雪待草の花束を
あとがきの方に諸々の説明を載せました。
駄文ですが、どうぞよろしくお願いします。
誰もが待ち望んだ聖なる日――12月25日。ここ、某アミューズメントパークは、イルミネーションと着飾った人々で何時に無くきらびやかに彩られている。
俺side
「写真、お撮りしましょうか?」
俺とカノジョの間に割って入り、営業スマイルで手を差し出すつなぎ姿の男。
「あ、頼む」
ピタリとカノジョに身を寄せて、クリスマスツリーの前で記念撮影を済ませる俺。
これが約3分前の、つなぎ男との出会い。
「え、」
そして今、俺はもう二度と会うことは無いとされていたその男と、異様な空気の中再会を果たしていた。男子トイレで。
その男がただモップを片手に掃除していたのなら、別段足も止めず、用を足していただろう。しかし彼は、モップどころか雑巾一枚持たず、便器の前で立ち尽くしていたのだ。
俺の声と足音に気づいたらしい。男は黙って首だけを動かし、こちらを見やる。その表情は数分前の微笑からは到底想像出来ない程青ざめていて、別人かと疑ってしまった。
「こ、ここから離れてください!!」
俺を見て我に返ったようで、男は便器内を指差し上擦った声を上げる。
「爆弾です!!」
……ばくだん?一瞬思考が停止したが、真っ白に磨き上げられた便器から覗く黒い異物が、再び俺を現実に引き戻した。
「爆破規模は分かりませんが、なるべく多くの人をここから遠ざけて下さい!!」
息遣いが荒く震えた声ではあるが、男は俺に冷静な指示を出す。
「近くに警備員もいるはずです。こちらの状況を的確に伝えて下さい。早く!!」
しかし俺は男に耳を貸すこと無く、便器に歩み寄った。
「こういった類なら、少しかじったことがある。あんたは早く行ってくれ!!」
男はこれでもかと言う程目を見開き、信じられないという表情を浮かべている。
「あなたがいなければ、先程のかわいらしい女性を誰が守るんですか?」
少し的はずれな言葉にも聞こえるが、俺の心を揺るがすには十二分の威力だ。
「あなたには、あなたが死んだら悲しむ人がいるでしょう!!でも僕には無い」
「俺がいる」
俺は迷いをかき消すように、負けじと声を張り上げる。
「あんたが死んだら俺が悲しむ、一生後悔する。何故救えなかったんだって!!」
初対面の清掃員の男。恩なんて写真を撮ってくれたことくらい。それでも俺は、異常なまでの強い使命感に心を燃やしていた。
「これも何かの縁だ。もし俺が死んだら、最高にかわいい俺の女をくれてやるよ。ただし一生守ってやってくれ。だからもう」
――頼むから、行ってくれ。俺の祈りが届いたのか、男はゆっくりと俺に背を向けて。
「きっと、また会いましょう」
それから、一目散に駆け出して行った。
しかしこれが、俺が見るつなぎ男の最後の姿となった。俺が爆弾に取りかかり何分と経たぬうちに、耳をつんざく激しい爆発音が俺の意識を闇底に沈めたから。
私side
――ドカーン。
突然の派手な爆発音と共に真っ赤な炎が上がり、辺り一面、黒い煙に包まれた。
何が起きたの?泣き、喚き、咽ぶ人々の中で、私はただ呆然とするばかり。逃げなくちゃいけない、でもどこへ?そうだ、祐クンを探さないと、でもどこに?
「たす、けて、祐クン……」
辛うじて動いた唇からは、震えた息と、僅かな言葉が漏れるばかり。
金縛りにあったみたい。私の身体はピクリとも動かない。
そんなとき。
「こっちです!!」
何故だか聞き覚えのある声が直接頭に響いて、気づいたときには手を引かれ、私は出口にたどり着いていた。
「またお会いできましたね」
貼り付けたような笑顔と、柔らかな敬語。あ、そうだ、彼は。
「思い出していただけたようですね」
「はい。写真のときといい、ありがとうございます。でも、」
慌てて頭を下げたけど、本当はそれどころじゃなかった。
「私、戻らないとっ」
彼に背を向け再び中へ入ろうとしたけれど、それは叶わない。私の手首はがっちりと掴まれて、ピタリと足取りも止まってしまった。
「離してくだ」
「危険です!!」
先程とは違う強い語気にビクっと身体が震えた。だけど、怯むわけにはいかない。
「彼氏がまだ中にいるんです!!トイレにいったまま帰ってきてない!!炎があがったのもあの辺りだった。助けないといけないの!!」
いつの間にか敬語も忘れ、私は夢中になって叫んでいた。行かせてよ、祐クンのところに。ただそれだけを思って。
「……そのことですが、」
ふと彼を見ると、先程の勢いは嘘のように顔を伏せ、何かを言いよどんでいる。
「良い、ですか?落ち着いて聞いて下さい」
一体、何だというの?私は隠せぬ苛立ちと不安から眉をひそめて、彼の話に耳を傾けた。
「ウソよ!!」
怒りに体中が震え、私は彼に喚き散らしていた。
「ウソ、ウソウソ!!」
有り得ない。祐クンが遊園地を爆破した?違う、そんなこと、あるはず無い。全部作り話よ、そうに違いない。
「残念ながら、本当です……僕がトイレに行ったときにはもう」
「だって、だって祐クンは!!」
湧き上がる感情たちが上手く言葉にならなくて、代わりに涙として溢れ出す。
「祐クン言ってた。約束、したの。死ぬまで、私を愛してくれるって、守ってくれるって」
こんなこと、言う必要無いのに。漸く口をついて出たのは、思いも寄らぬもの。でもその瞬間から、また堰を切ったように言葉も感情も溢れて。
「私、祐クンがいないとダメなの。生きていけないの。だから、」
止めていた脚を動かし、掴まれていた手首に力を加えた。
「もういかせて!!祐クンがいないなら死なせて!!離してよ、離せっ!!」
駄々をこねて、暴れた。それでも彼は……
「困ります。だって僕も」
「うるさい!!もう聞きたくな、ひゃっ!!触らないでよ、やだっ、やっ」
私の身体をぐっと引き寄せて抱き締める。
「僕、“祐クン”さんと約束したんです」
祐クン?約束?
ゆっくりと抵抗を止めた私にあわせて、彼も力を緩めた。そして私の肩に手を起き、初対面の時と同じ人好きのする笑顔を作った。
「彼が死んだら、僕が貴女を一生守るって」
「え?」
意表を突いた言葉。真意が理解できない。ねぇ、それどういうこと?
「彼は僕に託してくれたのです。彼が死ぬまで愛し、守り抜いた、“貴女”という存在を」
そんなのズルい、勝手だ。私の意志はどうなるの?私は物じゃないのよ?大体、彼の意志はどうなのよ。見ず知らずの女を、しかも爆弾魔の彼女を、どうして?
「どうして私を守るの?放火魔との約束なんて、勝手に破棄すれば良いじゃない」
「遊園地を爆破してしまうような爆弾魔さんが、そうまでして守りたがる女性に興味が沸いたんです」
興味?それだけ?思いもよらぬ、浅はかな答え。
「それで?実際会ってみて、どう?失望した?」
少し小馬鹿にしたような言い草が気に食わなかったのか、彼は途端に顔をしかめた。
「嫉妬しました。貴女の心をこんなにも掴んでいた放火魔に」
……は?彼はいきなり何を言い出すのよ。
「確かに彼との約束が始まりでした。でも今はそんなの関係無く、貴女を守りたいんです」
だから――。そこで一旦言葉を切り、涙に濡れた私の頬に触れる。
「死なないで」
もう一度私を抱き締める彼は、耳元で甘い言葉を囁く。本当、ズルい。私は拒むこともできず、彼の腰に手を回した。
「そんなの、約束なんてできないわ」
悪あがきなのは分かってる。でもこのまま彼に堕ちてしまっては、彼の思う壺のような気がして、癪。せめて口先だけでも抗ってやりたいじゃない。窘めるように彼の瞳を覗き込めば、案の定。困惑の色が滲んでいる。
「でもきっと大丈夫なのよね」
考え込む彼を無視して独り言のように呟けば、彼は眉尻を下げて両手を上げ、小さく微笑む。“降参”そんなポーズだ。
「あなたが一生、付きっきりで私を守ってくれるんでしょ?」
彼に回した腕に力を込めて、挑発的に口端をつり上げた。彼は一瞬呆けた表情を見せたけど、すぐにまた見慣れた笑顔に早変わり。静かに頷くと、私の頭を優しく撫でる。“子ども扱いしないでよ”って、強がる余裕も無いくらい、私はただそれが嬉しかった。
僕side
何の疑惑も抱かずに、僕の胸に顔を埋めるカノジョ。右手でそののロングヘアを梳いてやれば、心地良さそうに頬を僕に擦り付けた。
そんなカノジョは、僕の反対の手が弄ぶ物を知らない。つなぎのポケットに身を潜めた、僕だけが知る僕の罪。真っ黒な、悪のスイッチ。
もう用済みとなったそれに親指をかければ、再びあの呪文が僕の脳裏に蘇る。
『リア充爆発しろ』
もはや火の海と化した遊園地。僕の放った憎悪は炎炎と燃え盛り、今も尚、留まる所を知らない。
ため息混じりに空を仰げば、早咲きのスノードロップが曇天から舞い落ち、既に冷え切った頬を掠める。
僕はただ、烈火の中に散りゆく花びらをぼんやりと眺め、小さく自嘲の嗤いをもらした。
閲覧ありがとうございました。
分かりにくいところが多くて、申し訳ありません。こちらでは、雪待草について記載させていただきます。
雪待草(=スノードロップ)
雪の雫のように見えるところから“スノードロップ”と呼ばれる白い花。開花期は早春。花言葉は『希望』『慰め』。