車の正体
蒸し暑い夏の夜だった。大野が自宅へ向かって歩いていると、前方から明らかに酒酔いで自転車に乗っている男が現れた。
「どけよてめぇ、あぶねぇじゃねえか」
殆ど呂律が回っていない。
「あんた、大分飲んでるな。自転車降りなさい」
大野は片手で自転車のハンドルを抑えつけた。
「なぁにこのぉ、おまわりかぁ」
「なんでも良い。事故に遭ったら取り返しがつかんぞ」
大野の目が鋭くなり、男は急に静かになった。携帯電話から本部へ連絡し、この男の保護を所轄署に要請した。
程なくしてパトカーが到着すると、男は座り込んでいた。二人の警察官が降りて、大野のもとへ来た。
「大分飲んでるらしい。保護を頼む」
「切符はどうしますか」
「一応俺が現認しているからな…」
「分かりました、後はお任せ下さい」
二人の警察官は男を両側から抱えて、パトカーに乗せた。自転車はパトカーのトランクに紐で縛り、積載した。
翌日、交通捜査会議が開かれた。改めて被害者の状況を黒田が報告する。
「手口は3件ともほぼ同じ。後ろから狙いすまして、低速で自転車に当てています」
黒田がホワイトボードに現場の写真を貼る。
「被害にあった三人はそれぞれ同じサッカーチームに所属していること、同じ学校に通っているという共通点があります」
片山がノートを見て話す。
「低速でも、三度も当てていれば車の損傷もかなりあると思います。課長、車種が分かり次第車当たり捜査ですね」
小林が立ち上がった。そこに、交通鑑識課員が入室してきた。女性の矢野係長だ。
「その車なんですけどね」
破片や塗膜編の分析結果をホワイトボードに貼る。
「この3件、全部違う車種なの。1度目は軽のアルト、2度目はゴルフ。そして3度目はBMWね」
「同一犯じゃないってことですか?」
小林が身を乗り出して、矢野に聞く。
「それは皆さんが調べること。まあ3件ともひき逃げになっているから、同一犯かはともかく、事件性はありそうよね」
「矢野さん、ナンバーは分からんのかな」
交通課長がメモを取ろうと、手帳を手にした。
「それなんですけど、あの辺りは夜になると人気が無いし、店も無いので防犯カメラ映像は、今のところ見つかっていません」
「車当たりをやるしかなさそうですね」
大野が課長に聞いた。矢野係長から車の情報をプリントアウトしたものが配られた。
「それと、該当の車種の盗難届は確認できませんでした」
矢野が付け加えた。交通課長が捜査の割り振りを決め、それぞれ車当たり捜査に出かけた。自動車販売店、整備工場、個人宅や月極駐車場など、ありとあらゆるところを調べることとなった。
近県にまで捜査網を広げたが、3台とも一向に行方が掴めなかった。
「何処かに埋めたんですかね。こんなに出てこないものでしょうか」
小林が覆面パトカーに乗り、呟いた。大野が助手席でシートベルトを着けている。
「3台が3台とも出てこないってことは、同一犯の証明と言えるかもな」
署に戻り、課長へ車当たり捜査の結果を報告した。
「黒田君達の方も、やはり車は出てこなかったと報告があったよ。どこに消えたんだ」
課長は腕を組み、考え込む。




