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『悪魔憑き神父をキスで救った、猫獣人の半人前聖女』サイドストーリー集(付録)  作者: 黒鍵
<付録>

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9/9

エイプリルフール・ラブ/優しい嘘

今日はエイプリルフール。

イギリスの一部の地域では、嘘が許されるのは正午までで、午後はネタばらしをして皆で笑い合う風習があるそうです。そんな話を聞いて綴りました。


挿絵(By みてみん)

 先日、起きた灰白(かいびゃく)病の大量発症についての報告書を読み終え、私は笑みを零した。


 ルミナスとルージュが、誰ひとり死なせることなく、村人をすべて救ってみせた。


 しかも原因まで突き止め、新たな魔力回復薬の調合法まで開示したのだ。魔力を吸い取られ続ける灰白病は、早期に浄化魔法を施す必要がある。


 だが、魔力を大量に消費する浄化魔法を何度も使える者は少ない。大勢の患者が運ばれてくれば、大きな教会であっても手遅れになることがあった。


 ――だが、この魔力回復薬があれば、その限界すら過去のものとなるだろう。


 さらに原因も判明した。過去の資料を読み返せば、灰白病が大量発症した村の近くには、例外なく銀松が群生し、住民は白麦を主食にしていた。


 これで事前に対策を講じることができる。治療薬の研究も一気に進む。私は二人の活躍に目を細め、ふと彼女の言葉を思い出した。


『私なんかより、ずっとすごい聖女が現れるわ。しかも二人よ。その時は、お願いね。彼女たちを導き、守ってあげて』


 私は報告書を机の上に置き、静かに立ち上がった。窓の外では桜が舞い、小鳥たちが囀っている。


 彼女との出会いも、こんな日だった。

 私の最愛の妻――先代の聖女レンゲとは。



――――――――――――



 私は大司教に就任するため、大聖堂を訪れていた。齢二十歳での大抜擢に、多くの視線が集まる。


(いったい、何がそんなに珍しいのか)


 講堂で教皇陛下から正式に任命された私は、大聖堂の隣にある宿舎へと歩いていた。すれ違う者たちが、好奇の目を向けてくる。


 私はただ神の教えを忠実に守り、実行しただけだ。特別なことなどしていない。珍しいことなど、何ひとつない。


 ため息を堪え、眉間に皺を寄せたまま歩いていく。そのとき、背後から声が届いた。


「ねえ、貴方がコックシー?」


 振り返ると、銀髪の少女が満面の笑みで立っていた。私は目を見開き、すぐさま膝をつく。


「お初にお目にかかります、レンゲ様。私がコックシー・ルソーです。本日より大司教として、この総本山にて神に仕え、皆様を導くこととなりました」


 私は首を垂れて胸の前で手を組み、静かに告げる。不敬とは思いつつ、ちらりと周囲を見るが、誰ひとり膝をつく様子はない。


(なぜ、誰も聖女様に向かって敬意を示さないんだ。……まあ、いい。人は人だ)


 他人を気にする自分に呆れる。あれほど注目されることを嫌っていたくせに、周囲の反応に心を乱している。唇を噛み、己を戒めた。


「ふふふ、顔を上げて、コックシー。ここでは私を敬う必要はないわ。堅苦しいのは苦手なの。皆にもお願いしているから、あなたもそうして」


 どうすべきか迷う。仮にも大司教になった身だ。皆の見本として、規律を重んじるべきではないだろうか。


 その瞬間、すっと絹のように白い手が眼前に伸びる。


「もう、いい加減に立ってもらっていい!? 今日はエイプリルフールだけど、からかってるわけじゃないわ。もう午後だもの。嘘の時間は終わったでしょ?」


 思わず顔を上げる。そこには頬を膨らませ、半目で睨む銀髪の美しい少女――聖女レンゲ様がいた。



――――――――――――



 レンゲ(・・・)と出会ってから一カ月が過ぎた。今日も私は大聖堂を訪れた信者たちに説教をし、宿舎に戻る。


 五月初旬だというのに日差しは強く、初夏の昂ぶりが透き通った空気の向こう側に揺らめいていた。


(たった一カ月で、色んなことがあったな……)


 目を細め、彼女との出会いを思い返す。春風が舞う四月。彼女は颯爽と現れて、私の常識を次々と壊していった。


「何、黄昏ているの、コック(・・)。カッコつけても、誰も見てないわよ」


 振り返ると、レンゲが笑顔で立っていた。緑風が銀髪を撫で上げ、彼女の青色の瞳を隠す。


「誰も見ていないことはないさ。君が見ていただろう、レンゲ」


 私が肩をすくめると、彼女は口元に手を当て、ころころと笑った。その姿は聖女というより、無邪気な町娘のようだった。


「ほんとね。さすが若き天才大司教様だわ。一本取られちゃった」


 屈託のない笑顔に、私は目を細める。この純粋な聖女は、その人生のすべてを神と、その子供である私たちに捧げ、懸命に生きていた。


 そんな彼女が笑顔でいられるのは、この大聖堂と宿舎だけだ。公の場では聖女として、凛とした立ち振る舞いを求められていた。


「そういえば、これから聖騎士団を伴って、魔物の大量発生(スタンピード)が起きた村へ救援に行くんじゃなかったか」


 その言葉に、レンゲは眉をひそめる。すでに魔物は討伐され、傷ついた村人たちの救援に向かう安全な任務のはずだ。首を傾げると、背後から声をかけられた。


「レンゲは、救えなかった命を悲しんでいるのさ。分かるだろう、コックシー」


 息を呑む。彼女は聖女だ。その心は広く深く、そして何よりも清らかだった。手が届かなかった人たちに心を痛めているのだと気づく。


 私は振り返り、深々と頭を下げた。


「そうだった、アシラ。君の言う通りだ。気づかせてくれて感謝する」


 ぽんっと肩を叩かれ、私はゆっくりと顔を上げる。目の前には青い髪をなびかせ、鋭い眼差しで微笑む青年が立っていた。


 彼の名はアシラ・ウィンドウ。最年少で聖騎士団の副団長に抜擢された天才。そして、レンゲの婚約者だった。



――――――――――――



 私が大司教に任命されてから半年以上が経ち、冬を前に各地では収穫祭が最盛期を迎えていた。


 大地がもたらす恵みに感謝し、来年もまた豊かな実りが人々に授けられるよう、人々は神へ祈りを捧げた。私も各地を回り、その手伝いをした。


「主よ、この地の収穫(みのり)(よみ)したまえ。我らはその恵みを分かち合い、汝の教えと共に、冬を越える力を――」


 小さな村の教会で祈りを捧げ、外に出ると、アシラが肩を摩りながら立っていた。


「君も中に入っていれば、よかっただろう。わざわざ寒い外で待っていなくても」


 私は苦笑いを浮かべ、手をかざした。掌から粒子が溢れ出し、彼の体を優しく包み込んで温めた。


「助かる、コック。寒くて死にそうだったんだ。あと、教会って場所は、息苦しくて苦手なんだ」


 彼は聖騎士ではあったが、信心深いわけではなかった。類まれな剣技と卓越した風魔法を買われ、教皇陛下に雇われていただけだった。


 だが、悪いやつじゃない。まだ半年しか付き合っていないが、彼の心は真っすぐで、高潔だった。


「そういえば、年を越したら、すぐにレンゲとの結婚式の準備に取りかからないと、間に合わないな」


 私は遠くを見つめながら呟く。教会は彼を繋ぎ止めておくために、レンゲとの結婚を決めた。教皇陛下もお認めになった。


「あぁ、そうだな。だが、お前はそれでいいのか?」


 即座に首を振る。今まで何度も自問自答してきた。私にとってレンゲはかけがえのない存在だが、アシラも同じく大事な友人だ。


 二人を祝福する以外に考えられない。私は儚げに笑みを浮かべると、頬にちりりと冷たい刺激が走った。


 思わず顔を上げる。いつの間にか空には厚い雲が覆い、静寂を孕んだ初雪が舞い降りていた。



――――――――――――



 結婚式まで一カ月。まだ寒い日が続いているが、確かに春は近づいていた。今日も講堂での説教を終え、宿舎へ向かう。


「何、黄昏ているの、コック。カッコつけても、誰も見てないわよ」

「誰も見ていないことはないさ。君が見ていただろう、レンゲ」


 いつも通りだ。彼女は、このやり取りを楽しそうに笑っていた。だが、今日は少し様子が違う。


「レンゲ、どうしたんだ。元気がないようだが……」


 眉を下げて問いかける。アシラとの結婚式まで残りわずかだ。体調が悪いのなら――と、私は手をかざし、魔法を施そうとした。


「ぷっ、やめてよ、コック。体調は悪くないの。それに、これは魔法でも薬でも治らないのよ」


 口元に手を当てて笑う姿が眩しく見えた。少しだけ元気を取り戻したことに、胸を撫で下ろす。


「よかった、元気になって。当日は僕が司式者を務める。一番近くから、君とアシラを見守らせてもらうよ」


 刹那、彼女の青色の瞳に影が差した気がした。だが、すぐにいつものようにころころと笑い、式に着るドレスの衣装合わせがあると告げ、足早に去っていった。


 私は彼女の後ろ姿に視線を預ける。突如、春一番が荒れ狂い、思わず目を細めた。舞い上がった銀髪が陽光に透け、その背に真っ白な翼を広げた。


 ――そんな幻に、私は息を呑んだ。


 その日の夜、私は彼女の後ろ姿が瞼に焼き付き、眠れなかった。目を閉じると、彼女のことばかり思い出す。


 ため息をつき、ベッドから起き上がる。窓辺に寄り、外を透かし見る。夜空には幾千の星が瞬き、月明かりが春を待つ大地を白々と照らし出していた。


 私はガウンを手に取り、外へ出た。さすがにまだ冷える。口元から白い吐息が漏れる。だが、その冷たい空気が、私のざわついた心を静めてくれた。


「珍しいな、コック。夜にお前が出歩くなんて」


 中庭に出て、月をぼんやりと眺めていると、アシラが現れた。巡回中ではないようだ。鎧は着ておらず、剣も差していない。


「こんばんは、アシラ。君こそ、どうしてここに?」


 彼は青い髪の隙間から覗く緑色の瞳を、真っすぐこちらに向けた。その眼差しは、いつになく鋭く重い。


「レンゲは迷っている。聖女としての責任と、自分の本当の気持ちの間でな……」


 眉を上げ、アシラを見つめる。突然、何を言い出すのか――。


「俺は見たんだよ。あいつが泣いているところを。お前の名を呟きながら、な」


 息を呑む。思考が白く塗りつぶされる。呆然とする私の肩を、アシラはぽんと叩いた。そして、それ以上は何も言わず、そのままその場を去っていった。


 見上げれば、月が薄雲の合間から青白い光を滴らせていた。月明かりに浮かび上がった私の影は、今にも夜の闇に溶けて消えてしまいそうに揺らめいていた。



――――――――――――



 結婚式当日。結局、私は答えを出せなかった。友を裏切ることも、自分の気持ちを伝えることも――何ひとつできなかった。


 ただ、悩み続けただけだ。こんな情けない男に、彼女は相応しくない。私は静かに祭壇に立ち、二人が入場する時を待つ。


 そのとき、教皇陛下が歩み寄ってきた。


「レンゲも面白い日に式を挙げますね、ルソー大司教。そう思いませんか?」


 突然の言葉に眉をひそめる。わざわざ祭壇まで上がってきて、告げる言葉だろうか。


 私が何も言えず困惑の表情を浮かべていると、陛下はくすりと笑い、席へと戻っていった。


 やがて鐘が鳴り、扉が開かれた。ゆっくりとレンゲとアシラが歩いてくる。二人とも純白のドレスとタキシードに身を包み、綺麗だった。


 その姿に目を細めながら、教皇陛下の言葉がよぎる。「面白い日」――今日は何の日だっただろうか。彼女のことで頭がいっぱいで、考えもしなかった。


(……今日は、たしか、四月一日だ!)


 思わず講堂の上に掲げられた時計を見る。針は十二時を指す直前だった。私はレンゲを見つめるが、彼女は俯き、表情が分からない。


 レンゲとアシラは静かに歩を進め、私の前に立った。もう迷いはなかった。私は教本を広げ、厳かに告げる。


「神の御名において問います。汝、レンゲよ。ここにいるアシラを夫とし、その命ある限り添い遂げることを誓いますか?」


 その瞬間、会場がざわめく。新郎を飛ばし、新婦から誓約を求めたのだから当然だ。だが、私は周囲を無視して、ただレンゲだけを真っすぐ見つめる。


 刹那、彼女は顔を上げて目を見開き、かすかに微笑んだ。そのとき、正午を告げる鐘が鳴り響く。


「エイプリルフール――嘘の時間は終わった。レンゲ、私は君を愛している。もう自分を騙すことはできない!」


 講堂に響き渡る声。私は教本を閉じて講壇に置く。彼女に歩み寄ろうとしたとき、すっとアシラが立ち塞がった。


「おっと。結婚式までうじうじしてた情けない男に、レンゲを渡すつもりはないな――っと言いたいところだが、一発だ。殴らせろ」


 アシラは笑顔で拳を振り上げた。一発でも十発でも構わない。私はアシラを睨み、前に出る。その瞬間、パチンッと指で額を弾かれた。


「ふっ、俺が本気で殴ったら、大怪我じゃ済まないぞ。覚悟は見せてもらった。行けよ、コック」


 肩を叩かれ、押し出されると、目の前に笑顔を浮かべるレンゲがいた。私は開きかけた口を閉じ、目を細める。


「あ~あ、せっかくエイプリルフールに盛大に自分へ嘘をついてやろうと思ったのに。コックのせいで台無しになったじゃない。この責任は取ってよね!」


 頬を膨らませ、人差し指を向ける彼女に笑みを零す。そっとその指を握り、引き寄せる。


「あぁ、もちろんだ。この命ある限り添い遂げることを誓うよ」

「もう、それって教本の言葉じゃない。自分の言葉で言って――」


 私は彼女を抱きしめ、そっと唇で、その言葉(うそ)を口づけで書き換えた。



――――――――――――

――――――――

――――



 ――時は遡り、初代聖女セーラの時代。


「人はどうして争うのでしょう」


 セーラは窓辺に立ち、アストリアを抱きながら呟いた。意味深な言葉に聞こえるが、ただどちらが育児をするかでアイオスと揉めただけだった。


「人はどうして争うのでしょうね、ちび〇さ」

「おい、俺が無視するからといって、アストリアに聞くな。それに、ちび〇さと呼ぶなと言ったはずだ」


 セーラは育児をすることになった腹いせに、わざわざアイオスの執務室でアストリアの世話をしていた。


 本当は彼女は、先日行われたバレンタインデーとホワイトデーを広めるための舞台の脚本を推敲するはずだった。


 だが、あまりにも舞台の評判がよく、各国から上演要請があり、その対応でアイオスは忙しかった。


 本来は彼がやるべき仕事ではない。だが、セーラがこの舞台を上演するにあたって、宮廷の文官たちを連日こき使ったせいで、人手が足りなかった。


 多くの文官が長期休暇を申請した王宮は静かだった。しんと静まり返った部屋に、アストリアの笑い声と、アイオスが書類に筆を滑らせる繊細な音だけが響く。


「静かですね、アイオス」

「あぁ、おかげさまでな」


 誰のせいだと言いたかったが、彼は仕事を優先し、視線を落としたまま呟いた。


「いいことを思い付きました」

「間違いなく面倒ごとだな」


 アイオスは書類を書き終え、新たな書類に手を伸ばしながら答えた。


「嘘をついても罪に問われない日を作ります」

「そんな日を作ったら、この世の終わりだな」


 セーラは小さく首を横に振り、うとうとと眠りにつくアストリアを見つめながら言葉を紡ぐ。


「貧しい子供が、一切れのパンを食べるために嘘をつくこともあります。また、死を目前にして恐怖する人を励ますためにつく嘘もある。優しい嘘は、笑って許す。そんな日があってもいいと思うのです」


 その言葉にアイオスは走らせていた筆を置き、じっとセーラを見つめる。その表情は穏やかで、慈愛に満ちていた。


 彼は口元を綻ばせ、小さく呟いた。


「そうだな。たまにつく嘘なら、許してやるのもいいかもな」


 アイオスは、静かに体を揺らしてアストリアをあやすセーラに目を細めた。だが、彼は知らなかった。


 先日の舞台のために歌劇場を大改修し、セーラが国の予算に手を出したことを――。

友情出演していただいた先生方の作品です。三作品とも素敵です。ぜひご一読を<(_ _)>



・ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜第10王子:異世界下剋上の道を選ぶ〜

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・第一王女を探さないで〜隠された愛と男装王女の誓い〜

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・オルタンシア島滞在記〜治らない特異体質を抱えた俺の記録〜

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|д゜)チラッ |ω・`)ジー |ω・`)来ちゃった♪ やっぱり綺麗な話です! 友情出演を、これほど綺麗に纏められるの、凄いです! 色々と、学ばせてもらうこともありました。 ささやかながら、ブック…
ほっこりとした気持ちになれる一話でした。 最後にセーラさんとアイオスさんの登場も、 良かったです٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 素敵だなと思いました〜(*^o^*)
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