ホワイト・クッキー/愛の日の広まり
コックシー教皇陛下にルミナスの探索を頼まれた私は、ようやく彼女の足取りを掴むことができた。
何もない小さな村。そこが、いきなりチョコレートの『聖地』と呼ばれるようになったのだ。
その噂を聞きつけた私は、聖騎士に現地に赴いて調査するようお願いした。結果、ルミナスの仕業だと報告が上がってきた。
報告書によると、彼女はその村の特産の黒麦と、近くの湖に生息するブルースライムを材料にすることで、安価にチョコレートを作り出したらしい。
――しかも、そのレシピを村の発展に役立ててほしいと、無償で村長に渡したのだ。
報告書を読み終えた私はすぐに現地に向かい、驚愕した。そこは多くの人で賑わい、甘い香りがあちこちに漂っていた。
どう見ても、『何もない小さな村』ではなかった。私はこめかみを押さえながら村に入り、適当な店に入ってチョコレートを買った。
「本当に美味しいわね。これなら高価な本物のチョコレートと遜色がないわ」
小さな紙袋に包まれたチョコを口に放り込むと、その味に感動する。ココアパウダーの代わりに黒麦とブルースライムの粘液を利用するとは――相変わらず、ルミナスが考えることは想像を超えている。
親友の凄さを実感して、笑みが零れる。これでルミナスを見つけることができる。この村から先はしばらく一本道が続く。行き先はかなり絞られた。
(もう少し、ここに残ってチョコを味わいたいけど、ルミナスを見つけた後にしましょう)
私は親友との再会に胸が高鳴るのを抑え、護衛の聖騎士たちに声をかけて、すぐに村を後にした。
――――――――――――
私たちが村を出て、一週間が過ぎたその夜。宿泊するために立ち寄った村で、私とルミナスは再会を果たした。
村に入った私は、その物々しい雰囲気に固唾を飲んだ。護衛の聖騎士たちも腰の剣に手をかけ、周囲を警戒している。
人気がまったくない静寂に包まれた村の中を進んでいくと、小さな教会が見えてきた。そこだけは明かりが煌々と灯り、多くの人の気配を感じた。
護衛の聖騎士たちが前に出て、ゆっくりと教会に近づいていく。私も僅かに緊張を覚え、背中に冷たい汗が伝う。
聖騎士のひとりがさらに前へ出て、ゆっくりと扉を開くと、信じられない光景が目に飛び込んできた。
教会の中には、青ざめた顔の村人たちが隙間なく横たわっていた。漏れ聞こえる喘ぎ声と、充満する病の臭いに、私は思わず口を押さえた。
「まさか、灰白病なの」
石床に並べられた人たちは年齢に関係なく、髪が真っ白に染まり、死人のように肌が白かった。
灰白病に罹患した者は体内の魔力が吸い取られ、常にひどい虚脱感に襲われる。そして次第に色が抜け落ち、影が薄くなる。最後には真っ白に染まり、息絶える。
発症原因も分からず、治療法も中級の浄化魔法を施す以外見つかっていない――この世界の三大疫病のひとつだ。
「いいところに来たにゃ、ルージュ!」
呆然と立ち尽くす私にルミナスの声が届く。振り向くと、髪も顔も灰色に染まった少女を背負う彼女が立っていた。
「ルミナス、これはいったい、どういうことなの!?」
思わず叫んでしまった。ルミナスに担がれた少女の肩が、びくりと跳ねる。私は自分の失態に息を呑み、俯いた。多くの苦しんでいる人たちを前にして、あまりに動揺していた。
「ルージュ、気が動転するのも分かるにゃ。私もマルスも、村に来てすぐは同じだったにゃ」
「そうだよ、ルージュ。これだけの灰白病の患者を見れば、誰も冷静ではいられないよ」
顔を上げると、マルスが灰のように白濁した肌の老女を抱えていた。二人は安心させようと不器用な笑顔を浮かべると、教会の中へと歩き出した。
――――――――――――
私はルミナスとマルスの後に続いて教会に入ると、すぐにこれまでの経緯を教えてもらった。
二人がこの村を訪れたときには、すでに半数以上の村人が灰白病にかかっていた。ルミナスたちは慌てて、他の村人に感染しないよう患者たちを教会へと運び込んだ。
そしてルミナスとマルスは必死に浄化魔法を施して治療を続けたが、それ以上に患者は増え続けた。
やがて二人とも魔力の限界を迎えた。治療してもすぐに病に罹る村人たち。ルミナスたちはまずすべての村人を教会に集め、そこで原因と治療法について調べようとしたらしい。
「なるほど、そういうことね。分かったわ、ルミナス、マルス」
二人から説明を聞き終えると、気持ちも落ち着く。冷静さを取り戻した私は、ルミナスたちに呆れた。
今まで多くの学者や聖職者が探し求め、見つけられなかった灰白病の発症原因と治療法を、たった数日で見つけるなんて不可能だ。
首を横に振り、ため息をついた――そのとき、ルミナスが口を開いた。
「本当にルージュが来てくれて、よかったにゃ。これで私は調査に行けるにゃ!」
その言葉に目を見開く。調査に行くとは――混乱する私に彼女は言葉を続ける。
「ルージュは、容態が悪い人たちを優先して治療をしてほしいにゃ。すでに影が薄くなっている人たちが大勢いるにゃ」
そう言って、ルミナスは横たわる患者を指さし、こちらを向くと、片目を閉じて親指を立てた。呆気にとられる私を無視して、続けてマルスのほうを向く。
「悪いけど、マルスはルージュを手伝ってほしいにゃ。この中で魔力が一番少ない私は、ここじゃ役に立たないにゃ。お願い」
目を潤ませるルミナスに、マルスは優しく微笑みかける。その姿に胸がちくりと痛んだ。そっと視線を落とすと、ポンと肩を叩かれた。
「それじゃ、行ってくるにゃ、ルージュ。あとは任せたにゃ!」
そう言って教会を飛び出すルミナス。その後ろ姿をじっと見つめる。「任せた」――たった一言だったが、私の心に深く刻まれ、自然と力が湧いてきた。
(ふふ、相変わらず、私にだけは無茶なお願いをするのね)
笑みを零す私を、マルスが不思議そうに見つめる。すぐに表情を引き締め、笑顔を隠すと、私は横たわる村人たちへと駆け出した。
――――――――――――
私が治療を始めて、すでに数時間は経った。多くの村人を治療したが、まだ半数にも及んでいなかった。
まだ魔力は残っているが、心許ない。けれど、そのことを村人たちに知られるわけにはいかない。私は無理に笑顔を浮かべる。
とりあえず、治療を終えた村人たちを聖騎士の人たちにお願いして運び出した。だが、すぐに彼らは青い顔をして戻ってきた。
「ルージュ様、大変です! 念のために診察をしようと鑑定魔法を施した結果、再び灰白病に罹っていることが分かりました!」
その言葉に愕然とする。私の浄化魔法は完璧だったはずだ。一体何が起きたのか分からず、立ち尽くす。そのとき、ルミナスが背負っていた少女と目が合う。
呆然とする私に、床に横たわる彼女は笑顔を向けて呟いた。
「……だ、大丈夫だよ。お姉ちゃんも頑張ってるんだもん。私たちも負けないよ」
その言葉に目頭が熱くなる。そして、情けない自分に怒りを覚えた。私は両手で頬を叩くと、治療を続けるマルスに声をかけた。
「お願い、マルス! さっき運び出した村人たちをここに集めて。上級の浄化魔法を、この教会にいる村人全員に施すわ!」
「ルージュ、いくら君でも無茶だ。すでに魔力をかなり消費しているんだぞ!」
マルスは眉を上げて叫ぶ。そんなことは私が一番分かっている。だけど、ルミナスに任され、病に苦しむ少女から励まされた。
私は聖女じゃない。だけど、人を救いたいという気持ちは誰にも負けない。私が真っすぐマルスを射抜くと、彼はため息をつき、すぐに教会を出て行った。
――――――――――――
数えきれないほどの魔法を展開した私は、すでに魔力枯渇を起こしていた。だが、それでも目の前で苦しんでいる村人を救うために魔法を発動する。
「……慈愛の聖域」
わずかに周囲を温かな緑の粒子が舞う。その光景を見て、儚く笑う。もう限界のようだ。気力を振り絞り、最後の浄化魔法を唱えたが、効果はなかった。
長い旅の中で魔力ポーションは底をついていた。そのことを悔やみながら、私は意識を失いかけた――そのとき、白銀の髪がそっと頬に触れた。
「よく頑張ったにゃ、ルージュ! とりあえず、これを食べるにゃ!」
目を開くと、倒れそうになる私をルミナスが肩に腕を回して支えていた。心配そうに顔を近づける彼女に、頬が赤く染まる。
すると、ルミナスは一欠けらの焼き菓子――クッキーを私の口元に差し出した。甘い香りが鼻をくすぐる。私は朦朧とする意識の中、口を開いた。
ルミナスはそっと私の口の中にクッキーを放り込み、笑顔で頷く。私がゆっくりと噛み砕くと、香ばしい甘さが口全体に広がる。
あまりの美味しさに目を見開きながらも、しっかりと味わい飲み込む。その瞬間、わずかに魔力が回復した。
驚く私に彼女は笑みを深めると、小さな紙袋を渡した。
「これを食べて、休んでいるにゃ。治療法は分からなかったけど、原因は分かったにゃ。みんな、この教会から出るにゃ!」
そう告げると、ルミナスはマルスや聖騎士たちに指示を出して、横たわる村人たちを次々と運び出した。
――――――――――――
「なるほどね。この村の近くに群生する銀松と、村人の命を繋いできた白麦……その両方が揃わなければ、この惨劇は起きなかったのね」
ルミナスの説明に納得する。数十年周期に古くなった銀松の木材にしか生えないキノコ。その胞子は白麦の成分と結合すると、魔力を灰に変える毒素に変貌した。
この村の建物はすべて銀松を建材にしていた。そして主食は白麦。私たちには無害だったとしても、村人たちにはあまりに過酷な罠となった。
だが、どうして彼女はそのことに気づけたのだろうか。首を傾げる私に、彼女は恥ずかしそうに告げる。
「実は村中の家を調べているとき、ネズミを見つけたにゃ。猫の本能というか、つい追いかけていったら屋根裏に辿り着いたにゃ。そこで真っ白なネズミの死体を何匹も見つけ、周りを見渡したら、見たことがないキノコがあったにゃ――」
その後、ルミナスはネズミの死体を解剖し、胃袋に白麦を見つけ、キノコに近づけた。すると、それは紫色に変わり、微かに彼女の魔力を奪い、触れた彼女の皮膚を灰色に変えた。
偶然だが、ルミナスらしいと笑みを零す。絶対に見つけてやるという彼女の信念が奇跡を起こしたのだ。そう私は確信して、もうひとつ気になったことを尋ねた。
「灰白病のことは分かったわ。それで、さっき私にくれたクッキーは何なの? 魔力が回復したんだけど――」
半目で睨む私に、ルミナスは苦笑いを浮かべる。
「これは我が家の秘伝の焼き菓子にゃ! ご先祖様の中に、魔力を増やす研究をしていた人がいたにゃ。結局、失敗したけど、その過程で、魔力を劇的に回復する食べ物を作ることに成功したにゃ」
そう言いながら、彼女はリボンが付いた小さなピンクの紙袋を差し出した。かすかに香ばしい甘い香りが鼻に届く。
「これは?」
私はじっと彼女を見つめる。その瞬間、ルミナスは満面の笑みを浮かべ、言い放った。
「今日はホワイトデーにゃ! 本当はマルスに渡すつもりだったけど、ルージュにあげるにゃ。だって一番の友達だから! 大好きにゃ、ルージュ!」
一瞬で頬が真っ赤に染まる。まともにルミナスの顔を見ることができない。思わず俯いた――そのとき、急激な睡魔に襲われる。
意識が途切れそうになる中、振り返ると悪戯っぽく笑うマルスがいた。
――――――――――――
目を開けると、心配そうに見つめる少女がいた。どうやらマルスの魔法で眠らされたらしい。思わず唇を噛むと、少女と目が合う。
彼女の髪はまだ灰色のままだった。私はため息をつき、手に持つ紙袋を開くと、一欠けらのクッキーを少女に渡した。
そして私もクッキーを口に放り込むと、僅かに回復した魔力で彼女に浄化魔法を施した。
ゆっくりと瑠璃色の髪に戻っていく少女を見つめ、呟いた。
「次は逃がさないわよ、ルミナス。覚悟しておいてね」
――――――――――――
――――――――
――――
――時は遡り、初代聖女セーラの時代。
「おぉ、麗しのセーラ。俺の愛を受け取ってくれ!」
ランドルフ皇国の中でも有数の巨大な劇場。そこでアイオスに扮した俳優が声高らかに叫ぶと、観客たちから盛大な拍手と歓声があがった。
この舞台の総指揮を担当したセーラは満足そうに特別席から拍手を送り、その隣に座るアイオスは憮然と両腕を組んだままだった。
セーラはバレンタインデーとホワイトデーを広めるために、様々な手段を打った。そのひとつが、この舞台だった。
この物語で、アイオスはセーラに振り向いてもらうために、様々な物を贈った。しかし、なかなか振り向いてもらえない彼女に、彼が最後に贈ったのは手作りの焼き菓子だった。
そしてセーラはそのクッキーに感動し、彼の愛を受け入れた――そういった内容だった。
「おい、なんであいつらはこんな物語で感動しているんだ。散々、高価な宝石やドレスを贈り続け、破産寸前まで追い込まれた俺が、仕方なく最後に残った金で、手作りの菓子を贈っただけの話だぞ」
拍手を送り続けるセーラを半目で睨むアイオス。たしかに彼の言う通り、この物語は全財産を投げ打った男が、運よく最後に愛する女性に振り向いてもらった話でもあった。
「何を言ってるんですか、アイオス。無償の愛ですよ、これは。それに最後には彼女と結ばれて、贈った宝石やドレスは戻ってきたじゃないですか? お金は回すもの――経済の基礎ですよ」
アイオスはこめかみを押さえ、深いため息をついた。
「……戻ってくると分かっていて贈るのを、『無償』とは言わないと思うんだがな」
その言葉にセーラは顎に手を当てる。その仕草に嫌な予感しかしないアイオスは、じっと彼女を見つめた。
「確かにそうですね。なら、次の公演では内容を少し変えましょう。贈り物をすべてお金に替えた彼女は、お菓子の工場を建てます。そこで貧しい子供たちを働かせて、彼らの収入源とするのです!」
もはや彼女が語る内容は、『無償の愛』とは関係ない話になっていた。だがアイオスは、自分が不幸になるよりはまだましだと思い、突っ込むことなく、黙って舞台に視線を戻すのだった。
友情出演していただいた先生の作品です。ぜひご一読を<(_ _)>
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