表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と相討って10年。転生した元英雄の少年は最強美女に成長した彼女たちを曇らせる。  作者: 甥の子
死に戻り1日目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/18

交渉

「――くふふっ」


 腕の中で主が眠ったのを確認すると、アウローラは巨大な樹木の上で立ち止まり、主の少し固い髪に頬ずりをする。


 主の今世の容姿は色素の抜けた白髪以外は極めて平凡なもので、飛びぬけて優れているというわけではない。

 なんなら目つきの悪さは人によってはマイナス要素だろう。

 少なくとも、顔立ちという点に関しては前世の方が断然整っている。


 しかしアウローラにとって、主がたとえどのような姿かたちになっていようと、それはさほど重要ではない。


 あの綺麗な空色の瞳をもう見ることが出来ないのは残念ではあるけれど。


 一番大切なのは主の魂がここにあるということ。

 共に過ごしたあの日々が今も失われず、この身体に宿っているということだ。


 それ以外のことは些細な問題だ。


 むしろ、あれだけ大きな存在だったかつての主が、今は自分の腕の中に収まるほどに小さく、か弱い存在となっていることに軽い興奮を覚える。


「……ああ、それにしても」


 そんなことを考えていたからだろうか。

 ふと、アウローラの中で抑えきれない嗜虐心と悪戯心が首をもたげた。


 今の主に対してなら何をしてもバレないのではないか。

 そんな身勝手な考えが頭を過ぎる。


「ふ、ふふっ……くふふふっ♪」


 思わず笑いが零れる。


 ああ、いけない。

 思わず涎が垂れそうになった。


 安心して眠っているこの幼い顔をドロドロにしたい。

 自分だけの色に染め上げたい。


 そんな倒錯した欲望がふつふつと湧き上がってくる。


 でも、ダメだ。

 そんなことをしては嫌われてしまうかもしれない。


 危ないところで冷静さを取り戻し、アウローラは自分の嗜虐心を必死に抑え込もうとして、


「…………キスぐらいならセーフかしら」


 自制と欲情の狭間で葛藤した後、あっさりと欲情に軍配が上がった。


 何しろさっきもしたのだ。

 腕の中で眠る主も夢うつつだったとはいえ受け入れてくれた。


 おでこと唇では意味合いが違うだろうが、その程度は誤差の範囲だろう。

 そもそも自分を好いている女の前でこんなふうに無防備に眠っている方が悪いのだ。


 そう結論付けるとアウローラは顔を寄せ、薄く開いた少年の唇に自らの唇を近づける。


 互いの唇が触れるまであと数センチといったところで―――


「……ん?」


 不意に、アウローラはこちらへ向かってくる魔力を察知した。


 方角は、ラルクスから。


(魔獣……ではないわね。この魔力は……)


『黒』と『緑』の魔力に満ちたこの『魔の森』ではそれ以外の属性の魔力は非常に分かりやすい。

 何より、この魔力の感触には覚えがあった。


「……ちっ、タイミングの悪い」


 至福の時間を邪魔する闖入者にアウローラは忌々し気に舌打ちする。


 恐らくは自分の後を追ってきたのだろう。

 空気を読めない女だと顔を顰める。


(今は兄様を愛でるのに忙しいっていうのに……)


 とはいえ、このまま無視してもいいことはない。


 たとえこの場から行方を眩ませてもラルクスや騎士団の連中はどこまでも自分たちを追ってくる。

 ならば、こちらから交渉に出向き、自分たちの立場を確立させる方が効率的だろう。


「ま、手間が省けたと思いましょうか」


 意識を切り替え、アウローラは少年を抱え直す。



 そして、近づいてくる魔力の方へと駆けだした。





  †




「――なるほど。その少年が聖王陛下の生まれ変わりというわけですか。アウローラ様」



 森の中、アウローラとフェリシアは正面から対峙していた。


 会話の主導権を握るためだろう。

 フェリシアはアウローラが抱えた少年にじっと視線を合わせ、先んじて訊ねてくる。


 もっとも、それは訊ねるというより確認するような口調だったが。


「……何の話かしら?」


「惚けずとも結構です。事情は概ね聖剣様より伺っておりますので」


 フェリシアの言葉に、アウローラは肩を竦めてみせる。


 あの過保護な聖剣が何の準備も無く、彼をこの世界に迎え入れるとは思っていなかったけれど。

 どうやらと言うべきか、やはりと言うべきか、彼の保護者に選んだのはアークレイ家だったらしい。


 フェリシアはこれ見よがしに溜息をつき、言葉を続ける。

 その表情には呆れと苛立ちの色が見て取れた。


「アウローラ様。貴女はご自分の立場が解っていないのですか? 貴女には許可なくラルクスを出ることは許されておりません。かつての主君にもう一度会いたいという気持ちは理解しますが、街を囲う結界を破壊してまで魔の森へ向かうなどと」


「なら聞かせてもらうけど、フェリシア。一体誰が私の話に耳を傾けてくれるというのかしら? 『聖騎士』なんて称号は聖剣の力を体よく利用するための詭弁に過ぎない。肩書を飾っても私は主君を護れず聖剣を奪った大罪人よ。街を出る許可なんて下りるわけがない。それなら、押し通るしかないでしょう」


「……だから力づくで街から出たと? その行動が街に多大な損害を与え、住民の混乱を招き、ご自身の立場を苦しめるものだとしても?」


「ええ。だって私にはそんなことどうでもいいもの」


 悪びれもせず、アウローラはあっさりと言い切る。


 たとえその後にどんな罰が下されようとも、主の下へ向かうという選択以外、あの時のアウローラには存在しなかった。


 もっとも、彼の身柄を手にした今、大人しく捕まる気は微塵もないけど。


「……主君想いなのは結構ですが。貴女は今の状況をよくよく理解した方がよろしい。断っておきますが、現在ラルクスでは貴女に反逆の意志ありと見て、追跡部隊が編成されています。すぐに第十七師団の騎士たちが貴女を捕らえにやってきますよ?」


「へぇ?」


 フェリシアの警告に、アウローラは僅かに眼をすがめた。


 ラルクスに常駐する王立騎士団東方方面軍第十七師団。

 騎士の国と呼ばれる聖王国の中でも指折りの精鋭部隊だ。


 リーダーは人魔対戦終盤において最激戦区と言われた南部戦線を戦い抜いた英雄――キース=アウグスト=ヴァイルシュタイン。


 実力だけならばアウローラより格下ではあるが……正直、面倒な相手だった。


 追手そのものを返り討ちにすることは難しくないが、その後のことを考えるとリスクが大きすぎる。


 公にこそなっていないが、アウローラは聖王の死を招いたとされる最大級の戦犯だ。

 仮にここで第十七師団を壊滅させようものなら、今度こそ聖王国そのものが彼女の敵にまわるだろう。


 アウローラは少しだけ考えるそぶりをして、


「なるほど。それは確かに面倒ね。なら、貴女たちがなんとかしなさい」


 あっけらかんとそんなことを言った。


 子供におつかいを頼むような、あまりにも軽い口調にフェリシアは、ぽかんと口を開ける。


「……なんとか、とは?」


「とりあえず、やってほしいことは二つね。一つは今日の私の罪を不問にすること。ああ、これは当然今こっちに向かってる討伐隊とやらを止めることも含まれてるから。もう一つはこの人に戸籍を用意してあげてほしい。正直、私は戸籍なんてどうでもいいけど、無ければ後々不便だろうし……何より、この人には何の憂いも無く日々を過ごしてほしいから」


 滔々と要求を語るアウローラに、フェリシアは頭痛を抑えるように額に手をやる。


 立場を弁えず、勝手を言うにもほどがある。


「……そんな無茶な要求が通るとでも? 仮に通るとしても、それは私に可能な範囲を超えています」


「そんなことは解ってるわ。だから出来る者に話を通してくれと言っているのよ。貴女に出来なくとも、セリアになら出来るでしょう?」


「……っ!!」



 フェリシアの意識が真っ赤に染まった。


 ふざけるな。

 よりにもよって己の不始末をさも当然のように拭かせようなどと、よくもそんな恥知らずなことを。


 フェリシアは沸々と湧き上がる激情を必死に抑え、努めて冷静な口調で、


「お断りします。どうして貴女の事情に我が主を巻き込まれなければならないのですか。この事態は貴女が仕出かしたこと。どうなろうと、その責任は貴女が取るべきです」


「あら、随分簡単に結論を出すのね。貴女がここに来たのは私を連れ戻すようセリアに命じられたからでしょう? この場を穏便に収めるためにもひとまず私の要求を呑んでおいた方がいいのではないかしら?」


 アウローラの言葉にフェリシアの眉がピクリと動いた。


「……見透かしたようなことを」


「それ以外に貴女がここへ来る理由はないでしょう。聖剣はラルクスにとっても命綱。仮に私が聖都にでも連行されればラルクスは立ち行かなくなるわよ?」


「……………」


 悔しいが、アウローラの言葉は正しかった。


 大戦後、『魔の森』と隣接するラルクスが観光都市として発展できたのは、瘴気を浄化できる聖剣の存在に依るところが大きい。


 ラルクスから聖剣が失われれば街の防衛力は著しく低下し、人心はラルクスから離れていく。

 そうなれば、これまでのように外部からの誘致は見込めなくなるだろう。


「……くふ」


 まるで挑発するようにアウローラは薄く笑う。


 ぞくり、と。

 フェリシアの背筋に怖気が走った。


 目の前に立つこの女は、本当にあの操り人形だったアウローラなのかと。



(まるで別人ではないですか……っ!)



 姿も、声も。

 全てがアウローラのもので間違いないはずなのに。


 仕草の一つ一つにこれまで彼女になかった意志と熱がある。

 少なくともフェリシアの知る彼女は、このような要求をしてくる人間ではなかった。



 ―――この女は一体誰だ?



「さあ、どうするの? あまり考えてる時間はないわよ? タイムリミットは追跡部隊とやらがここに来るまでね」


「それはどうでしょうね。何もこの場で貴女と交渉する必要などありません。追跡部隊が貴女を捕らえた後、牢の中でゆっくりと説き伏せれば良いだけでは?」


 フェリシアは強気に言い返す。


 嘘だった。


 いかに第十七師団の精鋭たちとてアウローラの前ではひとたまりもないだろう。

 この女に対抗できる者は聖王国どころか、世界中を探してもほんの一握りだ。


 けれど、簡単にアウローラの要求を呑むわけにはいかない。


 この場で彼女の要求を無条件で認めれば、その後の交渉は不利になり、そのままズルズルと相手の要求を呑むようになってしまう。


 故に、フェリシアは強気にアウローラに言い放つ。


 追い詰められているのはこちらではなくお前だと、そう言外に伝える。


 しかし―――



「くふふ、」


 アウローラの笑みが深くなった。

 肩を震わせ、面白い冗談を聞いたと言わんばかりにアウローラは肩を震わせる。


「……何がおかしいのですか」


「ふ、くふふっ……。いえ、貴女が必死に虚勢を張る姿が可愛くて。これは忠告だけど、嘘をつくならせめて何かしらの根拠を持っておいた方がいいわよ? 全てが透けて見えるような嘘じゃ人は騙せない。それと、危機感が薄い。交渉は武力を持った方が有利になる。ねぇ、フェリシア――貴女まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 瞬間。

 紅い稲妻がフェリシアの周囲を奔った。


「―――ッ!?」


 魔力によって具現化された無数の剣が空中に展開される。

 それらの切っ先はフェリシアへと向けられていた。


 突然の状況にフェリシアは目を見開く。


 無数の剣が周囲を囲み、檻のように彼女を閉じ込めた。


(……馬鹿なッ!? なんて発動速度ッッ!!)


 アウローラの魔具は鞘に納められたままであり、両手は少年を抱きかかえているため塞がっている。


 鞘に納めた状態から無手での起動。

 しかも、フェリシアに動く隙さえ与えない程の高速展開。


 魔具の性能だけに依らない練達の技量。

 そして、底知れぬ莫大な魔力。


(化け物め……ッ!!)


 死の恐怖に、フェリシアの心臓が早鐘を打つ。


 冷や汗が頬を伝った。

 これより先、行動を一つ間違えただけで死ぬと本能が警鐘を鳴らす。



「貴女が内心で私を見下しているのは知っているわ」


 アウローラが口を開く。

 顔を上げた先、紅い瞳と視線が交錯した。


 まるで世間話でもするかのように女は語る。


「でも、そういうヤツに限って相手に噛みつかれるのを想定してないのよね。だから、こうして喉元に刃を突き立てられる寸前まで油断する。――今更私が、他人の命を奪うことに躊躇なんてするはずがないというのに」


 蔑まれても、罵られても。

 アウローラが周囲に牙を剥かなかったのは自分の扱いを含めて、すべてがどうでもよかったから。


 彼女にとってどうでもよくないのは一つだけ。

 腕の中で眠る主君ただ一人。


「……こんな灰色の世界に、一体どれだけの価値があるというのかしら」


 大戦の最中、アウローラは『煌』へと至った代償に色覚を失った。


 空の青も、木々の緑も、炎の赤も。

 彼女の視界からあらゆる色は消え失せ、世界は灰に塗りつぶされた。


 それでも、この人だけは色づいたままでいてくれた。


 姿かたちが変わっても、すぐにこの少年がかつての主だと分かったのはそれが理由。


 初めて出逢ったあの日からずっと。

 灰色の世界の中で、彼だけが色鮮やかに輝いていた。


 だからこそ愛おしい。

 だからこそ触れていたいと思う。


「フェリシア。私はこの人の傍にいるためなら何でもするわ。貴女に刃を向けることも。ラルクスの住民を皆殺しにすることも。私にとって大切なのはこの人だけで、それ以外のことなんてどうでもいいから。だから、最後にもう一度だけ訊くわね?」


 紅い眼光がフェリシアを射抜く。

 周囲の剣軍が輝きを増し――濃密な殺気が周囲に満ちていく。


「私の要求を呑んではくれないかしら?」


 それは要求を呑まなければ容赦なく殺すという冷たい宣告。


 号令一つで周囲を囲む剣軍はフェリシアを貫き、彼女はここに来るまでに見た肉塊と同じ結末を辿ることになるだろう。


 燦然と輝く死の刃を前に、フェリシアは眼を閉じる。

 眼を閉じて――セリアと、亡き先代の顔を思い浮かべた。


 深い葛藤の後、やがてフェリシアは、ふぅと、諦めたように力を抜いた。


「……この人のために生きたい。この人こそ己のすべて。そう想える誰かに出逢えたのはきっと、幸福なことなのでしょう」


 零れ落ちたのはフェリシアの本心。

 共感と、ほんのわずかに哀れみが混じった声音だった。


 アウローラがそうであるようにフェリシアにもまた主君への忠誠がある。


 だが、フェリシアとアウローラのそれでは意味合いが異なる。

 たとえ主人が死んだとしても、フェリシアは抱えたものを投げ出したりなんてしない。


 セリアが亡き父の遺志を継いだように。


 どんなに苦しくても、悲しくても。

 主が遺した想いを繋ぐため、前を向いて最後まで戦い抜く。


 すべてを投げ出し、諦めるような無様な真似だけは絶対にしない。


「主君を亡くし、生きる意味を失った哀れな屍。私が貴女をそう侮っていたのは事実です。その一点に関してだけは真摯に謝罪しましょう。けれど、貴女の言う灰色の世界の中にも誰かにとっての幸福があり、人生がある。それをどうでもいいと切り捨て、ラルクスの民を害そうと言うのなら―――」


「言うのなら?」


 長いスカートがふわりと広がった。


 両脚に装着されていた二刀のナイフ。

 フェリシアはそれらを瞬時に抜き放ち、逆手に構える。


 そして、己の誇りに懸けて、宣言する。


「人の世に貴女の居場所はない。ラルクスを治めるアークレイ家の従者として排除します」


 鼠が獅子に挑むような蛮勇。

 アウローラは呆れた眼差しでフェリシアを見やる。


「……やる気? 言っておくけど、聖剣の助けを期待しているなら無駄よ? アレは私以上に他人に対してドライだから。貴女がここでどんな目に遭おうとも助けになんか入らないわよ?」


「ええ、そうでしょうとも。私もこの局面で都合よく聖剣の加護を賜れるとは思ってはおりません。それでも……たとえ勝てなくとも、せめて一矢は報いてみせましょう」


「そう」


 決死の覚悟を前にアウローラはもはや説得を諦め、真紅の双眸を眇める。


 刃のように鋭く、冷徹に。


 彼女の意思に呼応するかのように、剣軍に籠められた魔力が圧力を増し、今にも暴発しそうなほどに膨れ上がる。


 アウローラが酷薄に嗤い、フェリシアが僅かに腰を落とす。



 そして。

 二つの殺意がぶつかり合う、まさにその時―――




「――やめんか、馬鹿ども」




 凛とした声が両者の間に割って入った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ