装着すれば僕だってちゃんとした女性に見えるだろ」

そう言いながら黒髪ロングのウィッグを頭に被せる。


「おおっ!」

感激する豊太郎の反応に、僕は気分を良くした。ウィッグ専門店などというアウェイ感半端ない場所に行った甲斐があったというものだ。


「やはり髪はロングに限りますなぁ」

知るか、お前の趣味なんて。

「あとは適当に女物の服を着ればOK」

その適当な服を用意するのにも苦労したのだが、いちいち恩着せがましく言うことでもない。


「この格好をして、トドメにラブホテルの前で記念撮影すれば」

「や、やめてくれ! 本当に殺されちまう」

「冗談だ。撮影場所は学内にしよう。集合時間は豊太郎に任せるよ。愛園麗香さんの監視がなくなる時間を教えてくれ」

こうして僕たちは次に落ち合う時間と場所を決めた。




撮影場所はキャンパスの外れにあるベンチになった。

夕暮れ時、この辺りを行き交う学生の姿はなく、撮影にはもってこいだ。



「すまん、遅れた。麗香さんを撒くのに手間取った」

「いいよ、時間がない。すぐ撮影だ」


すでにカメラである僕の携帯はセッティング済みだ。

ベンチ横には錆とコケだらけの古びたモニュメントがあり、そこの台座に携帯を置けば、ちょうどベンチに座る人間を撮影するのに適した高さとなる。


「携帯の位置は調整済みだよ。あとはセルフタイマーのスイッチを押せば良い」

「携帯はお前の物か? 俺の携帯の方が良いんじゃないのか?」

「いや、ダメだ」はっきり言う。


豊太郎はこう思っているのだろう。

今回の計画は愛園麗香に写真が見つからなければならない。

異常なまでの執着を見せる彼女のことだ、当然豊太郎の携帯の中身もチェックしているだろう。

ならば、偽装浮気写真は豊太郎の携帯に入っているのが望ましい、と。


「君の携帯だと写真は画像フォルダに記録される。明らかに第三者が撮った、実際には撮ったように見せかけるこの浮気写真が、どうして浮気した当人の携帯にあるのか。愛園麗香は疑問に思うかもしれない」


だからまず僕の携帯で撮る。

そうして、後で豊太郎の携帯へ画像添付したメールで送るのだ。


文面には「偶然、君らしき人が、麗香さんじゃない女性と会っているのを見たんだけど。他人だよね、気を悪くしないでね」と書く。


そう、あくまで浮気現場を見てしまった友人を装い写真を渡す。

こうすれば、浮気写真が豊太郎の携帯にあるのも不思議ではない。

懸念すべきは、なぜ豊太郎が自分に不利な浮気写真を消さずに持っているのか、と愛園麗香が疑う可能性だが……そこは豊太郎の普段のぐうたら振りに賭けるしかない。



納得した豊太郎と共にベンチに座る。

携帯は僕らの斜め前に陣取っている。僕は豊太郎に身を寄せた。


「お、おい。なんだ?」

「動くな、まっすぐ前を見るんだ。あくまで隠し撮りに気づかない風にしてね。僕の顔が写ったら後々面倒なことになる。だから君の陰に隠れさせてもらうよ」


さらに俯いてロングの黒髪で表情を隠蔽する。そこまでして、僕らは撮影を行った。





数日が経った。


研究室の時計の短針が11を指している。夜が更けてきた。

室内には僕以外の人はいない。

僕の研究室は、設備よりも人員の方が多い。そのため測定機の取り合いが頻発する。

それを嫌って、僕は人がいない深夜にこうやって実験をするようになった。


「ふぅ……」ブラックのコーヒーを飲んで小休憩。

理論はあらかた固まってきたが、なにせサンプルデータが足りない、どうやって実験したものか……そんなことを思案していると、携帯が鳴った。僕の携帯が役目を果たすのは珍しいことだ。


コール音は長く、メールではなく電話だと伝えている。

こんな夜中に誰だ、と画面を見ると豊太郎の名前が表示されていた。


「もしもし」

「俺だ、豊太郎! いますぐ逃げろ!」

切羽詰まった豊太郎の叫びが受話器越しに響く。


「なんだい、いきなり?」

「見られたんだよ、携帯! 麗香さんに」

「そうか、計画通りだね」

「いやいやいや。麗香さん、浮気相手が誰だ? ってスゲェ鬼の顔で聞いてきたんだよ。で、俺が黙っていたら何発もブン殴ってきて……いてて」

「おい、唇でも切ったか」

「うん、まあ。って俺のことは良いんだ! 早く逃げろ、麗香さんは浮気相手を探している。きっと、メールの送り主であるお前の所にも来るはずだ」


なるほど、言いたいことは分かった。

愛園麗香のネットワークがどれほどのものか知らないが、僕の居場所を突き止めてやって来るかもしれないわけだ。


「連絡ありがとう。じゃあ、お言葉どおり……あっ」

研究室の外の廊下から音がする。誰かの足音だ、近づいてきている。


「ん、どうした?」

「いや、なんでもない。豊太郎も安全な場所に避難するんだ」

そう言って僕は電話を切った。と、同時にバンッと研究室の扉が開け放たれた。


「見つけた!」


入ってきたのはかつて我が大学の特効薬と呼ばれた美女で、今や嫉妬に狂った悪鬼の愛園麗香だ。


「愛園さん、こんな時間にどうしたんですか?」

僕は極めて平静になろうと努める。山奥で熊に会った時は、慌てず騒がず慎重に後ずさるのが最も賢い手段だと言われている。今がまさにその時だ。


「トヨチャンにメールを送ったのはあんたね!」

トヨチャン? ああ、豊太郎だから豊ちゃんね。


「そうですけど……」

「相手の女は誰! 詳しいことを教えなさい」

「分かりました」僕は素直に従った。刺激してはいけない。

「ここは、見ての通り実験室です。奥に休憩出来るスペースがありますから、お話はそこで」

「ふん」


機嫌がすごぶる悪い愛園麗香を案内して、僕は奥の部屋に向かった。そこにはソファーがあり、仮眠を出来るようになっている。


「あっ、ちょっと失礼」

部屋の隅に設置されていたスピーカーのスイッチを押す。


「なにしたの今?」

「すいません。これ、実験に使っている物なんですけど、実験を中断するので電源を切ったんですよ」

「ふぅん」愛園麗香は僕の行動を特に変と思わなかったようだ。

「じゃあ、そこに座ってください」


僕たちは向かい合うソファーに腰掛けた。

「えーと、撮影した時のことなんですけど……」










「おお、ここは暖かいな~」

寒い外からやってきた豊太郎は、研究室に入るなり真っ先にストーブの前に向かった。かじかんだ手を擦り合わせて解している。


「大晦日まで研究なんてご苦労様だな」

「それは豊太郎も一緒じゃないか」


季節は冬まっさかり。

年の暮れの12月31日、忙しい理系の大学生も大半が実家に帰省している日だ。

なので、こんな日にまで学校に来て実験しているのは、実家に帰ってもやることのない僕のような人間と


「俺は夏休みに研究をさぼったから一日も無駄に出来ないんだよ」


豊太郎のように研究の進捗状況が芳しくない人間くらいだ。


「お前って何の研究をしているんだ?」

「あれ、前に言わなかったっけ?」

「そうか? 悪い、ここんところ自分の研究以外のことを考える余裕がなくて」微妙に言い訳になっていない。


「音だよ。ざっくばらんに言えば超音波が脳に与える影響かな」

「おもしろそうだな」

「米軍でも研究していて、兵士の脳に超音波を当てて注意力や認識力を上げているってさ。夏まではあまり実験が予定通りに進まなかったけど……実験サンプルに恵まれてね、何とか発表にはこぎ着けそうさ」

「そいつは良かった」

豊太郎は自分の事のように喜んでくれている。



「コーヒー、飲む?」

「おう、もらうわ」

僕は来客用のコップにコーヒーを注ぐ。


「砂糖は?」

「二袋ぷりーず」

「全部入れるの?」

「もち、やっぱ飲み物も食い物も甘いのに限る」


そう言い笑う豊太郎の頬はふくよかだ。

夏休み開けは病的なほど常人クラスの脂肪をしていた彼だが、ここ数ヶ月でようやく元のデブに戻った。


「そう言えばさぁ」

「うん?」

砂糖を投下していると、背後から豊太郎の何気ない声。


「お前って最近髪伸ばしているんだな」

「まあね、寒いからね」


夏の頃はベリーショートだった僕の髪だが、最近は伸ばして肩に届きそうなところまで来た。目標とするロングにはまだまだ時間が必要だけど。


二人でソファーに座る。

お互いにコーヒーに口を付けていると、ボーンボーンと遠くから鐘の音が聞こえてくる。

除夜の鐘だ。

大学近くのお寺のものだろう、もうすぐ日付が変わり新年が訪れようとしている。



「今年は本当に世話になった」

豊太郎がコーヒーをテーブルに置き、姿勢を正した。


「どうした、改まって?」

「愛園麗香さんの件だ。おかげで彼女から解放された。あの浮気写真が決め手になったようだ」


豊太郎は決め手と言うが、あんな写真はキッカケに過ぎない。

浮気事件から一ヶ月の間、僕と彼女はここで何度も会話をしたのだ。

豊太郎は夢にも思わないだろう、今まさに彼が座っているソファーで、愛園麗香が虚ろな表情をしていたなんて。


「まあ、君が無事で良かったよ」

僕は心からそう言った。


「ありがとう……本当に。俺さ、今回の一件で気づいたんだ」

「ん、何に?」

「その……あの……つまり……」豊太郎の顔が赤い。僕はなぜか豚まんを連想してしまった。


「あ、青い鳥は俺の家にいたってことだ!」

なんのこっちゃ。


「あ、い、いや。青い鳥というのは例えで、俺が言いたいのは」

ますます迷走する彼は端から見て本当に面白く、微笑ましい。

「とにかくだ!」豊太郎は仕切りなおして


「お、俺とつき合ってくれ!」


と、宣言し深々と頭を下げた。思わず僕の口元は緩んでしまう。


「いいよ」

「ま、マジか!」ガバッと顔が上がる。その表情は嬉し泣きの様相を呈している。


「で、どこに行くの?」

「はっ?」

「つき合ってくれって。どこにつき合えばいいの?」

「えっ、いや、つき合うってのはそういう意味じゃ」


「そうだ。僕、甘酒が飲みたい。コーヒーは飽きちゃった。近所のお寺に行けば、甘酒にありつけるそうだから行こうよ」

「今からか?」

「今からだよ。ついでに新年のお参りと洒落込もう」

僕はストーブを消し、戸締まりを確認して、最後に蛍光灯のスイッチに手を伸ばした。


「はぁ、まあいいか」豊太郎がうなだれる。

「ほらほら、キリキリ歩く」

研究室のドアに施錠をすると、僕らは歩き出した。


「大晦日から元旦にかけてお寺では屋台が並ぶんだって。愛園麗香の件のお礼、僕はまだ受け取ってないなぁ」

「分かった分かった、おごるよ。なんでもこいよ」

豊太郎が半ばヤケッパチになる。


「ったく今日のお前、なんか調子が狂うんだよな」

そりゃそうだ。怒りに燃える愛園麗香を前にしても、平静を保った僕だが、あんな事を言われればいつも通りにはいかない。


「豊太郎ほど取り乱してはいないと思うんだけどな~、僕は」

「お前、やっぱりさっきの言葉の意味に気づいているだろ! で、からかっているだろ!」

はて、なんのことやら。


「もういいや。そうだ、この際だ。前々から言いたかったことを言ってやる」

隠すものなどもう何もない豊太郎が、正面から僕を見据えた。



「『僕』よりも『私』って言った方が良いと思うぞ。少なくとも俺はキュンとくる」



「……」

しばらく僕たちは沈黙した。


「な、なんか言えよ」

「……いや、まあキュンはないだろ」

「そこは拾わないでくれ」


本当に締まらない元・友人だ。


「仕方ないなぁ」

僕は豊太郎の腕に自分の腕を絡めた。


「お、おい!?」

「急ぐよ。早くしないと年が開けちゃう。甘酒飲んで、賽銭して、おみくじやって、屋台をめぐって……わ、私はやりたいことが一杯あるんだから」


そうは言うが、本当にやりたいことは別にある。


私の携帯の待ち受けは、すっきりしてしまった豊太郎とウィッグを付けた私の写真で、非常に気に食わない。

前々から新しいものにしたいと思っていた。


ちょうど良い機会だ。今夜、ふっくらとした豊太郎と素の私のツーショットを撮ろう。



校舎から出ると、冬の夜風が容赦なく吹きすさぶ。

でも、まったく寒くない。

私と豊太郎は腕を組んだまま、お寺を目指した。



当初の予定では豊太郎はデブではありませんでした。しかし、書き始めたらいつの間にかデブになっていました。実に不思議です。それはともかく、読んで頂き誠にありがとうごうざいました。

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[一言] 僕っ子ショートヘア女性だったのか 2回目で気付きましたw
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